※学パロです。キャラクター名は以下の通りとなっておりますのでご注意ください。
 蕪木 輝=129番地テル
 愛知後 春佳(あだ名:いちご)=125番地アプクピ嬢

10.昨日より今日、今日より明日、どんどんきみを好きになる

初めて会ったのは、入学して直ぐにあった体力測定のとき。
運動全般があまり得意ではない僕は、走る順番待ちをしながら心から「帰りたい。帰ってキャベツの千切り作って心を落ち着けたい」と願っていた。
キャベツの千切りに刻んだ大葉とこんぶと塩を混ぜて浅漬けにしたい。
そんな事を考える僕の前を彼女は僕の目の前で風の様に走り、あっという間にゴールへと飛び込んで行った。
タイムを聞いて「やったー!」とはしゃぐ彼女の笑顔がまぶしいと思った。


「美味しそう」
「うわあ!?」
調理部の体験入部中、急に後ろから聞こえた声にびくっとして洗ったばかりの鉄板を落としかける。
なんとか落とさずに掴んでホッとしつつ振り返ると、窓から体操着の女の子が顔を出していた。
彼女は目を真丸にしたあと、少し困ったような顔で謝ってくる。
「驚かせてごめんね?」
「いえ、此方こそ大げさで済みませんでした」
そう返しながらこの間の足の速い子だ、と思っていると、向かい側にいた部長が笑顔で手を振る。
「いちごちゃん。いらっしゃい」
彼女は嬉しそうに手を振りながら「先輩、おなかすいたー」と子供の様に無邪気にねだった。
「今日はかぼちゃのパイよ」
はい、あーん。
そう言って部長は彼女へ焼きたてのパイを差し出す。
彼女はぱくっとそのパイにかぶりつくと、幸せそうにその表情をほころばせた。
「美味しー♪」
「本当にいちごちゃんは美味しそうに食べるわねえ」
部長はにこにこ笑いながら彼女の頭を撫でた。
幸せそうな彼女の表情に胸が暖かくなる。
彼女がこの間見かけた足の速い女の子である事に気がついたのは、満面の笑顔で手を振りながら去った後だった。


週に一度の部活以外は大体バイトをしている。バイト先は下宿先の管理人が趣味でやっている喫茶店だ。
主に調理で、手が開いたり忙しい時はホールに入っている。
「いらっしゃいませ」
声を掛けると彼女は嬉しそうに笑って僕の立っている前のカウンター席に腰かける。
「アスパラとベーコンのパスタと、ホットサンドと、今日のおススメケーキで」
「かしこまりました」
注文を受けて調理を始めると、彼女はじっと此方の手元を見つめてくる。
「魔法みたい」
そう言って笑う彼女はとても楽しそうだった。
嬉しさにゆるみそうになる頬を根性で引き締め、注文の品を作る事に専念する。
「お待たせいたしました。ホットサンドとアスパラとベーコンのパスタになります」
注文の品を渡せば、彼女の表情が一気に輝く。
「いただきます」
丁寧に合わせられていた手がするりと解け、食器を手に取ると凄い早さでパスタが彼女の口に消えて行く。
この光景も十分魔法みたいだと思う。食べるのが早いのに食べ方がとても綺麗なので見ていて気持ちが良い。
サービスのお茶と一緒に出したケーキを食べ終え、「御馳走様でした」と言う彼女の笑顔は見ていて凄く嬉しい。



彼女は週一回の部活の時に欠かさずに顔を出す。
それは彼女と仲の良い調理部長が引退してからも続いた。
「良い匂ーい」
「今日はパウンドケーキです」
いつものように顔を出す彼女に、はい、と一切れ差し出す。彼女は嬉しそうに手で受け取り口に入れた。
「んー! 美味しい!!」
「それは良かった」
「この間のナッツの入ったのも美味しかったけど、今日のドライフルーツのも美味しいね」
「このドライフルーツも手作りなんですよ」
「えっ、ドライフルーツって作れるの?」
「ええ。文化祭での展示と販売に使えないかと皆で実験してみまして。
 天日干しをした場合とオーブンでやった場合の味の比較とか、時間経過による変化の観察とか。色々と遊ばせてもらいました」
「遊んだ果物はスタッフが美味しく戴いたのであります」
「えー、いいなあ」
赤い髪の後輩がカラカラ笑いながらお決まりのセリフを言うと、彼女は羨ましそうに後輩へと話しかけた。
彼は調理部の元部長の弟だったりする。彼の姉曰く、ミリタリーと蛙と吸血鬼好きが高じて口調が愉快な事になったらしい。口調は愉快だが面倒見の良い部員だ。
彼女と仲のいい部長の弟なのだから、そのまま仲良く彼女と話し込んでももおかしくはない。おかしくはないったらない。
もやもやする気持ちは、うっかり部員が焦がした天板を擦る力へと変換される。お陰で綺麗になった。ちょっと傷ついているけどこれは最初からだと思う。
「蕪先輩って分かり易いはずなのですが、どうしていちご姉さんは分からないのでありますか」
ぼそ、と後輩が呟いた言葉は聞かなかった事にした。



「あ、今日はクッキーだ!」
「丁度良く冷めた所です。どうぞ」
丁度手に持っていたのを差し出せば、ひな鳥の様に彼女は口を開けた。
その姿に少しだけ動揺するが、なるべく冷静さを装ってその口にクッキーを入れる。
サクサクと美味しそうに咀嚼する姿を見ながら「リスの餌付け」という単語が脳裏をよぎった。
「うん、やっぱり美味しい! 輝君の料理は全部美味しいね」
にっこり笑う姿に心拍数が跳ね上がった。
「沢山焼きましたから持って行きますか?」
何とか冷静を装い尋ねると、少し考えた後彼女は首を横に振った。
「部活もう少しで終わるから、後で一緒に食べたいな」
「分かりました。準備しておきますね」
「あ、でももう1個だけ食べたい」
「どれが良いですか?」
「その四角いの」
皿の上のクッキーを指さす姿は無邪気で微笑ましい。
意識したら負けだと自分に言い聞かせて、希望のクッキーをつまみ、彼女の口へと入れた。
彼女を見送り振り向くと、後輩が優しい様な微妙な笑みで此方を見て一言言った。
「今日は赤飯であります」
無言で後輩の額にデコピンをする。
「なにをするでありますか! 三年がかりでようやく『あーん』にこぎつけられたのを姉さんと祝わずになにを祝えと!」
「祝うな部長にも言うなそして真顔で『あーん』とか言うな!」
「わははは、顔が真っ赤でありますよ。まるで火焔菜の様です」
「火焔菜?」
「赤蕪」
「よしそこを動くな」
「わわわ、暴力反対であります! 麺棒はヤメテー!」


「所で気になったんだけど、このプチギフトのマカロンって手作り?」
「はい。親しい人達のだけは無理を言って作らせていただきました」
「おススメはピンクのです。苺味で美味しいんですよー」
部長の言葉に、白いドレスを着た彼女は笑顔で答える。
「この白いのは?」
「ホワイトチョコです」
「蕪じゃなくて安心したわ」
「なんでそこで野菜ですか」
「だって、ねえ?」
部長はじーっとこちらを見てから意味深に笑う。
……真っ白なタキシードを着ているから蕪っぽい、と思われていることだろう。
負けじとにっこりとこちらも笑顔を返す。昔の様にいじられるだけだと思うな。
「部長、野菜のマカロンもあるってご存知ですか?」
「知ってるわよ。この間料理番組でキミ作ってたでしょ」
「見てくださってありがとうございます。
 お礼にこんどお送りしますね。ピーマンとか、ほうれん草とかのを」
「それお礼じゃない! お礼なら果物のが良い!」
「え、輝君の作った野菜のマカロン美味しいよ? ピーマンもほうれん草も、トマトも美味しかったー」
「……だそうですよ?」
「ちょ、まさかいちごちゃんに逃げ道ふさがれた!? 私キューピットなのに!!」
「何を言ってるんですか部長。彼女は100%本気で言ってくれてるに決まっているじゃないですか。
 こうして結婚できたのも部長達のお陰ですから、その感謝をたっぷりこめて美味しいの作りますから安心して下さい。リクエストにお応えして蕪も作りましょう」
「何処に安心する要素があるのかを100文字以内で答えよ!」
「やだなあ、僕のレシピ本を編集してくださっている編集者がそれを疑うんですか?」
「それはそれ、これはこれ!」


「……若かったんだなぁ」
ぱたんとノートを閉じて思わず遠い目をする。
料理を始めてからずっと書いているレシピノート。そこにはその時の感想がメモされているので、ある意味日記帳に近い。
自分があの時どんな気持ちでそれを作ったのか、そのレシピに手を加えたのかが一目で分かるのだ。
部長に「奥さんに捧げるレシピ本を作るわよ!」と言われ断り切れずに承諾したのは間違いだった気がする。
恥ずかしい気持ちを堪えて読み返しそのレシピの中で彼女が笑顔で食べてくれたものを丁寧に拾い集める。
読み進めれば読み進めるだけ、どんどん彼女に対する気持ちが積み重なっているのが分かるので正直彼女に見せられない。
首を振って気分を切り替え再度ノートを開くと、狙ったかのようにプロポーズの日に出したお菓子が出てきた。
積み重なる気持ちを込めて作ったこれは、きっとこのレシピ本の締めに丁度良いだろう。
時計を見ると、今から作れば三時のおやつに丁度良い時間である事を示している。
「……作るか」
ノートを閉じ机の上を軽く片付けてから部屋を出る。
手早く、でも丁寧に仕上げたパイ生地が焼けた頃、彼女と双子が寝室から出てきた。
「良い匂いー」
「あ、パイだー いちごだー」
「おとーさん、ぼくもかざりつけしたいの!」
「ぼくもー!」
「良いが、手を洗ってきてからな」
「「はーい」」
生クリームを泡だてながら双子に声をかけると、二人は元気に洗面所へと突進していく。
元気な二人の姿に頬を緩めていると、てっきり二人の後を追いかけると思っていた彼女がこちらをじーっと見つめていた。
「ミルフィーユだ」
「ええ、久々に作りたくなって」
「そっか」
えへへ、と笑う彼女の傍に行き、そっとこめかみにキスをする。
あの日泣きながら何度もうなずいてくれた彼女へ、そして授かった子供たちの笑顔の為に。
愛をこめて、明日も明後日もずっと僕は料理を作り続ける。



おしまい。



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