「お宅訪問」「雨が嫌いな理由」に目を通しておくと色々スムーズに読めると思われます。




 事前に連絡されていた通りに、青年と少年の二人組は以前その家に来た時に通った表玄関ではなく、少し奥にある裏口の戸を叩く。
 数秒後に中から朱色の髪の少女が楽しげに扉を開ける。促されて、薄青色の髪の青年と、赤みがかかった黒髪の少年は家の中に入った。

「はーい、皆さんちょっと仕事前に注目ー」

 通された居間と思わしき部屋で、白と黒を基調にした制服を纏った男女数名を前に、青年と少年を連れた少女が声を張り上げた。六人分の視線を一気に受けて、二人は身を固くする。

「今度からこの家でバイトをする子たちを紹介しますー。18番地の由貴さんちのセイ君と、ファイ君です」

 緊張した様子で立っている青年(セイ)と少年(ファイ)は、紹介と共に礼をした。


12.内面と見た目は=では有りません。


「えーと、まずお二人共、一応私のとこの龍も紹介しますね?
 左手側から、茶色の長髪の背が高い男性がポコスで、そこのソファに座って本持ってる緑色の女の子がエゲリア。箒持ってる黒髪のお姉さんがムンダーで、ツンツン頭の男の子が灯磨。金髪のお姉さんがタラニスで、銀髪のお兄さんがマクグレーネ、です。
 以上六名の龍が私の所に住んでいて、お店の仕事も皆で手伝ってくれてます」

 今呼ばれた六つの名前。そのほとんどが種族名だったのだが、そういう家なのだろうとセイは結論付けた。ファイは緊張で全員の呼び名を覚えるのが精一杯だったのでそういう事を気にする余裕が無かった。

「大体の注意点とかは確か手紙を由貴に渡したので一応目を通しているとは思うのですけど、念の為にお伝えしておきます。
 まず一つ目は、当店は料理店ですから、手洗い、うがいをはじめとした体調管理は念入りにお願いします。ちょっとでも何かいつもと感覚が違ったら事前にご連絡下さいですー。
 二つ目は、接客業なので基本の表情は笑顔でお願いしますー。特にポコスとエゲリア」

 にっこりと微笑む朱音だが声音にどこか凄味が加わっているのは気の所為だろうか。しかしポコスの方は困ったように苦笑しているが、エゲリアの方は変わらずの無表情だったりする。むしろ面倒そうに眼を細めたので余計仏頂面になったようにも見える。ちゃんと営業時はそれなりに頑張っている事は一応知っている朱音は、それ以上何も言わずに何事も無かったかのように説明を再開する。

「とりあえずこの二つですかねぇ。あ、三つ目。出来ないことは素直にできないと言って助けを求めて下さい。分からないことがあったら聞いて下さいですー。
 これくらいですかね。あとは働きながら色々覚えていただければそれで十分でしょうし」

 ぶっちゃけ真面目に考えるのめんどい。と言って周りの龍たちをずっこけさせた朱音は、してやったりとにまにま笑ったまま話を続ける。以前初めて会った時はふわふわした印象の笑顔が可愛い女の子だと思っていたファイ達なのだが、こういう掴みどころのない性格であるとは予想していなかった。悪い人では無さそうだから良いのだけれど。

「それでは、今日はとりあえず見学がてら暇な時に研修、という感じで。そうですねぇ……ファイ君の担当は灯磨で――」
「ええっ、オレ!?」
「はい、貴方です。大丈夫大丈夫、貴方がいつもやっている事を見せてあげて下さい、っていうだけですよ」
「……う、うん、わかった。頑張る! よろしくファイ君!」
「よ、よろしくお願いします」

 同じムンダー種の少年というだけあって、灯磨とファイが並ぶとまるで兄弟のようだった。微笑ましいものを見るような様子で笑っていた朱音は、ああそうだとある龍の方に向き直る。

「で、セイ君の担当はエゲリアにお願いして良いですか?」

 その言葉に視線を向けられたエゲリアは思わず一瞬視線を逸らしたが、溜息と共に本を仕舞って立ち上がる。

「分かりました。宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「振り分けが決まったところで、二組が同じ場所で同じ事やっても仕方ないので、灯磨達は厨房の方の仕事を、エゲリア達は接客の方をお願いします。場所は厨房とレジで各々説明してあげて下さいなー」
「はーい!」
「了解しました」
「じゃあ一旦解散ー。また17時くらいになったらご飯とかで声掛けるかもしれないけど、それまで各々頑張って下さいですー」

 それぞれ思い思いの場所に移動する中、タラニスは心配そうな面持ちで朱音に耳打ちする。

「……ねぇちょっと、大丈夫? あのワカメっ子とチビッ子に教えられるの? というか人見知りしちゃわない?」
「大丈夫ですよー、困ってたら私がサポートしますし。人見知りに関しては子供は仲良くなるの速いですし。エゲリアとセイ君は既に一度会ってますし。何より同じ属性の龍っていうだけでそれなりに親近感もあって緊張も解けやすそうですし」

 何も考えてない訳じゃないんですよとちょっと胸を張っている朱音に、タラニスは少し意外そうに二組が出て行った方を見やった。

「ふーん……まぁ、朱音が大丈夫って言うなら信じてあげるけど」
「それはどうもー。あ、そうそうタラニス、ちょっとお願い事して良いですか?」
「? なーに?」

 朱音の頼み事は実にシンプルなもので、タラニスは快く悪戯っぽい笑みとともに了承した。




 厨房に入る前に、灯磨はファイを連れて裏口の近くにある洗面台に向かった。

「えっと、まずは手を洗おっか。厨房にも流し台はあるけど、そっちは野菜とか洗うのに使うためにあるから、手洗いとかはこっちでやってね」
「はーい」
 
 念入りに手を洗ってから、エプロンと三角巾を身に付けて炎龍の少年達は厨房に入る。

「土兄さん、オレ達は今日何すればいいかな?」

 既に材料の下拵えを始めていた土兄さんと呼ばれた茶髪で長髪の青年(朱音はポコスと呼んでいた)は、一旦手を止めて二人の方に目を向けた。

「あー……そうだな。とりあえずそこにある野菜の皮剥きをお願いしたい」

 そこ、と言ってポコスは大きな金属製の棚の横に積まれた段ボールを指差した。恐らくその中に食料が保存されているのだろう。

「はーい。ということで、じゃあ皮むくの持ってこようか。包丁で良い? 皮むき器の方が良いかな?」
「えっと……じゃあ、皮むき器で」
「わかった! じゃあこっち来て、道具の場所教えてあげるから」

 二人は調理台の色々な引き出しや棚の中から皮むき器やボウル、ザルを取り出して皮剥きの準備をする。彼らにとっては若干調理台が高めだったので、踏み台も用意した。全部の位置をきちんと覚えられるかファイは不安だったが、そこは少しずつゆっくり覚えれば大丈夫、という灯磨の言葉に少し安心した。

「よーし。これで準備はOKだね。じゃあ今度は野菜を洗うよ、皮は剥くけどちゃんと泥は落とさないといけないから」
「わかった」
「野菜は基本的に厨房の冷蔵庫の中とかその横の段ボールの中にあるんだ。もし使い切っちゃったら倉庫の方まで取りに行かなきゃいけないけど、その時は主人さんか土兄さんに声を掛けてね」
「了解っ」
「あ、二人とも、剥き終わった野菜はこちらに回して下さいね」

 そう声をかけたのは、少し長めの(と言ってもポコスに比べたら断然短いのだが)銀髪を後ろでくくっている青年(名前は確かマクグレーネ)だった。彼の方もポコスと同様に材料の下拵えをしているが、位置的にポコスよりも二人に近い位置だった。確かに彼に回した方が作業し易そうだった。

「了解です光兄さん」
「わかりました」

 二人の返事ににっこり微笑んだマクグレーネを見て、親切なひとだなぁとファイがぼんやり思った瞬間、いきなりマクグレーネは物凄く深刻そうな表情をした。一体何が、と思ってファイが思わず手を止めると、みるみるマクグレーネの形相が不機嫌そうなものになる。それでも作業する手が止まって無かったりするから尚更ファイにとっては恐ろしかった。

「距離……距離がああああっ」

 そう低く呻いたマクグレーネは手にしていたキャベツを全て千切りにし終えた途端、後片付けもせずにレジの方へと走り出した。その速さと形相にファイは目を丸くする。

「な、なんだ今の……」
「……うん、ごめん。ごめんね……光兄さん、光姉さんのことになると、なんか、こう……」
「……あの色呆けバカの事は気にしなくて良いからな。いやまぁ戦力が減るという意味では気にすべきなんだけど……」

 深く溜息を吐いたポコスと灯磨の様子に、ここも色々あるんだなぁとファイは思ったそうな。





 それより十数分前。
 それでは行きましょうかとエゲリアは居間から出て行くので、セイは少し早足で追いかけてその後ろを付いて行く。廊下を進みながら彼女は振り返らずに口を開いた。

「お元気そうでなによりです」
「お陰様で、先日は有難うございました」
「いいえ、私は特に何も」

 エゲリアは軽く肩を竦めて扉を開ける。そこはもうレジのあるカウンターだったので、エゲリアは早速端的に説明を始めた。まずはお客が来た時の対応、次に話す内容、そしてレジの使い方。すらすらと流れる様なエゲリアの言葉をセイは事前に渡されたメモに書き留める。

「勿論、それをいきなり一気にやれとは言いません。最初はレジ打ちをお願いする感じになると思います。お客様が来たらいらっしゃいませと言って、レジにお客様が来たらレジを打ち、お帰りの時はありがとうございましたと言うだけの簡単なお仕事です」
「わかりました……。ふーっ、なかなか緊張するものですね」
「そのうち慣れますよ」
「はーい、そこの超物静かな店員さん方、お会計お願いしまーす」

 声と共に後方から二人の肩に腕が回される。割り込むように現れた金髪の女性にセイは目を丸くするが、エゲリアは逆に目を細めて睨み上げていた。

「……タラニス殿、遊べる程にお暇なのでしたら仕事なさったらいかがです?」
「あら、これが仕事よ? 朱音からレジ打ちの練習手伝ってって言われたから来てあげたんだけど?」
「ならお客様らしく向こう側から登場して下さい」
「はいはーい」

 けらけら笑うタラニスはカウンターの向こう側に回る。じゃあ早速やってみましょうとエゲリアは数歩下がり、セイは先程言われた手順を思い出して対応する。

「伝票をお預かり致します」
「ちょーっと待って店員さん」
「……はい。何でしょうか?」

 早速何か間違えてしまったのかと思うと、タラニスは自分の口元をグイッと持ち上げてにやりと笑みを浮かべた。

「注意点二つ目、基本の表情は笑顔でお願いしまーす」
「……そうでしたね。失礼しました」

 つい先程の朱音の言葉を思い出す。少し咳払いした後セイは、にっこりと微笑んで見せる。その笑顔にタラニスも「合格っ」と満足げに答える。

「改めまして、伝票をお預かり致します」
「はーい」

 緊張してはいるがきちんと手順通り進めている様子をニヤニヤしつつも黙って見守っていたタラニスだが、あ、と声を漏らしてにぃっと笑みを深める。同じく見守っていたエゲリアはそれを見て嫌な予感を抱いたのだが、セイの方はレジ打ちに集中してそれに気付いていない。そんな彼にタラニスは囁きかける。

「ねぇねぇ、あんたってもしかして、あの朱音にちょっかい掛けてご主人様にふっ飛ばされちゃった風龍さん?」

 カチカチッ

 タラニスの言葉に動揺したセイは、うっかりゼロのキーを連打してしまった。笑顔を若干引きつらせて固まっているセイの横から小さなエゲリアの手が伸びてそれを修正する。今みたいにして直すのですが覚えましたか? というエゲリアの声でセイは我に返る。

「ちょっかいなど掛けていません、ただ『挨拶』をしようとしただけで」
「え、挨拶? どんな?」
「それは……」
「地域によって手の甲に口付する挨拶もあるにはありますからね。ただ、それをセイ殿達の御主人が烈火のように怒られただけです」
「あーそういうことだったの。ちぇー、つまんない。せっかくあのヘタレ地龍を煽る要素ができたと思ったのになぁ」
「はぁ、そうですか」

 誰の事を言っているのかはよく分からないが、セイは適当に相槌を打つ。あまり他の家の事情には詳しくないし、仮にその地龍が誰であったとしても色恋沙汰というややこしい問題に巻き込まれるのはごめんだった。カウンターに肘を突いてつまらなさそうな面持ちでこちらを見上げるこの光龍は黙ることを知らないのか、レジ打ちを再開したセイに話しかけ続ける。作業妨害、という単語が二人の脳裏に過ぎった。

「ちなみにその挨拶はもうしないの?」
「えぇ、もうしません。なにしろ、あの後由貴にこっぴどく叱られたもので」
「あらまぁ」

 それはお気の毒に、とタラニスが笑った時、

「距離が近ああああああい!!!」

 厨房の方から物凄い気迫の声が迫ってきた。呆れた様に溜息を吐いたエゲリアの頭頂部と、振り返りかけたセイの左肩に勢い良く手を置いて、その声の主は床を強く蹴り上げた。二人の頭と肩を支点に見事な宙返りをしてカウンターを乗り越え無事着地――の刹那、

 バキイッ

 タラニスの回し蹴りが彼女の狙い定めた通りその者の左脇腹にクリティカルヒットした。勢い良く床に倒れこんだ銀髪の美青年は、お腹を抱えながらもどこか満足げな様子で立ち上がる。それを見てセイが内心どん引きしたのはまぁ仕方ないことだろう。脳裏に「何だろうこの残念なイケメンは」という電波が飛び込んだのも仕方がない。

「……貴女方は不意打ちする事がお好きなのですか、二人仲良くいい御趣味ですね」

 マクグレーネが宙返りする際に力強く後ろに引っ張られたせいでバランスを崩して倒れてしまい、腰と頭を強かにぶつけたエゲリアはカウンターの向こうに立つ二人を思いきり睨みつける。灯磨やファイが見たら間違いなく気絶しかねない形相であるにもかかわらず、マクグレーネは平然と真顔で答える。

「何言ってるんですかエゲリア嬢、僕らの仲が良いのは当然のことでしょう?」
「脳味噌煮えてんじゃないのあんた」

 間髪容れずに静かな声でツッコミを入れられ、マクグレーネは頬を染める。周りの三人が同時に、何故今の返答で照れるんだ、と少し衝撃を受けている事に気付きもしないマクグレーネは恥ずかしそうに答える。

「確かに、タラニス嬢の事を想うと僕の全身は一瞬で湧きあがってしまいますからね、僕の頭が湯豆腐になってもおかしくはありません。しかし僕が煮え上がるには貴女という甘い存在が必要になるという意味では僕の頭はジャムのような感じになってきて――そんなに急いでどこに行かれるのですかタラニス嬢!」
「こっち来んな! 全力で来るな気持ち悪い事考えんじゃないわよ! もう一回言うわよこっち来んな!!」
「そんな待って下さいタラニス嬢!!」

 ぎゃーぎゃー言いながら逃げ惑うタラニスとそれを追いかけるマクグレーネが玄関から飛び出していったのを見送って、セイは隣の風龍を見降ろして半ば呆然として尋ねた。

「……良いんですか? 追いかけたりしなくて」
「問題無いです。ちゃんとシフト前には戻ってきますから追いかけるだけ無駄です。疲れますし」

 嗚呼、なんて自由奔放な職場なんだろう、とセイが思ったとか思わなかったとか。




「ただいまー」
「ただいま戻りました」

 その日の夜。研修と見学を終えたセイとファイは手土産(主にカステラ)を持って帰ってきた。彼らの主人である由貴も丁度店を閉じて家に帰ってきたところだった。

「あ、二人ともおかえりー。どーよ、初めてのバイト先は」

 にこやかな由貴の問いに、二人は一瞬だけ答えに詰まった。

「……良いところだったよ?」
「はい……大変面白いところでした」
「なんで二人して遠い目してるのー。どうした、何かあったの?」

 訝しげに由貴は眉根を寄せる。その様子に二人は慌てて首を横に振って、明るい表情を取り繕う。

「いいえ、特には何もありません。皆さんとても親切に教えて頂いたので、次も頑張れそうです」
「うん、ホントにいいひと達ばかりだったよ!」

 強いて挙げるとすれば、約一名、物凄いインパクトを残していった残念なイケメン光龍が居ただけである。



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