無意識についてしまった嘘がある。
 好きじゃない、好きなんかじゃない。
 僕は、ただ。好きなんかじゃなくて。
 無意識についたその嘘は、すぐにはがれてしまったけれども。
 それでも全てをさらせるのかと聞かれれば、首をかしげるしかない。

05.無意識についてしまった嘘

 ある日、花屋の前を通った。
 目立つように飾られたそれは、今日のお勧めというやつだったのかもしれない。綺麗な花を見て、彼女が笑う。笑う、というか。少しだけ眼差しを和らげる。
 そんなことが分かるようになったことが、割とかなり嬉しい。
 それなのにイラついたのは、たぶん。たぶん、じゃなく。薔薇だからだろう。

 僕の恋人―――恋人だと思う―――つい先日そういうことになって…うん、恋人。…ともかく、小町さんは。なに考えているか分からない。素直なんだけど、なんというかズレてるというか。唐突というか。頭が痛い話だ。頭の痛い話だった、か。
 今は、少し考えがわかるようになったから。
 少しは、わかる。例えば今のように。
「…薔薇、好きですか」
「いいえ特にそういったことはありません」
 ふるふるといちいちていねいな仕草つきで否定してから、彼女は少しだけ頷く。
「好きというよりはなじみ深いのでしょうか」
 そりゃあ、あんだけ薔薇薔薇しい庭眺めてりゃ。
 思った言葉は、なぜか口を出ない。
「好きならたまに買おうかと思ったんですが」
 立ち止まって、適当な花を手に取ってみる。
 白い花を指差してみると、やっぱりふるふると首をふられた。
「そのように気を遣っていただかずとも大丈夫ですよ」
 僕の好きな竜はなぜか色々と遠慮がちだ。
 慎み深いのはわりとなんというかこう。なんというか、嫌いというわけでもないけれど。たまにイライラは、する。
「…気を遣う、じゃなくて。気にしてほしい、って言うんです。こーゆーのは。君に気にしてほしくて色々するわけです」
「そうなのですか」
「そうなのですよ」
 でも、素直に感心しちゃう辺り、ともかく可愛いと思う。
 こんなことを思う自分に気付いて落ち込んだりする日もあるけれども。隣にこの竜がいるなら、まあ構わない。
「…にしても、小町さんはそれでも薔薇が好きだと思っていました」
「そうなのですか」
「ええ。そういう顔、しますから」
「…そうなのですか」
 珍しく躊躇いがちに、それもやけにしみじみと。
 …おもしろくない。
 おもしろくない理由が分かって、すごく面白くない。
「風矢さんは薔薇がお嫌いなのですか?」
「……そうですね。別にどの花が好きってことはないですけど……
 …僕、そういう顔してました?」
「ええ。ぶすりとしていらっしゃいました」
 面白くないと思うことが一層面白くなくて。つい。
 言えない言葉をそっと隠して、頬に触ってみる。…硬かったりしたんだろうか。
 由々しい自体だ。好きなこの前ではなるべく恰好をつけたいというのに。
「…でも、別に嫌いってわけでもないですよ。君が持ってると綺麗だから」
 だから、気どった風に言ってみた。
「そういうものなんですか」
 ごくごく素直に頷く彼女に、それが通じているかは、やっぱりよくわからない。
「でも、わけのわからん薬草を持っている君も好きですよ。楽しそうで」
「……風矢さん」
 からかっていらっしゃいますよね。
 こちらを見てそんなことを呟かれるのは、気分がいい。よくわからない彼女だけれども、照れていることくらいはわかる。
 うんからかってる。そういう君がみたいから。
 いえ別にからかってはいない。大げさにいってるけどまったく嘘ではない。
 浮かんだ言葉はどちらも本当で、嘘ではない。
 嘘ではなく、けれど全てではない。

 その花を見る君は好きじゃない。
 その花を君の家で育てている竜が、とても好きじゃないから。

 素直にそう言ったら、きっと困るのだろう。
 その竜が嫌いじゃない―――多分好きな彼女は、きっと。
 面白くない。ものすごく。
 だから気付かなければいいものを、気付いてしまう。彼女のことばかり見ていたせいだと、じわじわと照れる。
 困った彼女はとわりと可愛いけれど。それ以上に心が痛い。だから言わない。

「…だってほら。花よりも気にしてほしい男心という奴なんですよ」
 だから、言わない。
 でも、嘘をつくことはしない。
 空しいだろう。どうでもいいものならともかく、好きなものに嘘をつくなんて。とても。
「分かりました」
 けれど、まさか立ち止まって見つめられるとは思いませんでした、というか。通行人の視線が痛い、というより生温かい。
 ああもう、本当に。本当に、なんというか、素直な竜で。
 とても素直な竜だから、嘘なんてついたら、信じられてしまうかもしれない。本意じゃないことでも、本意だと。思ってしまうのかもしれないと、思う。
「…あのですね、小町さん。そんなに律儀に見てくれなくてもいいですよ」
 赤くなる顔を隠して、ようやくそれだけを伝える。
 蒼い目が数度瞬き、コクリと一つ頷く。
「ご迷惑だったのでしょうか」
「迷惑じゃないですそれはない」
 そういうところに着地しちゃうから下手な嘘をつけないんですよ、本当に。
「…ただ、照れるでしょう」
「風矢さんも照れるのですね」
 ……照れないと思われてたのか。
 わりと照れっぱなしだけどな。君の前では。
 素直にそういうのは癪なので、やっぱり笑ってみた。
「…二人きりの時とかは、それはそれは見つめてくれると嬉しいですけど」
「そうなのですか」
 からかうつもりで行ったというのに、また頷かれた。
「そうするように努めます」
 …なんというか、本当に。
 迂闊なことは、言うもんじゃないですよね。
 嬉しいですけどね、嬉しいけどね。君そんなに色々ほいほいして大丈夫か、というか。
 ……いや、大丈夫、か。
 違う、大丈夫なように、守ろう。
 遠慮がちで変な女を、全力で。

 君に嘘をつきたくないし、…つけなくなった。
 しかたないじゃないですか。落ちてしまったのだから。もう。
 もう、意地なんて張っても、役に立たない。

「…小町さんは可愛いですよね」
 呟いて、手をつないでみた。特に意図はなく、手を伸ばした。
 ただ触れたいと言う感覚に、答える手のひらは。
 やっぱりとても、可愛かった。



帰宅後
「風矢くん、私のところに君がいちゃつきすぎて恥ずかしいって手紙が来たんだけど…」
「自分に嘘ってつけませんよね…」
「遠い目で彼女との思い出に浸らないで。私も結構見てて恥ずかしいから!」
「嘘って、よくないですよね…」
「いいセリフでごまかさないで!?」



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