ふと、気付いたことがある。


11.依存症には気をつけましょう。


「わざわざ祝って頂いて、本当にありがとうございます」
人だかりの中心で、赤い親友は笑ってそう言う。
その隣で幸せそうに笑むのは、黒い少女。
黒ではあるけど、「彼女」では無い。
だって「彼女」はもうこの世にいない。
「…………」
白い子供は小さく身震いをする。
夏だというのに指先が酷く冷たい。
「改めておめでとうございますっ」
指先を眺めていると、突然背後から声がした。
振り向くと、料理の乗ったワゴンを押して、オレンジ色のシェフが現れた所だった。
「心尽くしの祝い膳ですよー。遠慮せずどんどん食べてください」
黒も赤も、紫色の彼女まで驚いている。依頼した訳では無いらしい。
問われてオレンジ色のシェフは、私が用意したかっただけですからー、と答えた。
「お前いつもそればっかりだな」
「誰かが『おいしい』と言って喜んでくれる顔を見るのが私の幸せなのです」
シェフとして立派な言動の様に思えるが、言外に『そして私に懐いてくれたら』という意志を感じる。気のせいだろうか。
主人を胡乱げな眼差しで見る茶色の地龍の目にも、そんな疑いが込められている様に見えた。
だがそんな視線を素知らぬ顔で受け流して、オレンジは参加者に料理を振舞っていく。
その様子は本当に楽しそうで、演技や義理の様にはとても見えなかった。
「さて」
大体料理を配分し終わっただろうか。
皿を持ってない奴がもういないかどうか、周囲を見渡すオレンジ。
そして目に入ったのは、部屋の隅の方にぽつんと佇む白。
満面の笑みを浮かべて寄って行き、はい、と焼き菓子の入った袋を差し出した。
「はしゃぎすぎて疲れちゃいましたか?甘いもの食べて元気出してくださいねー」
「さんくーですよ、しゅーちゃん」
白は早速包みを解くと、プレーンのクッキーを鷲掴みにして口に放り込んだ。
祝い菓子の常として少々甘すぎるくらいに作られたそれは、確かに疲れた身体によく沁みる。
満足げに口をもごもご動かす白。オレンジは満足そうな顔をして去って行った。
入れ替わりにやってくるのは、身内の結婚式ということで綺麗に着飾った灰色の彼女。少し飲まされたのか、頬が桜色に染まっている。それどころか、足取りが覚束ない。
灰はアルコールに弱い。その上に断るのが下手…というか好意を断ることに恐怖心を感じるタイプなので、こういう集まりの時にはよくへろへろになっている。
「ミウク、一枚ちょーらい」
手を差し出してきたので、その手の上にチョコのクッキーを乗せる。
そのまま口に放り込む…ことはない。摘んで端からさくさくと食する灰色。
「あいがとー」
ふわふわした口調と表情でそう言うと、再びふらふら人だかりに突撃していく。
酒が回っているのならもう少し休憩していけばいいのにと思いながら、白はその背中を見送った。
早くも誰かが灰に酒を勧めているのが見える。あれは、結婚式で神父役を勤めた銀色の兎と一緒によく見かける顔だ。
「ささ、リュコラちゃんどーぞどーぞ。めでたい席ですからネ」
「あはは、ありがろごらいますー」
金髪の魔女にボトルを示され、呂律が回っていないのにグラスを出す灰。
とくとくと注がれるのはスパークリングワイン。
しかし灰がそれに唇を付けた瞬間、横から伸びた手がそのグラスを攫う。
胡桃色の髪をした青年(こちらも身内の結婚式の筈なのだが恰好はいつもと変わらない薄汚れた白衣)が、一気にそれを飲み干した。
「いやあ、あんまりめでたいから喉が渇きますねー」
「こーらー、わらしのグラスかえせー」
適当な事を言いつつすたすた何処かへ歩いていく胡桃色。
よたよたとその後を追っていく灰色を、魔女は何故か微笑ましげな目で見守っていた。
その後も、色んな顔触れが白の元を訪れる。
白は笑ってそれに応え、そして見送った。
「ミルク」
最後にやってきたのは、赤。
黒はどうしたと見ると、少し離れた所で感極まったのか泣きだしている。女子集団がそれを囲んで何のかのと世話を焼いていた。
「やほ、メメちゃん」
「えーと、何て言っていいのか解らないけど。色々ありがとな」
言って赤は、白の隣に並ぶ。
隣どうし、視線を合わせずに壁にもたれかかった。
赤は黒を眺めている。回りの雑多な色には目もくれない。
白はただ天井を眺めている。何かを見ている訳では無く、ただ視線のやり場が無かっただけだ。
「ミルクはなーんもしとらんのですよ」
「まあそうなんだけど」
素直だった。
「ミルクはただそこにいただけなのですよ」
「…まあ、それでも、色々心配かけたし」
「こころくばりなんかしてないのですよ」
白はきょるんと大きな瞳を動かした。
小首を傾げると、金色の髪が揺れる。
「ただそこにしずんでじーっと見てただけなのですよ」
「…其処に沈んで?」
「そう、底に沈んで」
「じーっと?」
「じぃーっと」
赤はなんとも言い難い顔をした。
「もしもの話ですけれど」
白は続けて言う。
「ミルクが沈まなかったら、ドーナッツでしたかね」
「…………」
細かいボケを無視して、赤は今度は不快げな顔をした。

白が死ななかったら?
どうなってたかって?
それは、
それは…。
それは?

「生きてたんじゃないの?」
「生きてたでしょうね」
当たり前の話だ。
死んでいなかったなら生きている。

そして、白が死んでいなかったなら。
そしたら、きっと、黒も。

ですから。
そう前置いて、白は言う。
「沈んでたけど、見てたんですよー」
赤が答える前に、白は言う。
「底の方から、じーっと、見てたんです」
黒より出でた白は言う。
黒より黒い白は言う。
誰より白い白は言う。
「今も見てますよ」
其処にいて。
「じーっと」
底にいて。
「じぃーっと」
ただ、見ている。
白は笑って、そう言った。

少しの沈黙を挟んで、赤も笑った。
笑ってから言った。
白の方を見て、言った。
紫色の目を見て、その奥の黒を見て、言った。
赤と黒を向き合わせて、言った。

「知るかよ、そんな事」

それっきり振り向かない。
赤は白の元を去る。
雑多な色を掻き分けて、自分の黒の所に歩いて行った。

「…………」

朱が去り、灰が去り、赤が去り。
全ての色が去った後に残ったのは、白。
「『初恋』」
誰もいない空間に向けて、白は言った。
「って、メメちゃんは言ったですねー」
知る筈も無い事を、口にした。
「トゥーちゃんが初恋だったとメメちゃんはエレちゃんに言ったですね」
誰もいないのに、喋り続ける。
「トゥーちゃんは結局、どうだったんでしょう?」
それを自分で疑問に思っている様子も無い。
「トゥーちゃんは結局、誰にも何も喋りませんでしたね」
ただそうするのが当たり前であるかの様だ。

「…………」

白は黙って胸を押さえた。

「結局つまり」

何処にもいない誰かに向けて、呟いた。

「まだふっきれてもないし納得してもないんですよね、トゥーちゃんは」

「だから見てたんですものね」

「だから其処から底から見てるんですものね」

勿論の事、返事は無い。
勿論の事、白はそれを気にしない。
いつもの様にただ笑った。

「次トゥーちゃんが浮かぶまで、ミルクが浮かんでられるか解りませんけど。
 できれば、トゥーちゃんを迎えるまでに世界が今より穏やかになりますよーに★」

如何にも適当な祈りの言葉を、何も無い空間に吐き出す。
そして、人込みに向けて歩みを進めた。



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