瞼の裏に太陽の光をかんじた気がして、目が覚めた。
開いた目にとびこんできたのは、太陽。
日差しのほうではなく、龍の。
「良い朝ですね咲良さん」
爽やかに、朗らかに。笑う彼の背後に、明らかに壊れた窓。
とりあえず投げた。背負って投げた。
―――それが、今朝の出来事である。
11.依存症には気をつけましょう。
「いやはや。久々の愛の営みは腰に来ますね」
「愛でやってるんじゃないからな。怒ってるからな」
愛で投げ飛ばさないし、早々窓を壊されてはたまらない。金銭的には余裕があるが、だからといって。
―――…大体、不法侵入は駄目だろう。
家が壊れて駄目というより、自分自身の心臓のために。
思いながら、彼から少し離れて歩く咲良。
彼女の少し先を行く、ところどころが妙に汚れた白い白衣はふわふわと風に泳いで、陽の光を吸った地面のぬくもりが、足の裏から伝わって。実に気持ちのいい天気だと思う。出かける―――デート日和かもしれない。
「なあ、太陽」
「なんですか、マイハニー」
「…どこにいくの?」
「よくぞきいてくれました。マイチョコレート。ピリオドの向こうを探しに行くのです」
笑顔で明後日の方向を指さす恋人に、咲良も可愛らしい笑顔を見せる。
しかしそれは、一瞬の幻。
「帰ってもいいか」
じとめになったかと思うと背中を向ける咲良に、太陽は「ああ!」と声を上げる。
「怒らないでください! マイ飴ちゃん!」
「そこはキャンディにするか諦めるかしろよ!」
つかつかつか。離れていた距離を詰めて、つっこむ咲良。
咲良に向き直っていた太陽は、ひとしきり声をあげて笑う。その後、割れた眼鏡がきらりと光る。
笑声を収めてなおにんまりと弧を描いた唇から洩れるのは、悪戯をたくらむような声。
「ピリオドの向こうはメフィストの十八番ですからね。私がマネをしたら芸がないでしょう。もっとこう、よいところです」
「ふぅん」
「イイとこです」
「へぇ」
明らかに気のない返事を続けられ、太陽は大仰に肩を落とす。落として、俯いて。がばりと顔を上げた。
「疑っていますね、マイ…ギモーヴ」
マイ+甘いものシリーズは諦めていなかったらしい。咲良と付き合いを始めて、彼は少しお菓子の語彙が増えたのかもしれなかった。
「不詳この太陽、貴女をがっかりさせることはないと宣言しましょう。そう、愛ゆえに!」
真っ直ぐに言われると、それはそれでてれた。
今度は殴るわけにもいかない咲良は、ただ足を速めた。
―――そうして、二人がたどり着いたのは。
朝の町を少しだけ離れた、小高い丘。
本当に少ししか離れていないのに、気付かないでいたことが勿体ないくらい、綺麗な丘。翼を持たない地龍の足でもすぐに上りきるようなそこに登れば、広がっているのは―――
「見事でしょう」
「…うん」
夕日の色に染められた、彼らの暮らす町。
見慣れたはずの町並は、見慣れぬ視点と角度とで、まるで見知らぬ町のよう。
それぞれの色に染まった光景は、美しい。
美しいとしか言えないことが―――うまく言い表せないのがもどかしいと思うくらい。
「ここ、太陽が見つけたのか?」
「いえ、これは人に教わったベストスポットなのです」
素直に目を輝かせて尋ねる咲良に答える彼は、得意げに自分の顎に手を添える。
「これは私が町を歩いていて―――」
そこまで言って、太陽はなぜか大きく息をすった。
「出会ったナイスガイ☆カッコ地龍、婚活中カッコ閉じのイトコの妹の友達のお嫁さんの隣の家に住んでいた鍛冶屋のお得意様の息子の親友が見つけたと言う、美しい夕焼けを見れるお勧めスポットです」
「遠いよ!」
不自然な間の理由が分かった。
長い長い口上の後、即座につっこむ咲良。
感動を横に置いておいた、実に小気味のいいつっこみだった。
軽く叩かれた胸のあたりに手を添えて、太陽は恋人に向き直る。
「彼から話を聞き、貴女と見たいと思いました」
「……」
「あなたと来たいと思いました」
くすぐったい響きに、咲良は唇を閉じる。言おうとした言葉が、胸の熱で溶ける。
黄昏―――誰そ彼と呼ばれる時刻の中、夕日を背負って、その顔は見えにくい。しかし、きっと、笑っているのだろう。
少し頬が染まっているように見えるのが、夕日のせいなのか、彼の熱なのかは、分からないけど。
「…お前は」
「HAHAHA」
「お前はやることなすこと唐突だよ…」
うんざりとしたようなに言いながら、少女はほんのりと笑う。
「……でも、嬉しい」
嬉しいから、素直に伝えておいた。
「いやいや。素直に褒められると照れますな。…」
言ったきり、多弁な彼は黙りこむ。その沈黙こそが照れを表しているようで、咲良は笑う。つられるように太陽も笑って、辺りに広がるのはあたたかな空気。
ここがもし彼らの主が入り浸る例のカフェだったとしたら、むずがゆいと評される暖かさの中、咲良は思う。
なにも考えていないようで、絶えずなにかを考えていて。
理解などできないようでいて、実は歩み寄ってもいて。少なくとも自分に対しては、歩み寄ってくれていたから――――
「おまえといると、いつもこうなんだよな。
わけわからないのに、気付くと…、…」
彼女は続きを紡がない。
けれど、夕日がうつったようにほの赤く染まった頬は、言葉より雄弁だった。思いもよらぬ言葉を言ってしまったとでもいうように泳ぐ視線も、雄弁だった。
太陽は笑う。声を出さずに、穏やかに。
穏やかに笑いながら、馬鹿なことを言って。そうすれば、いつもの空気が戻ってくるのだろう。…しかし。
「……はまりましたか?」
「……かもな」
しかし、からかうように、なだめるように。どこか照れたような言葉を紡げば、返ってくるのも照れ臭そうな声。
どちらかともなく伸ばした手の平は、そっと繋ぎあわされて。伝わる熱がここちよくて、動くことも忘れそうになるけれど。今はまだ、きっと。その時ではないから。
私とあなた、今はまだ。歩幅合わせて、歩きましょう。