「大宇宙の意思です」
「…今度はなんですか」
 ある日、友人と歩いていたら、そんなことを言われた。
 唐突に、脈略なく。しかしまあ、この光龍にはよくあることだ。
「『次の曲がり角で出会ったモノを大事にしよう』」
「…なんか、わらでも拾ってアブ捕まえで最後は金銀財宝ゲットできそーなお告げですね」
「よいことがあるとは告げられておりません。しかし曲がり角が見えてきました」
 なら真っ直ぐに歩いていって曲がり角のことは無視しましょう。
 …思い浮かばんでも無かったのだけど、やめた。
 惚れた弱みは恐ろしい。まったくもって、おそろしい。
 このおかしな友人に、どうやら惚れてしまっていることが本当に恐ろしい。
 かこかこと曲がり角を曲がる彼女に、そっと息をついた。


「…なにも、ないですね」
「今のところは」
「そもそも出会うって何ですか。龍ですか人ですか。他の動物? それともモノ?」
「そこまでは告げられておりません。でも」
 珍しく何かを言い淀んだ彼女に、無言で首をかしげる。
 満ちるのは、実に微妙な沈黙。
 …最後までいってくれないと、気になる。
「でも、なんです?」
「…風矢さんは大宇宙の意思のことを色々と聞いてくださるのですね」
 …ああ、だから。そんな驚いたような顔をするのか。
「……私が聞いているのは、友人の言うことですよ。うんちゃらの意思はどうだっていーんです」
 とくんと胸が騒ぐのは、そんな顔をさせたくないせいなのか。もしくは可愛いとか思ってしまっているのか。
 どちらにしろ気まずくて、少し目をそらす。
「…まあ、とりあえず歩きましょう。そのうちなにかあるかもしれない」
 言うだけ言って、答えをまたずに歩きだす。
 しかし、続く音はない。
「小町さん?」
 なにかあったのだろうか。
 思い振り向いて、僕が見たのは。
 10歳前後と思わしき子供が、彼女の袴の袖を握っている光景だった。



「遊び相手を探しているの」
「一緒に遊んでくれる人を探してるの」

 人懐っこい笑顔で、そんなことをいった子供は、今、小町さんと川で遊んでいる。
 遊んでいるというより、川の脇を歩いている。笑顔で。
 …子供、ですよね?
 それを手近い切り株に腰かけて眺める僕は、声に出さずに呟く。
 …なんか、…なんか、嫌な感覚が、するんだけど。
 あれが次の角で出会うものだったんだろうか。ぱちゃぱちゃと川の中を歩き、そこにいる生物を解説しているらしい小町さんはそれを『大事に』してる。
 そうですかならば共にいきましょう。そんな風にさそって、ここに来た。
 抑揚のない台詞も、淡々とした顔も、最近は見慣れてきたもの。
 それなのに、あの時妙に胸が騒いだのは、決して恋ではない。
 そんな甘いものでなく、冷たい。
 ぱちゃぱちゃ。
 彼女が水の中を歩む音だけに、妙に安心する。
 だからじっと見つめる。
 絶えず聞える彼女の口上。それに笑う子供の声。
 …それなのに、どうして。
 ……少しかすんで、みえる?
「小町さん!」
 立ちあがって叫ぶ。
 気付いたら、そうしていた。


『コマチ。次の曲がり角で出会ったモノを大事にしよう。そうすれば君は害は加えられない』

 光龍の少女にはそんな声が聞こえた。
 だから、大事な友人のように、共に歩いてみた。
「遊んではくれないの?」
「こうして遊ぶことはできます」
 光龍の隣で、歩む子供は問いかける。
「ここだけ? 歩くだけ? ずっとじゃないの? 許してくれたんじゃ、ないの? あなたも許してくれないの?」
「私にはあなたのどこを許せばいいのか判断がつきませんので」
 パシャパシャと、水音に足音をまぎらせて。
「あは」
 あるいは足音のないままに、子供は歩く。
「じゃあ、ちょうだい。かわりに――――「小町さん!」
 何事かを言いかけた子供の声を遮り、青年の声が響く。
 乱暴に川の中を走って、そのまま光龍の腕をとる。
「…ずっとそんなんしてたら。…体、冷やします」
 青い顔をした風龍は、そう言って光龍の手を強く握る。
 ここにいることを確かめるように、強く。
「…あなた、も」
 まるで光龍を背にかばうようにして、風龍は子供に笑いかける。
 ぎこちなく、それでもはっきりと。
「お家の方が心配しますよ。…帰らないと」
 お家に帰る。よい子に、帰る。
 そうして待っていたら許してくれるのかしら?
 子供は笑って、コクリと頷く。
 とりあえずこの少女は遊んでくれたから。
 今は、ぱたぱたと手をふった。


 …よくわからない子供は、あははと笑いながら帰路についた。
 …帰路に、ついた、のか?
 川の向こうに消えていった子供は、そもそもどこの子供だったのか。
 それを追求するのも嫌で、ただ彼女を横目で見る。
 かこかこと歩く僕の友人。よくわからないものの声を聞く変な光龍。
「…あれは、大事にするべきものだったんですか」
 そもそもなんだったんだ、と問いかけることはしない。
 なんだか、聞きたくない。
「分かりません」
「え?」
 てっきり、そうだから遊んでいるとばかり。
 じゃあなぜ―――。
「風矢さん」
 なぜ、というよりはやく。かこん、と彼女が立ち止まる。
「彼女が大宇宙の意思の言葉の対象だったのかは分かりません。それでも私最近は思うのです。遊ぶ相手がいないということは寂しいことです」
 こちらを見てくる目に、言葉を失う。
 ……ああ、そうか。
 だから、…怖かったのか。
「…帰りましょう、小町さん」
 よくわからないものに同情して、つれていかれてしまいそうで。

 ……どこに?

 浮かんだ疑問を追求せずに、黙って彼女の手を握る。
 …仲良しの、友達なら。
 この程度は、いいんじゃないだろうか。うん。

 握りしめた手は、温かい。
 温かいことに、照れくさいより、ただほっとした。




 あの後―――
「なあ、風矢…」
「…なんですか、微妙な顔して」
 家に帰って、夕飯をすませて。ぼんやりとしていると、なんか変な顔をさらされた。
 …普通に答えたのに、メーはどこかぎくしゃくと視線をさまよわせる。
「…いや。…お前と水鳥の…あ、いや小町。ともかくお前と小町がさ、…子連れの親子のように歩いてた、っていうありえない噂きいてな…?」
 …………。
 …………。…………。
 ……………………は?


「僕ら龍にんなことできるわけないでしょうが! いやそもそも私と彼女はそういう関係じゃない!」
「まだ?」
「そうまだ……ってなんだよまだって! ベムまで何を言うんですか!」
「そうだよなありえねえよな! お前幽霊になっちまうもんな!?」
「当たり前のことを聞かないでくださいよ、この馬鹿!」

 …しかし、幽霊か。
 ……世の中には、そういうものもいたっけ。

 それ以上のことを考えずに、そっと目を閉じる。
 思い浮かんだのは、今日の光景。同時に浮かぶ『遊ぶ相手がいないということは寂しいことです』
 …僕は一緒に遊びますよ。あなたとなら。あなたなら、いつだって。
 いつか伝えたい言葉を、そっと胸の中だけで呟いた。



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