川辺で待ち合わせしたのがいけなかったのだろうか。
「わっ」
「だっ」
ばっしゃーん!
走って此方に来たアプさんが転んで突進してきたのを受け止めそこねて二人もろとも川に落ちた。


07.髪はまだ濡れている


川は幸い浅く、流れも緩やかで溺れる心配などはなかったが、鼻に水入った。背中も強めに打った。それなりに痛い。
とにかく水から顔を出すことを優先しなくては。驚きで硬直しているアプさんを右腕で抱き寄せ、腹筋と左腕を使って起き上がる。それでけで水面から顔を出すことは可能だった。
「ごほっ……大丈夫ですか、アプさん」
腕の中でげほげほ言っているアプさんの背中をさする。
「げほ……鼻、痛…ごほごほ……」
どうやらアプさんも鼻に水が入ったらしい。げほげほと噎せながら涙目になっている。
とりあえず岸に上がった方が良いだろう。噎せこんでいるアプさんを抱き上げて立ち上がり岸へと移動する。
「立てますか?」
「……なん、とか」
ごほごほ、とせき込み続けるアプさんを支え、背をさする。次第に落ちつく呼吸にホッとする。
少しして咳が止まったアプさんが顔を上げた。
「ごめん、テル君」
「いえ、僕の方こそ済みません。怪我は無かったですか?」
アプさんの頬にはりついた髪を払いながらそう聞けば、アプさんは首を横に振り「大丈夫」と笑ってくれた。
念のためちらりと服から出ている部分に目を走らせれば、これと言って血が出ているとかは無いようだった。
怪我はないようだけれど、今の状態は正直あまり良くないという事実に気がついた。いや良くないと言うか正直良いのだけれど困ると言うかなんと言うか。
根性で視線をアプさんの顔で固定し、安心させるために笑みを浮かべる。
「ならよかった。
 それじゃあ服乾かしましょうか。アプさん風お願いしますか。温度管理僕がやりますから」
「弱めで良い?」
「はい。タイミングはお任せします」
「それじゃあ行くよ? せーのっ」
風が動く瞬間、周囲の精霊に干渉して自分達近辺の温度を上げる。火傷させないように注意しつつ、丁寧に服を乾かす。
今日はまだ暖かく比較的薄着だったのは助かった。
いやまあ薄着だったのは助かった半面若干困ってしまた部分もあったが仕方がないと言うか役得と言うか以下略。
自分以外居なくてよかったと思う時点でとても自分の心は狭いと思うが、なるべく表に出さない努力はしているのだから許してもらいたい。
暫くして服は無事乾いた。べたりとはりつく感触が無くなって身動き楽になる。
髪も自分のはほぼ乾いた。こういう時短い髪は楽だと思う。
だが、自分より少し長いアプさんの髪はまだ湿っていた。
「あ、まだ髪の毛濡れてますね。風邪ひくといけないので乾かしてしまいましょう。
 後ろ向いてください」
「大丈夫だよ、放っておけば乾くし」
「駄目です。それに、生乾きが一番痛みやすいんですから」
ね、と駄目押すとしぶしぶアプさんは後ろを向いてくれた。
「……別にそんなに気を使わなくて良いのに」
「好きでやっているんですから、アプさんも気にしないでください」
アプさんの柔らかい髪を丁寧に手で梳く。しっとりしていた感触が次第にさらさらとした感触に変わるのが楽しい。
「アプさんの髪の毛の先からつま先まで全部大切にしたくてやっているんですから」
ぶわ、と急に風が強くなった、というか乱れた。不意打ちだったのでちょっとびっくりする。
「わぷっ」
「ご、ごめんっ!」
「いえ、大丈夫ですけど。急にどうしたんですか?」
一旦温度を上げるのを止め、アプさんの顔を覗き込む。
アプさんの顔どころか耳も首も真っ赤になっていた。
「だ、大丈夫ですか? 済みません、もしかして温度高かったですか?」
「いや、そうじゃなくて……いや、テル君のせいではあるんだけど……」
炎龍である自分と風龍であるアプさんでは体感温度に差があったのではないかと思い聞くが、どうやら違うらしい。
ごにょごにょと何か口の中で言ったかと思うと、うーうー、と唸りだす。
風が強くなったのも真っ赤なのも温度のせいではないけれど、僕のせいではあるらしい。
「僕、何か怒らせるようなこと言ってしまいましたか?」
そう聞くと、ぶんぶん、と首が横に振られる。どうやら怒ってはいないらしい。
「テル君のどんかん」
そう言ってアプさんは横を向いてしまった。多分拗ねているのだと思うのだが、原因が思いつかない。
とりあえずアプさんが動揺する直前の事を思い出す。髪を乾かしてい…………………
かあ、と顔に血が上る。自分の言った言葉を正確に把握して今更恥ずかしくなる。
成程確かに動揺する。そしてその後の自分の発言で拗ねても仕方がないと思う。
「……アプさん」
呼びかけるが反応はない。そっと髪に触れるとぴくり、と肩が反応した。
拒否されてはいないようなので、そのまま後ろから抱き締める。
「本心、ですよ?」
「……知ってる、けど」
しんぞうがもたない、と小さな小さな声での可愛らしい抗議が返ってくる。
「僕も我に返った瞬間かなり照れます」
そう返すと、アプさんは此方を肩越しに振りかえり……小さく吹き出した。
自分の顔が真っ赤な自覚はある。だって今耳まで熱いのだ。赤くないはずがない。
そのままアプさんが声を立てて笑いだす。
「そんなに笑わないで貰えると嬉しいんですけど」
「だって……テル君、真っ赤……」
暫くはなんとか堪えるように肩をふるわせていたが、堪え切れなくなったのか声を立ててまた笑いだす。
「アプさんが照れるからこっちまで恥ずかしくなってきたんです」
ぼやくように言うと、もう一度「どんかん」と言われた。否定したい気持にもなったがあえて黙る。
暫く待っていたが、よほどツボに嵌ったのかアプさんは笑いやまない。
「もう、いい加減笑いをおさめてください」
ぎゅう、と深く強めに抱きしめると「苦しい〜」と言いながらぺんぺんと僕の腕を叩く。
腕を緩めるとするりと腕の中から抜け出す。
数歩離れたアプさんの手をとると、嬉しそうに握り返してくれた。
「今日はどこに行く?」
「そうですね、この先に綺麗な花畑見つけたんで、そちらに行きませんか?」
「うん!」
そのままアプさんの脇に並んで歩きだす。川辺の石に足を取られないように、また川に落ちたりしないようにゆっくりと。
川は何事もなかったようにきらきらと日の光を反射して輝いていた。


おわり



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