パンドラの箱を開けたのはパンドラという処女だった。
そう、パンドラの箱を開けて、本人が無事なのは処女だけなのだ。
そしてその日、彼はパンドラの箱に出会う…
06.きみをきっと傷つける嘘
「そういやアプエゲ、なんでトゥエルヴなんだ?」
その、箱に触れたのは、まあ言わずもがな、やっぱり、お約束のように、111番地の彼だった。
アプエゲがアルバイトに来るようになった既に数日という時は過ぎた。
筍のように急成長を遂げ、誰かのようになるではなく、来る人、来る人を見ることによって成長を続けていっている風竜。
ポコスの認識はそのように変化していた。
考えてみれば、この成長は当たり前のことなのだ。
生物のコミュニケーションというものを、人間のコミュニケーションと同じように考えてみる。
まずは身の回りにいる大人、つまりは育てである親やその家族。
そして段々とコミュニティーを広げ、成長を重ねていく。
彼…アプエゲはその最初の段階から成長できていなかった。
125番地は基本的に閉鎖的な空間である。
無論、人間が訪れないことはないが、その多くが戦闘や、或いはイソレナ本人に何かしらの約束や依頼がある人間が多い。
パンドラボックスから人形遣いに転職した後など、隠匿のスキルも相まってその傾向は更に強くなってしまった。
つまりは、交流する対象がない…成長の機会を完全に失っていたのだ。
それが、良い意味で外を知る、外に出るようになりこうして交流を続けている。このことが、彼の成長を更に続けさせているのはまず間違いないだろう。
だが、それ以上に…その切欠である…『惚れた女の為に』という部分を、本人から聞いたことがないなとふと感じた。
だからこそ、少し兄貴分(と思われているような状態なので)な風も吹かせて、好奇心に任せ、シフト休憩+まかないを食べるというタイミングでこの話を切り出したのだった。
この時、ポコスの頭には「好奇心は猫をふるぼっこ」という単語がしっかりと抜けている。
これは、別にアプエゲのマスターである茶髪の元凶のせいでもない。
店が繁盛し、まあ、何だからという気を利かせてポコスとアプエゲを一緒に休ませた111番地の素敵な魔法戦士少女のせいでもない。
大宇宙の意思とか言うたいそうな名前をもらっている銀髪のイケメン君のせいでもない。
すべては…なるべくしてなった…運命だったとしか言いようがなかったのだった。
「あれ?ぽこ兄さんしりませんでしたっけ?」
凄く純粋な顔で首をかしげるアプエゲ。
成長してきたといえ、まだ少しばかりポコスの方が身長が高く、外見のみならばまさにほんの少しだけまじめな弟という形である。
見る人が見れば、かわいい顔で通じるのだろうと思う。
実際…あの小さかったころの体だからこそどこに入っているのだろうと思った食事量も、今は少し大食漢な青年といって過言でないような姿になってきている。
成長にしても、素直に物事を聞き学ぶその姿勢から、素直でまっすぐなんだなというのが見とれる。
その成長の過程を遺憾なく間近で見てきて、どこか自分が育てたのではないかという感覚を、少なからず持って…
「下乳がエロかったからです」
天使の顔で紡がれたその一言に、今まで感じ築き上げてきたなにかがガラガラと音を立てて崩れ去った。
そう、この時彼は最重要な事項を忘れていたのだ。
アプエゲはどんな天使な顔をしていようと、111番地に入り浸ろうと…
125番地…あのイソレナの持ち竜で、イソレナに看板息子といわれた125番地を体で表したような存在だということを……
「……えっ?」
「いやあれですよ、僕小さかったじゃないですか。で、最初トゥエルヴさんって昔のような格好してたでしょ?
あれって真正面から見るとギリ隠れていますけど下から見るともう、ほぼ丸見えって言うか、肌色しかないって言うか…
頂点隠れてりゃえろくないかっていうとそうじゃないでしょ?隠される事によった想像による補完で更にエロいというか…さらにですね、…」
かつて、イケメンで中身親父というミルク君という強力かつ強烈なキャラクターがいた。
だが、その時はちゃんと相手がそんな存在であることをしっかり理解していたし、言論に若干の癖というかまあ、一種理解するためのフィルターが入っていた。
だが、今回はなんと言うかいろいろこう直接というか、自分がなんとなく純粋な思いでがんばってるんだろうなーと思っていた存在がなんというかとかなんちゅうか……
「後ほら、カゲがある女性って良いじゃないですか。寝取るみたいな感じで……
でもちゃんと事情知ってますから、なんというか惚れられてた人がいるーとか、何人も声かけているーとか、エロいことさせてるーとか…
いや、そー言う人やら行動が許せるかとかそーいうのはちょっと無理なんですけどね」
「いやまてちょっとストップ」
がしぃっと取り敢えず口を引っつかんで停止させる。
時刻は昼過ぎ。裏方で休んでいるのはアプエゲとポコスの二人だけでまあ、ぎりぎり問題がないといえば問題が…
「おっ、ポコスとアプエゲもお昼かー?一緒にいいー?」
訪れるはもう一人のバイト。
68番地、不動の看板娘…咲良の姿が……
「あっ、良いですよ、咲r……」
「だめだ咲良!向こうにいけ!ぜえっったいに許さん!向こうで食べろ!」
「な、なんだよ。一緒に働く仲間じゃ…」
「今日ばかりはだめだ!絶対に許せない!このテーブルに近づくな!」
この時、ポコスの中で何がはたらいていたのかは誰にもわからない。
こんな状況でも、咲良を守ろうとしたのかもしれない。或いは、アプエゲのなけなしの名誉を(既にポコスの中ではブロークンファンタズムだが)守ろうとしたのかもしれない。
だが、その結果は……
「うっ、ううっっ!!!ううぅぅぅうううううっっっっ!ぽこすの、ポコスの馬鹿ー!へたれー!こんじょーなしー!」
わあぁあぁんっという声とともに表に走り去っていく咲良。
表で響く朱音や他の竜の声。
訪れる無言。パタンと無意識のうちに立ち上がっていた腰を落としてポコスはアプエゲの口を離した。
アプエゲは少しの間心配そうにポコスを見て……
「やだなぁ、流石に冗談ですヨ?」
「ほんとに冗談なんだろうな!」
ポコースっ!という主の声を聞きつつ、ポコスは休憩するはずの時間で本日一番の疲労をずっしり感じ取っていた。