「べ、ベム。お前、またひでえ顔になってるぞ…」
「…ああ…」

「ベム」
色々あって距離が縮まったはずの想い人に、彼はそう呼びとめられた。
緋那に呼ばれて拒否をするベムは、もうなんか不死の病に冒されていそうだよね。主にそうとまで評される彼は、当然とてとてと彼女に歩みよった。
「なに?」
「これ、食べないか。あまったんだよ」
そういって緋那が差し出したのは、クリームでかざられたプリン。
あまそうで美味しそうな、黄色い魅惑の一品。
お皿の上でプルプル震えて、スプーンがそえられて。さあ食べてといいたげなプリン。
「珍しいね、こんなものが余るの」
甘いものが大好きな某風龍や某主がまっさきに食べつくしそうだというのに。
その声が聞こえたように、緋那は口を開く。
「風矢が今日は帰らないと連絡あったからな。残しておいてもいいけど、今冷蔵庫がこんでる。お前が食べてしまってくれないか」
「うん。喜んで」
頷いて、口に放る。
途端に広がる優しい甘さ。それ以上に甘いのは、彼女が作ったものだという事実。
けれどそれを口にすると困らせるということを学んだベムは、黙ってかみしめて、飲み込む。
「…でも、いいの? かなた、騒ぐでしょ」
「いいんじゃないか。一個食べたし…」
不自然に切れた言葉の後に、こほんと咳払い。
泳いでいた目線をしっかりとベムに向けて、緋那は呟く。
「…そのお前が喜ぶかと思って」
「………うん」
それはとても嬉しい。
嬉しくて死にそうだ。
っていうか明日死ぬんだろうか。
いやまだ死ねない。心残り色々ありすぎ。
「まあかなたにやってもよかったけどな。それより先にお前がいるのみえたからだけどな。早く片付けたかったからだけどな」
少し早口な言葉は、片付けたかった『だけ』ではないこと雄弁に語る。
それでも、それを追求することなくベムは笑う。
ぱあ、と明るく。それはもう幸せそうに。
表裏がない、あけすけな表情。透けて見える感情に、緋那はぷいと顔を逸らす。
このくらいで大げさな。
心に浮かんだそれを口にしないのは、返ってくる答えが分かりきっているから。
そのくらいじゃないよ。大事なことだよ。
真顔でそんなことをいう彼が、想像できるから。
だから気まずい気持ちで視線をさまよわせて―――プリンをぱくつくベムの頬にくっついたものに気付く。
「あ、ベム」
「ん?」
口にあるものを飲みながら、首をかしげるベム。
なに、と問いかけられるより早く、緋那の指が動く。
彼の口元についたクリームをぬぐう。
だらしないといいたげな表情でそうして、ごく自然な動作で拭ったクリームを自分の口元にはこんだ。

「こんなもんつけてそのままでいるな。まったく、そんなところがかなたに似ちゃ駄目だろう」
「…………」
なにやら呆れたような声も、彼の耳には届かない。
かなたに、とでてくるってことはいつもこういうことされているのか。僕の最大の敵はもしかして主なのか。
いつもなら出てくるようなそんな思考が浮かぶことすら、ない。
「……緋那」
「なに?」
「…………いやなんでもないです」
とりあえず抱きしめてもいいですか。
浮かんだ言葉を、口にできなかった理由はひとつ。
口にだせばがっかりするような答えが帰ってくるとしか思えなかったからである。
そんな自分に、彼は少しへこんだ。
それでもそんな彼女が、とても好きだと思った。
「それで……、そんな死んだ目に…?」
「嬉しいけどね。でもまだ『付き合ってない』らしいからね……」
「えぐいな…」
「えぐくても好きなんだ…」
大好きだよ…
力なく繰り返される言葉に、メーは憐れみのちらつく眼差しを向ける。小さくつぶやく。
「…その、手、だしたら……?」
「奇蹟的なまでのへたれにまでそれを言われるなんてますますへこむ…」
「な、お前最近ちょっと風矢に似た!」
一転してきゃんきゃんとわめくメーに、ベムは何も言い返さない。
ただ遠い眼差しで、そっと天井なんかを眺めている。
彼女の指が触れた場所が、まだむごく熱を持っているような気もした。