ベムは自室から庭先に降りて、手を動かす。
小さな木の固まりを削って、作るのはデフォルメした花の形。磨智監修によるこづかい稼ぎの小物。
あまり大きくないから、今回は、髪飾りにでもしよう。
思いながら手を動かす彼の頬を、静かに風が撫ぜる。細かい木屑の始末は面倒だから、その作成は外でやっている。新聞紙を引いて、細々と。突拍子もなく騒ぐメーと風矢とがいない時を見計らって。
そうして、今日も手を動かしていると。
庭の端でなにか草をとっていた、光龍の少女と目があった。
03.冗談とも言い換えられる嘘
白い上着と、赤い袴。銀髪おかっぱのリュコドルアーガ。名前は小町。
68番地の龍である彼女は、数日前、風矢に嫁入りということになった光龍。
新たなる同居人は、こちらを見て小さく頭を下げる。ぺこりと、礼儀正しく。
いちいち律儀だなと思いながら、ベムも礼を返す。
すると、彼女は歩み寄ってくる。姿勢正しく、下駄を鳴らして。彼の後ろにある、室内に戻るドアに向かってだろう。。
「………小町」
そんな彼女を、なんとなく、呼びとめてみた。
「どうなさいましたか?」
立ち止まった彼女は、ごくごく素直な調子で答えた。
ベムはその顔を、確かに綺麗だなと思う。客観的に見て、際立って整った顔立ちだと思う。そして、僕には関係のない美しさだと思う。
ついでに、友人が僕の小町さんまじかわいい状態になったのは、見た目うんぬんが綺麗とかじゃ、ないんだろうけれども、などと感慨にふける。
けれど、告げるべき言葉は、一つ。
「風矢に渡してほしいもの、あるんだ」
綺麗で礼儀正しい友人の嫁は、承りました、と頷いた。
「おかえりなさいませ風矢さん」
「…ただいま」
言葉遣いに合わせたのか、本能なのか、何かの受け売りなのか、例の意思とやらの入れ知恵なのか。
三つ指ついて、おかえりなさい。
そんなお出迎えをされても、風矢は特に気にせずに笑う。
彼女の対応が変わっているのは今に代わったことではなく。こんにちはでもおはようございますでもなく、おかえりなさいの一言をもらえるのがものすごく嬉しい。
そんな彼は、新婚ほやほや幸せモードなのだ。
後ろで『なんだかすごく立派なお嬢様をもらった気がしてうっすら申し訳ない。くそう羽堂さんのせれぶー』とかずれた言葉を胸に抱いてううと唸っているマスターも、らぶらぶあまあまな空気に疲れたような悟ったような眼差しを向けてくる家人も、あんまり関係ない。
繰り返すが、彼はとっても幸せな新婚バカップルモードなのだ。愛は盲目で難聴で、ちょっとハタ迷惑ですらあった。
そんな、周囲に悟りの心地を広げる新婚二人は、諸々の用事を終え、風矢の部屋にいた。
『僕は別に小町さんとなら一部屋でもいいんですけど』
『風紀的に駄目。マスター権限で命じる』
『それ、本当にマスターの意思なんですか? 後ろでめちゃくちゃ睨んでいるベムの希望じゃないんですか?』
『ともかく私の命を守るためと大富豪のお譲さんをお嫁にもらうけじめと色んなもので別室になって! 今度こそ本当にマスター権限よ!』
…ということがあったため。
ここは一応、風矢の部屋、なのである。
当たり前のように2人でいても、風矢の部屋である。
そんな部屋で正坐をしながら、小町は口を開いた。
「私は風矢さんに渡さなければならないものがあるのです」
「…え?」
なんですかそれと呟く風矢。改まって言われるような心当たりはない。
「今から渡します。
こちらに頭を向けてください」
「…こう?」
なにだか分からずとも、愛しい妻のお願いにはすこぶる弱い男はくるりと彼女に背を向ける。結わえていない髪がさらさらと揺れる。
小町はその髪をひと房にゆわえて、それをくるくると巻く。そして。
「できました」
少し満足げな声で告げる彼女から鏡を受け取った風矢は、何とも言えぬ顔をする。
彼が持つ鏡の中にうつった、彼女の持つ鏡。
その中にあるのは、木彫りの可愛らしいお花。
長い髪をゆわえているのは、お花のヘアゴムだった。
「よくお似合いです」
ああ、これがからかいだったら、いっそどれだけいいか。
天然純度100%の笑顔に、風矢は悲しい息をつく。
「……また磨智さんですか」
「いいえ。ベヒームさんです」
「…………」
新たな敵が現れた。
浮かんだ言葉に目眩をこらえる風矢に、どこか気遣わしげに小町は言う。
「やはりこれは風矢さんが頼んだものではないのでしょうか」
「分かってんなら受け取っちゃ駄目ですよ君は!」
「しかし風矢さんの神風りは本当に壊れそうでしたので頼んでいらっしゃったのかと」
「頼みませんよあんなのには! そしてこんなのは! 疑ってください頼むから!」
「喧嘩するほど仲が良いと言うものなのかと思うともしかしてと思いまして」
「仲悪くはありません。ありませんがねえ…!」
ごくごく真面目な口調である意味理論整然と続ける彼女に、風矢は大きく息をつく。疲れたように。
そのまま肩を落として、するりと髪留めをはずす。そうして、改めて可愛らしいお花を眺める。白っぽい木でできたそれは可愛らしく、肌触りは滑らかだ。丁寧にやすりをかけたのだろう。実によくできた品だとは、思う。
それでも漏れるのは、再度の溜息。
どうせなら、こういうものは。
「こういうものは君の方が似合うで…」
でしょう、と言いかけて、彼はじっと眉を寄せる。
彼女の髪によせかけていた手も、止める。
「………似合うけどやっぱり駄目です」
「え?」
「他の男が作ったものなんて駄目です」
突然拗ねたような顔をする夫に、小町は小さく笑う。微笑ましげに。
「そういうものなんですか」
「そうです」
「ならば仕方がありませんね」
「そうなんですよ」
向かい合った彼女の肩を自然と抱き寄せながら、風矢はしみじみと呟いた。
ごくナチュナルにいちゃつく辺りが、また実に新婚だった。
○おまけ
「ベム! 僕の小町さんを使って嫌がらせしかけないでください!」
「恥ずかしげもなく僕のとか言うほど幸せならそのくらい流して。心穏やかに過ごすといいと思うよ。軽い冗談なんだから」
「それとこれとは話が別です!」
「親切心だよ。ホントに壊れてただろ、君の髪留め」
「ええ先日君とメーと馬鹿をやったばっかりにね!」
「だから作ってあげたのに」
「君からアクセサリもらって喜ぶのなんてマスターだけですよ!」
「……。
君の彼女を飾り立ててることにするね、僕。
磨智と協力しつつ」
「…なにしたいんですか君らは」
「僕と磨智に君好みストライクな感じの恰好させられる彼女に微妙な気持ちになればいい。」
「なにしたいんですか! まじで! 君たちは!」
今日も126番地は平和です。