扉を開けると、そこは雪国ならぬカオスだった。
「…まあ、いつもか」
 ぽつり、と呟くイソレナ。
 彼の眼下で繰り広げられるのは、龍も人もそれ以外も入り混じった―――
 よっぱらい達の宴会だった。

07.たまに突拍子もなく言い放つ「愛してる」

 どこからともなく次々と自作のおつまみを取り出すシェフあり。樽からコーラを一気飲む狂戦士あり。契約龍になにやらいじられている神父あり。なにやらいじけているトレハンあり。それらをのんびりと眺めて手酌する大商人あり・
 その周りでわらわらと盛り上がるやらいちゃつくやらな龍あり。
 まあ、つまりとても平常運営だ。
 酒が入っていようといまいと、ドラゴンカフェがカオスなのはいつものことである。
 こっくりと頷いたイソレナは、腰を下ろす場所を探す。
 より正確にいうならば。
「いーたん、飲んでますー?」
 グラスにはいった果実酒と思わしきものを傾ける羽堂の隣を探していた彼は、にっこりと笑ってそこに向かった。


「食べ物の差し入れが多い日だったんですよ。その中にお酒もあったんです」
 最初は、一本の果実酒。
 私の故郷の国の自慢の品なんですようと某トレハンがもって来たもの。ブドウを元に作ったそれは、苦みと渋みとほのかな甘みが売りの深い赤色の酒。
「それからはアオちゃんが一晩と言わずすぐにやってくれました」
 それならと某シェフがおつまみを作っているうちに、それならこれも、あれもと酒の種類は増え続け―――今に至る。
「あいかわらず素晴らしい仕事の早さですねえ」
「仕事が趣味なんですね」
 言いつつさっくりこうばしく揚げられた小魚をつまむ羽堂。
 同じ皿にキープされた揚げたジャガイモを口にほうりつつイソレナ。
「亜理紗さんはあんまり酔ってないんですね」
 さっくりほっくりとしたそれを味わいながらも、彼はちらりと横を伺う。
「飲ませた方が楽しかったもので」
 上機嫌に応えた彼女は、それでも顔は赤くない。まあシラフといったところ。
 特に、彼女の目線の先にいる、ぐてんぐてんに酔っぱらって、猫耳をつけるつけないいやうさ耳だろういやだ今更耳くらいなんだいやそれでも私は守りたい一線がああ!とかやっている一同に比べれば、シラフそのものだ。
「飲ませたところで通常運営に見えますが」
「まあ、ドラカフェですから」
 言って、またグラスの中身を一口。
 透明な酒はグラスの中ふんわりと踊って、ゆっくりと飲み込まれる。
 恐らく強くはないだろうそれを煽った彼女は、こてんとこちらに傾いできた。
「…やっぱり酔ってます?」
 肩に預けられた頭を手の平でそっと支えての問いかけは、喧騒にまぎれてしまいそうに静か。静かというよりは、ひそやか。
「酔わなくてもこのくらいはできるのですよ」
 茶化すような言葉に応えるのは笑顔。
 にっこり、というよりにんまりと。
 なんだか得意げに笑う恋人に、イソレナも笑顔を返す。
 酔いが回っていないはずの彼女の頬に刺す薄紅に、柔らかに目を細める。
「愛しちゃってますから」
 そのまま穏やかな心地でグラスを傾けた彼は、ぱちぱちと瞬く。
 こちらを見る彼女の顔は、やっぱりいつもと同じ色。
 具合が悪そうに蒼ざめてもいないし、照れたように赤くもなっていない。
 けれど、少しとろけた眼差しが、そのまま受け取るにはむずがゆい。
 だから小さく笑って、彼女を支える手のひらに力を込める。
 隣には大事な恋人。そして、目の前には、終わる気配の見えない宴会。
 ―――ドラカフェの夜はどうやら長いようだから、今はこれでいいや。
 内心の言葉が聞こえたように、彼女は笑った。

 その笑顔に向け囁いた言葉は、彼女にだけ届いた。


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