雨がふると、たまに思いだす。
急に雨に降られて、周りは傘を共有しあって帰っていくのに。自分は1人でぼんやりそれを眺めていた頃の話。
みじめな思いをしたくないなら常に持ち歩けばよいものを、私はその頃からツメが甘い。
雨が降ると思いだす。
空しくなって濡れながら帰ったあの日、そういえば目から流れたものはなんだっけ。
…まぁ、そんなものは今、どうでもよくて。
これは、急に低くなった気温と降り出した雨とが肌寒い、ある日の話。
流した涙は雨に紛れてしまって
今日も今日とて例のカフェに足を運ぶ。そこにいた先客は、紫髪の見知った顔。羽堂さんだ。
「こんばんはー」
「こんばんはーかなたさん」
ぴるぴるとよくわからない効果音を出して振られた手に、私も振り返す。
…どっから出る音とか聞いてはいけない。朝町くりおりてぃというやつなのだ、たぶん。
思いつつ傘を畳んで、それでも僅かに濡れた髪に溜息をつく。…さぶい。専門用語でひゃっこいというやつ。分からない人はぐぐ、…なんか今変な電波が来たなあ。
「もーいきなり寒くなって嫌ですねえ。雨もいきなりですし」
「確かにいきなりでしたね」
言いつつ、椅子に腰かけてみる。
そうして、あったかい飲み物と共に、しばらくどうでもいい話をする。
どうでもいい話をする相手がいるのはいいことだ。それがいい人ならなおさらいいという奴だ。
ということで、どうでもいい話は徒然と続いて、いつのまにか最初の話題に戻った。
「冷え症には辛い時期になります…むしろ今辛い…」
「今もですか」
「はいー」
手をひらひら振りながら答えると、はしっと掴まれた。…いやん?とでも言うべきだろうか。でもあったかくて気持ちいい…、とはならなかった。
「…羽堂さんも冷たくないですか」
「なにかつけていればいいのでしょうけど、ちょっと手袋苦手なんですよね」
「…なのですかー」
私は愛してるけどなあ。
ぺたと触れたままの手は、やっぱり冷たい。…むう。私も冷たいはずなのに、彼女もわりと相当だ。
「むう。…でもあっためないと悪いですよ、色々と」
具体的にどう悪いのかは知らないけど、色々。色々。
…そういえば女の人は赤ちゃん産むから身体冷やしちゃだめとか言うなあ、男の人も冷やしちゃだめだと思うけどなあ。どうでもいい話だけどなあ。…そうか、男の人か。
ふと思いだす、今の状況。
触れ合う手と手。無駄に見つめあう2対の瞳。そしてまだ触れてる手。
「…イソレナさんに怒られる…」
「大丈夫ですよ。イソレナさんは女の子同士のきゃっきゃうふふにはわりと寛大ですよ、たぶん」
「たぶん、なんですか…」
「そんなに怯えなくとも。怪我したりすることにはなりませんよ、たぶん」
「たぶん、なんですか………」
いや、やましくないからいいけどさ。
それにからかういうより楽しまれてるだけだろうからいいけどさ。
ああ、でも――――いいというより、…まぁ、人とくっついてると気持ちがあったかいよね、という。
―――雨が降ると思いだす。
いつか、1人で歩いていた頃。
流した雨は雨にいつしか雨に紛れて。
冷えていく体温だけがリアルで。
だから余計に悲しくて、涙は止まらなくて――――
遠くなった今も、少しだけ心に影を差す。
だから今は、もう少しだけ。
目の前の誰かの熱に、安堵していたかった。
―――その頃、ドラカフェの入り口で。
「…なにアップはじめてるの」
「ははは、いや別にセクハラ以上のことにならなければいーんですけどね?」
「セクハラ以上のことって…」
何考えてるのよ。
じとめで呟く紫髪の闇竜に、青いバンダナをまいた青年が肩慣らししつつ笑っていないとかいないとか。