朝食後、うちの店長が用事があると言って家を出て行った。一日帰らないらしく、その所為なのか今日は臨時休業という事になった。
どう暇を潰そうか居間で思案していると、秋桜が灯磨を連れて少し恐る恐るといった感じで話しかけてきた。
「ぽ、ポコス兄様、あの、相談したい事があるんだけど……」
「何だー秋桜、何を取って欲しいんだ?」
「別に高い所に何かあるんじゃなくてね!? えっと……か、カナリアンショーについてきて欲しいの!」
「……何故に」
カナリアンショーが何かは知っている。知っているからこそ何故俺が誘われるかが良く分からない。基本あれは子供向け(あるいは『大きなお友達』向け)のものだし何より出演メンバーがみんな知人だというのがなんかこう凄く見てはいけない感がするというか。
中の人が誰かなんてあまり考えた事が無いだろう二人は少し慌てたように口を開いた。
「あ、あのね、今日のショーを見に来た人に、一人一つだけ限定アイテムが買えるの。で、それが三種類あるらしくて、それで、手伝ってくれたらなって……」
「来てくれるだけでも良いんだ、お願いだよ土兄さん」
「……他の連中は? ムンダーとか楓は普通に付いて来てくれそうなもんだが」
「炎姉さんはせっかくの休みなんだから思いっきり家事しなきゃって張り切ってて話聞いてくれなかったんだぁ……」
「楓お姉さんもなんか今日は凄く眠たそうでぼーっとしてて……連れ出すのもなんか申し訳ない気がするというか……」
「闇兄さんは既に本屋さんに出かけちゃってたし……」
「エゲリア姉様は朝の時点で……なんか、話しかけるな私の邪魔するなオーラが……漂ってて……っ」
あ、やばい。泣く。俺が泣かせたわけじゃないけど泣かれるのは困る。
「……行けばいいんだろう行けば」
「「わーい!」」
「はぁ……」
13.屋上では強風及び不意打ちに注意しましょう。
今回のカナリアンショーはなんとも凄い場所でやっている。
なんと……病院の屋上。
病院からは出られないけど気持ちは元気な怪我人さんの人の為に公演するらしい。
とても懐かしいというかあまり良い思い出が無い場なので正直場所を聞いた瞬間に帰りたくなったものだが、そこは何とか堪えて、今俺は屋上の柵にもたれて風に吹かれている。
帰ってしまっても良かったのだが、ここまで来て券まで買った(そもそも券が無いと今回は場内に入れずグッツも買えない)のに観ないで帰るのは何か損な気がする。かといって真面目に子供達に混ざってみるのもそれはそれで嫌だったので少し離れた所から見守ることにしたのである。
きちんと舞台の前に座っている灯磨と秋桜は手に入れた限定アイテム(ヘブンズ・レイで配ってる様な感じの人形。今回は、美魔法戦士少女カナリアン、神父仮面、総師メフィストの全三種らしい)を見比べて大変ご満悦だ。
病院の屋上はそれなりに広く、舞台と観客席が設けられてもそれなりにスペースが余っていたのか、カナリアン系のグッズの出店があちらこちらにあった。その光景を見てまさかこの為に店を休みにしたんじゃないかとか一瞬疑ったものだが、見慣れた彼女の姿は見つからなかった。
暇を持て余した俺はどうせだからと飲食系の出店で「月に輝くカナリアンソーダ」というのを頼んでみた。別に発光とかはしない、ごく普通の(?)メロン風味のゼリーを沈めたレモン味のソーダだった。それなりに美味しかった。
『まもなく、闇龍演技隊と有志による「美魔法戦士少女カナリアン」午後の部が開演いたします。皆さま、席に座ってお待ちください』
何か聞き覚えのあるような声のアナウンスが流れて、なんかもう動くのも面倒だからと俺は出店に用意されていた席に座ったまま舞台を見ることにした。
ブザーの音の後、少し間をおいて流れ始めた怪しげな音楽と共にこそこそと黒髪の男女が舞台に登場する。抜き足差し足忍び足。周囲を窺うかのように動き回る彼らの姿はなかなかに怪しげだった。
男女が舞台のほぼ中央まで移動した時、
「お待ちなさい!」
某トレジャーハンターの女性そっくりの声が響き、舞台の奥の方からのスポットライトが彼らに当たる。
「きゃあっ!」
「うおっ、まぶしっ!」
一応さっきの段階で誰なのかはもう見当が付いていたが、スポットライトのおかげで見当は確信に変わる。いかにもな悪役の格好をしたメフィストとトゥエルヴだった……何かすっごい様になってると言うか何と言うか。
スポットライトの光源辺りから、すっくと誰かが立ちあがり、横に伸ばした手に現れた月と鳥のような飾りのくっついたステッキを掲げる。
「シャイニングチェンジ!」
その掛け声とともに、舞台に仕掛けられたライトがこれでもかというほどに輝く。光が落ち着いてきた時、そこには本日の主役が仁王立ちしていた。
「愛ある限り戦いましょう。空に月があるかぎり。美・魔法戦士少女カナリアン! 参上!」
華やかなファンファーレに似た効果音と共にかな……カナリアン(中の人の名誉の為に?敢えてこう呼んでおく)はポーズを決めた。若干口調がやけくそっぽいのは御愛嬌だろう、そうそう分かるものでもないし。
「またかこむすめ! くぅっ、せっかくこそこそ仕掛けようとしていたのが無駄になってしまったばい」
「くっ、どうなさいますかメフィスト総帥」
「んむう。逃げるったい!」
出てきた方へと走るメフィストとトゥエルヴを、しゅたっと台から降りてきたカナリアンが追いかける。
「待ちなさい! 総師メフィスト! 闇の使途トゥエール! 今日こそは逃がさないわ!」
「ほーっほっほっほ、止められるものなら止めてみなさいな!」
そんなやりとりをしながら三者は舞台のあちらこちらを駆け巡る。カナリアン頑張れーという子供らの声援の中で舞台全体を2周したところで悪役二人が満足げに足を止めた。
「かかったな、カナリアン!」
「何……っ!」
「よく周りを見てごらんなさい、もう逃げ場はないわよ!」
「なっ……!」
バサリと舞台の上手と正面側にトゥエルヴとメフィスト、そして下手の方に新たに現れた黒髪の少年がそれぞれ立っており、カナリアンの逃げ場と言えばそれこそ客席くらいしかなかった。
「ついでに、アーランが一時間で頑張ってくれました☆」
「は?」
「あの木をよーく見るったい!」
「……なっ!?」
ばさりと黒い布が捲られ(多分黒子的な人が頑張ったんだろう)、木(の大道具)に縄でがんじがらめにされた布の塊が姿を現した。頭部と思わしき部分に白い仮面を付けているその人は布を噛まされた状態でもごもごと声を漏らしていた。観客の方から戸惑いと恐怖が混ざった悲鳴が上がる。
「神父仮面様! なんてことを……なんて卑怯なっ!」
「わーっはっはっは! さぁ、いざ尋常に勝負ったい!」
「っ!」
メフィストが振り上げた黒と赤で構成された杖を、カナリアンは月と鳥があしらわれたステッキで受け止める。その背後からアランがメフィストのものに良く似た杖を振り上げる。
「失礼しますよ……!」
「しまった――」
観客の子供達が思わずきゃーと叫んだその刹那、
「しっかりするのですカナリアン!」
身を固くしたカナリアンの背後に、赤い影が舞い降り……た……って!?
「戦いの最中に余所見は厳禁ですよー?」
「なっ、あ、貴女は一体!?」
「ほらほら前見る!」
いきなり現れた彼女はにやりと楽しげに笑って、受け止めていたアランの杖を左手側の剣(どう見てもパン切り包丁)で受け流し、右側の剣(これまたパン切り包丁)を振るって牽制する。
「あ、貴女は一体何者です!」
アランの問いかけに、新たな登場人物は不敵に笑って声を挙げた。
「悪が邪魔をする限り、私はそれを捌き続ける。魔法戦士少女レッドサウンド、見参!」

……どうみてもうちのご主人様です、本当にありがとうございました……。……今日朝からどっか出掛けてると思ったら! ああああ今すぐこの屋上から全力で地面に飛び降りて穴を掘って大声で叫びたいお前一体何やってんだよ! と。
決めポーズの後からのアクションシーンに入っても、戦闘系でないはずの彼女はやたら活き活きと楽しげに演技をしていた……嗚呼、普段からその気合で戦闘したって良いのに、死ぬ回数減るだろうしさ。いやあまり好戦的になられても死亡回数増えそうだけどさ。嗚呼何かも訳が分からなくなってきた。
「くっ、今回は赤いのに免じて撤退するったい!」
「「はっ」」
黒い三人が舞台袖に引っ込むと、満足そうに笑っている朱音がカナリアンに話しかける。
「まったくー、危ない所でしたねぇカナリアン」
「あ、ありがとう……でも、どうして私の名を?」
「この辺りで最近活躍している青い髪の美魔法戦士少女と言えばカナリアンでしょうからー。巷で有名です☆」
「……ゆ、ゆうめいなんだ……」
わーお、と呟きながら思わず素で遠い目をしているらしいカナリアンに、朱音はけらけらと笑いかける。
「一目お会いしたくてうっかり隣町から参上しちゃいましたよー」
「そんな遠くから!?」
多分そう言う設定なんだろう。レアっぽさの演出なのか何かのリスペクトという名のインスパイアなのかは知らない。
「はーい、改めまして、私は隣町で別に美しくはない魔法戦士少女をしてますレッドサウンドと申しますー」
「か、かっこいい名前ですね?」
「ありがとうございます〜。いやーわざわざ遠くから来て良かった。本当、食べちゃいたいくらい可愛いですねぇー」
「えっ!?」
「冗談ですよ☆」
冗談でも子供の前で真顔で迫るんじゃありません。
「じゃあまた機会があればお会いしましょうですーさらだばーっ!」
始終にこやかな笑顔を振りまいていた魔法戦士少女はホップステップジャーンプといった感じで退場していった。最後のは噛んだんじゃなくて絶対わざとだ。
「ああっ、行ってしまった……レッドサウンド……彼女の目的はいったい何なのかしら? 敵ではないみたいだけど……」
「カナリアン!」
カフェとかでよく聞く某神父さんの声がその場に響くと共に、先程縄でがんじがらめになっていた人が舞台に舞い降りてきた。
「神父仮面様! ご無事ですか!?」
「あぁ、あの謎の美魔法戦士少女が降ろしてくれたのだ。ついでに縄を切ってくれればもっと早く助けに来れたのだが……すまない」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「……そうして花は強く咲き誇るのだろうね、凛と美しく、私はそれを見守ろう……」
若干気落ちした様子で神父仮面は去っていく。今回は若干影の薄い役だが普段は凄い活躍しているに違いない(あまりよく知らないけど)。
「今日はレッドサウンドが一緒に戦ってくれたけど、敵はまだ諦めてくれないでしょう。でも皆が無事で本当によかった!」
カナリアンも無事でよかったー! という(大変空気の読めている)観客からの声に、ありがとー! とカナリアンは返す。
「皆、これからも、応援よろしくねー☆」
「「「はーい!」」」
……実に平和な幕引きだったのだが半分くらい放心状態だったせいで聞き流してしまったのは本当に申し訳ないと思っている。
「お疲れ様です、レッドサウンドさん」
子供達は先に帰してしまってからこっそり覗いてみた舞台裏で、思い切り脱力していた彼女にそう声をかけると、半分抜けかけていた魂が瞬時に戻ったらしく引きつった面持ちで彼女――朱音は俺を見据えていた。
「……何で貴方来てるんですか」
「子供の引率」
そう言うと彼女は険しい表情のまま視線を泳がせて、思い当ったのかギュッと眉間にしわを寄せる。
「……一限(注:客一人につき一つに限定された)グッツが原因ですね分かります……貴方が来るとは思わなかったですが……」
「俺だって予想だにしてなかったっての」
「……ってことは……まさか、見てたんですか、私のさっきのアレを」
「それはもうばっちりと」
誤魔化す意味も無いのできっぱりそう告げると、朱音は変な呻き声を上げてその場にしゃがみこんだ。両手で顔を覆っているが隠れていない耳は見事に赤くなっている。
「……舞台の上ではこっちが呆然とするぐらいすっごい乗り気だったっぽいのに。何を今更照れてる?」
「それはそれ! これはこれ! ですよ。なにが悲しくてこういう格好を貴方に見せなきゃいけないんですか!」
「へー」
反論する為に立ちあがってこちらを見上げてきた彼女の格好を改めて見下ろしてみた。別に演目中でもちゃんと見ていた(というか見ざるを得なかった)けど、間近で見ると結構装飾とか細かいことにも気付かされる。まぁそれはそれとして。
「……ちゃんと可愛いらしいぞ?」
「あ゛ーもーその言葉が嫌だから見せたくなかったのにー!」
「わかったわかったわかったからパン切り包丁で叩くな!」
「うわあああんっ!!」
本気で叩き切られる前に謝ったので事なきを得たが……何で本心で褒めたのにそれを否定しなきゃいけないんだか……