あなたは自分が優しい事を分かっていない
無論あなたはそれを出していない
本当に損な性格
いつもいつも自分の心が
もう無理だと涙している事に気付いてない
本当に遠回りで
腹が立つぐらいに可哀想な人


08. 水たまりに映った、君の泣き顔。


「はぁ」
それはいつものお茶会。
さめざめと降る雨はこんな日に誰かが来るとは思えない。
無論外に出れない程ではない。
季節柄暑い日が続くから涼しさを感じるには丁度良い。また、涼しい雨によって風流を感じると言えば感じる。
そんな天気。
でも、そんな日に他の家にまでわざわざ足を運ぶ事は中々少ない。
それも晴れた日はほとんどいつもやってきている…そんな存在なら、来る確立なんてモノは本当に少ないだろう。

でもそれが分かっていていて…

「こうしていつも通りお茶の準備をしているのはまあ、あの子の行動パターンを何だかんだでよく知っているからでしょうねぇ」

遠くに映る黒い影。
それを見て、自分の勘は正しかったという事を思い知る。


いつもと同じテーブル。
雨に濡れた薔薇たちは静かに甘く匂いがついた滴を落とす。
それに合わせて、いつもは日傘の役目を果たすパラソルも今日は雨傘。
明るい空を遮り、色を輝かせる日傘でなく、灰色で暗い空を隠す穏やかなブルー。
そして、普段は使われないランプには炎が一つ。
淹れたお茶はこの時期に合わせた冷たいハーブティ。
すっきりとした甘さのクッキーがそのお伴に付く。

だが、今日ばかりはこの二つは失敗だったかも知れない。
これだけ冷たい雨に濡れ、冷えた身体にはきっと暖かいグリーンティと甘い餡が詰まった御饅頭でも用意しておけば良かった。
そんな事を考えつつ、私は脇に置いていた傘をそっと手に取る。

こんなお節介なのが自分だとは思わない。
濡れるのも構わないし、風邪を引くのもかってだ。
関係ないし、別にどうでも良い。
挙げ句の果てに、自分が濡れるなんて言うのも嫌だ。
せっかく整えた格好、場所を壊されるのも嫌だ。
でも…ああそうだ。
自分が行くべき場所も分からず、自分が向かう場所すら見失って迷子になって泣いている。


そんな黒い子犬を見て…偶に撫でたくなってしまうのは時にはあるだろう。


「何をしているんですか」
「ふぇ?」
68番地の裏庭へと続く道。
()の方を見ず、家の方を見ていた彼女はその時ようやく私の方に目線を合わせる。
125番地、リーヴァと名付けられた闇竜の彼女が、最近では私のお茶会での相手だ。
「あっ……火乃香さん……」
妖艶…そんな単語が似合うだろう。
此処まで傘も差さずにやってきたのかその髪は濡れて肌に張り付いている。
しっかりしているようで分からない彼女はそっと私の方を見て微笑んだ。
「ごめんなさい、ちょっと遅れてしまって……」
「それについてはまた、ちゃんと追求しますけど…」

「いつまで、そこで泣いてるつもりですか?」

姿を確認したのはいつもの通りだ。
傘を差してなかったのは少し疑問だった。
だが、家の中を見た後に動かなくなったのは完全に予定外だった。
彼女の視線の先にいるのは一人。

彼女が思いを寄せる…それでも素直にそれを表現出来ない相手。
彼女がこのお茶会に毎日顔を出す……本当の理由。

本を読んでいるうちに眠気に誘われたのか今はソファーの上でウトウトしている。
そんな彼の姿をずっと眺める彼女。だが、その表情は……

「えっ?火乃香さん…私、泣いてなんていませんよ?雨の滴と見間違いですか?」

雨に濡れてこちらを見上げる表情は…どう贔屓目に見ても泣き顔だった。
その顔に気付いていないかのように笑う彼女を見て…殻にもなくカッとなった。
首を掴み、地面を見させる。
そこにあるのはたった一つの水たまり。
なんて事無い水たまりは、室内からの光で鏡のように世界を写していた。
跳ねる水鏡に映る二つのカゲ。

歪みに映るその顔はどう見ても一つは怒り、そして一つは涙だった。

「あ、れ?」
彼女の呟く声が聞こえる。
言ってしまいたい。
『そんなに悲しむくらいなら言ってしまいなさい』と
『そんな泣き方をするぐらいならばさっさと終わらせなさい』と
『こんな所で立ち止まっているのではなく当たっていきなさい』と
でも、それは出来ない。
何はどうあれこれは彼女が決めた事。
不安と苦しみは自由があるから。
存在が存在として個としてあるのは自由があるから。
だから…彼女がどう苦しもうとその一言、その背中は押してはいけない。
例え、その結果がどのようなモノになろうと、どんな未来が待っていたとしても。

私はその一言を与えない。

だけど……
その代わりに場所をあげよう。
そっと涙を流せる場所を、そっと不安を表せる場所を、そっと楽しくお茶を飲み話せる場所を…
だから……

「ちゃんと、泣いてしまいなさい」

辛く押しとどめた顔をしてないで、素直に私に付き合いなさい。
種族柄、水とは相性が悪いんです。イライラ私にさせないで。
せめて、()と相性の良い、馬鹿みたいな晴天を見せなさい。

声は雨に消えるだろう。
涙も雨と流れるだろう。
その子が泣いたのを知るのは、私と水たまりの鏡と空の雲だけ。
空の雲は直に消え忘れるだろう、水たまりの鏡もそのうち乾くだろう。
後に残るのは私の記憶。

水たまりに映るその泣き顔を見つつ。
その雨が何時か晴天になれるように、そっと祈って仕舞った。



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