126番地に住むトレジャーハンターの彼女は基本的に温厚である。という印象が強い。某所では“かなたん”という愛称が定着し始めた今日この頃であるが、その渾名で呼ぶには少々凛々しすぎる面立ちを今のかなたはしていた。

3.皆が本音を言ってる訳ではありません
「メー、覚悟……!」
彼女の低い低い呟きに、刃先を向けられたメイベルドーの青年はさっと蒼褪めた。
「待てよ! そんなもん屋内で振り回すなよ! っていうか何で俺なんだよ!」
「うるさいっ! よくも……よくも私のプリンを……っ!」
「私のって、容器に名前書いてある食べ物なんて無かったぞ!」
「冷蔵庫の上から二段目の棚の一番奥にあったプリンに心当たりは?」
「え? んなこと言われたって……。……あ」
うっかり顔をひきつらせて声を漏らしたメーの喉元に、かなたは槍の切っ先を突き付ける。その速さ、鋭さはさすが戦闘系といったところか。
「よくも、よくもよくも……っ!」
「わああああっ!!?」
ぐっとかなたのさっきの気配が濃くなった瞬間、メーは脱兎の如く玄関の元に走り、飛び付くようにドアノブを回しながら掴んで126番地の外へ脱出する。しかしそこで気がすむようならそもそも槍なんて振り回しているはずもない。すぐにかなたも126番地を飛び出し、かくて主従の追いかけっこが午後三時のおやつの時間に開催されたのであった。
* * *
三時を少し過ぎた頃、111番地の裏口前に、鮮やかな緑色の少年(と呼ぶには少し背が高めになってきた今日この頃である)が到着した。ここ数ヶ月間ここでアルバイトをしているアプエゲだった。
「今日も料理が上達しますように!」
ぐっと気合を入れて少年がドアノブを掴んだその時、背後からズドドドドドドという只ならぬ地響きが遠くから聞こえてきた。ふっとアプエゲがそちらに視線をやると、
「プーリーンーー!!!!!」
「……あの声は……かなたさん?」
ドラカフェとかで聞き覚えのあるトレジャーハンターのお姉さんの声が響いてきた。プリンがどうしたんだろう? 首を傾げながらもシフトの時間が近付きつつあったので、ドアノブを開けてアプエゲは中に入る。丁度その時111番地の主人である赤毛の少女が、布巾を何枚か抱えて通り掛かった。
「こんにちはーアプエゲ君。どうしたんですかーなんか変なもの見たような顔して」
「あ、朱音さんこんにちは! いえその、今なんか、かなたさんが凄い勢いで移動しながら『プーリーンー!』って叫んでたんで……」
「ほほう……」
きらん、と一瞬朱音の瞳が悪戯に光ったように見えたのだが、あっという間にそれはいつもの営業スマイルの向こう側に隠されてしまった。
「それはなかなかに気になりますが……お客さんが居ますからねぇ、流石に仕事放り投げてまで首突っ込むことはできませんね」
「ドラカフェとかで尋ねてみるという事も出来ますしね」
「あ、それもそうですねぇー。今晩覘いてみましょうかねぇ。
では、今日もよろしくお願いしますね、アプエゲ君」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」
その日は比較的お客さんの人数も少なかったので、そこまでアプエゲが仕事をする事もなさそうだったのだが、朱音が何やら別の作業に追われているらしく、結局いつも通りの量の料理を作ることになったのであった。
* * *
「ただいまー」
ボロボロになったメーを後ろに連れて帰ってきたかなたは、玄関から居間へと少しふらふらしながら移動した。流石に二時間近く駆け回るのは体力的にも辛かったらしい。
居間にかなたが姿を見せると、救急箱くらいの大きさの白い紙箱を手にして神妙な顔をしている風矢と、箱の中をじっと見つめている小町が、同時に彼女に目をやったので、思わずかなたはぎくりと身を引いた(その際にかなたに続いて居間に入ろうとしていたメーとぶつかってしまったのは御愛嬌だ)。
「な、何? どうしたの?」
「いえ、先程朱音さんがこれを持ってきて下さったのですよ。僕達に差し入れ、だそうです」
「朱音さんが?」
そう言われてみれば、その紙箱はケーキなどの甘味を持ち運びする時に使う箱によく似ていた。はてなマークを帽子のあたりに浮かべながら箱の中を覗いたかなたは、カッ<●><●>と目を見開いた。
「こ、これはっ……朱音さんちの一日限定二十個の『ゆるふわプリン』!!? え、差し入れって、ええっ!?」
「きっと今日のかなたさんには必要なものでしょうから、って朱音さんは言ってましたけど……そこのボロボロになってるのとなんか関係あるのですか?」
「ボロとか言うな!」
「まさか、み、見られて……!?」
今更ながら恥ずかしくなってきたのかかなたの頬が赤くなる。用意周到な事に定評がある(のかは不明だが、とりあえずお茶菓子はいつでも用意している)朱音のことである。もし見られてはいなかったとしても、どこかでかなたの様子を耳にしたら、ジェ○ンニもびっくりな事をしてもおかしくは無いような気がする。
かなたが困惑している間に、小町はおもむろにプリンの一つを箱から取り出す。容器の側面に貼ってあるラベルをちらりとみて少しだけ目を見開いた小町は、ラベルをかなたの方に向けて口を開いた。
「どうも一つ一つに名前が記されているようですね。食べ損ねてしまう方が出ないように、ということなのでございましょうか」
小町が手にしているプリンのラベルには、偶然なのか星と月と太陽のイラストが描かれており、中心の方に『小町さん』と見覚えのある時で書かれてあった。
「……今日は、ちょっと早めにドラカフェ行ってみようかな」
本と宝箱のイラストに囲まれた『かなたさん』の文字を見つめながら、かなたは小さく呟いた。
* * *
「こんばんはですー」
その日の夜、かなたと羽堂が幼馴染について熱く語っているドラゴンカフェに、一日の仕事を終えた朱音がやってきた。
「アオちゃんこんばんはー」
「こんばんはですっ」
がたっと椅子を跳ね飛ばしてかなたは立ち上がり、朱音の元に駆け寄った。
「朱音さん、あの、昼間のプリンのことなのですがっ」
「あ、驚いていただけました?」
「そりゃもう驚きましたよ! その……見てたんですか?」
「いえ? 私はちょっと小耳にはさんだだけで。何というか、プリンに関する心の傷が発生したっぽいからそれを癒せればーと思いまして」
“発生したっぽいから”で行動したのかこの人、と朱音の後ろに居た彼女の風龍が呆れたとか呆れなかったかとか。にこにこ笑っている朱音の手をかなたはがしっと捕まえる。
「一体何とお礼を言えば……というか本当に頂いてしまってよろしかったんですか?」
「勿論ですよー、友情の証だと思って下さいな」
「朱音さん……!」
ぐっと手を握り返す朱音をかなたは潤んだ瞳で見つめる。そんな二人を見て「ゆうじょーは美しきかなー」とアイスミルクティを飲んでいた羽堂が語尾上げめで呟くと、彼女を置いてけぼりにしていたことに気付いたかなたが慌てて羽堂の居るテーブルの方に戻っていく。その後ろを朱音がトコトコ付いていく。かなたが元いた席に座ったその時、
「んっ?」
「おや」
かなたは頭部に違和を感じた。何かがくっついてる様な感覚。そっと手を頭の方に当ててみると、もふもふしたものが髪に留められていた。
「えっ、何コレ!?」
「取っちゃ駄目ですようかなたさんー」
もふもふを掴みかけたかなたの両手を掴んだ朱音は、気になるようならこちらでどうぞ、と手鏡をかなたに差し出した。恐る恐るといった様子でかなたが鏡を覗くと、
「……」
「実に可愛らしいクマ耳ですね」
「この前雑貨屋さんで見つけて、これはっ、と思いまして」
絶句しているかなたを撮りながら羽堂と朱音は片手でハイタッチする。かなたが鏡を見つめたままぷるぷる震えていると、
「プリンみたいに震えてますね、かなたさん」
なんて朱音がにっこり笑って言うものだから、
「朱音さあああああん!!!」
かなたの叫び声がカフェに木霊したのもまぁ当然のことであろう。
「(別にかなたさんのクマ耳姿が見たかったからちょっと本気出してみただなんていやそんな)可愛いですよーかなたさん」
「見える! 朱音さんの本音がうっすら見える!」
「本音は基本的に包むものですよ、シュウマイのように」
「アオちゃんそれじゃ隠しきれてないですよう?」
翌日、朱音からもらったプリンを前に百面相をしているかなたが126番地で目撃されたそうな。