某月某日、パッチー邸。
 その一室に、黒髪を流した乙女が1人。
 真剣な顔で鏡とにらめっこするエレは、なにやら細長い筒状のものを見つめ、ふわりと笑った。

09.「惚れ直したかも」

 長い髪を丁寧にすいて、ブラウスにあしらわれたレースを整える。
 スカートにシワのないことを確かめて、鏡の前でくるりと一周。
 よし、大丈夫。
 デートを控えた恋する乙女は、ぱちりと己の頬をたたく。
 そうしないと延々とふやけた笑みになりそうな顔にかつをいれる。
 そんないつも通りの彼女は、ふ、と不安げな顔をする。
 視線の先には、形のよい唇を覆う、淡い赤。口紅をほどこした唇。
 いつもはしないそれに、彼は気付いてくれるかしら。
 気づいてはくれる気がする。マメな男だから、きっと気付いてくれるだろう。
 なにか、言葉をくれるだろうか。
 …ほめてくれると、嬉しい。
 己の思考に熱くなる頬に、エレは軽く鼻を押さえる。
 熱くなっているのは頬だが、抑えるべきはそこな辺りが、実にエレらしい。
 そんなつっこみをいれるものは、残念ながら不在だった。


 そうして、デート中。
 仲睦まじく町を歩くエレは、笑顔。
 時に照れて、怒って、しょげて。そうして、最後には笑顔。
 しかし、その胸の内に、小さな雨雲。
 穏やかな笑顔で彼女と手をからめるメティーは、いつも通り。
 ちょっぴり意地悪だけど、それ以上に優しい。彼女の恋する竜だ。
 浮かべる笑顔は甘く、向けられる言葉はさらに甘い。
 けれど。
 エレはそっと唇を撫でる。
 けれど、なにもいってくれなかった、などと。
 そう気にすることでは、ないんだろうけど。
「エレ?」
「う、うん!?」
 もの思いに沈んだ彼女に向けられる、不思議そうな顔。
「ぼんやりしていたから。考え事?」
「た、たいしたことじゃないの。そろそろお昼かしら、って思っていただけ!」
 明らかにそうではないと告げるような態度に、メティーはくすりと笑う。
「いいの?」
「え? メティーは嫌?」
「嫌じゃないけど。もったいないだろう?」
 甘く微笑んだ彼の手は、不思議そうに見上げてくる彼女の唇にむかう。
 触れるか触れないかの位置でそこを指差し、軽く小首をかしげる。
「とれちゃうんじゃない?」
 その仕草と近づく距離にぱくぱくと開け閉めされる唇に、くすくす笑って、メティーは続ける。
 今日顔を合わせてすぐ気付いたこと。さていつ口にだすのが効果的かと思っていたこと。
「似合ってる。
 綺麗だよ」
 彼女の唇を彩るものと同じ色の瞳を細めて、彼は笑う。
「いつもね」
 つけたされたその言葉に、彼女が鼻のあたりをおさえるのはご愛顧。
 あるいは、愛あるお約束。

 赤くなるエレはほれなおしたかも、と言いかけて、止めた。
 なおしたもなにも、冷めていない。
 ずっと、大好き。
 ―――なのだから。



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