某月某日、雨の厳しい日。
恋人が尋ねて来た。
それはいい。別にいい。すごく嬉しい。
しかし。
「睨むなよ、んなに…」
「…睨んでませんよ」
それが憎いあん畜生と相合い傘で来たとなれば、話は別だ。
雨音が響く。
ざぁざぁと響く音に、胸が抉れる気がした。

雨粒に抉られた、僕の心

 そんなこんなで、今自室には恋人がいる。昨日彼女と別れた時、僕がハンカチを忘れていたらしい。どっかに落としたのかと思っていたのだが、そうか、彼女のところだったのか。それを届けてくれていた途中、気まぐれな天気が崩れ、立ち往生。…で、ふらふらしてたメーに拾われたと。で、相合い傘だと。
 ほかほかとした紅茶を出しつつも、もやついた心地は晴れない。
 …いや。
 いやいや、気にしてませんよ?
 小町さんが濡れたら大変ですし。
 むしろ感謝すべきですよね?いくらメーでも。
 しかし、でも。だからといって。
 …この釈然としない気持ちは後で奴にぶつけておこう、主に違う理由をつけて。
「風矢さん」
「はい?」
 呼ばれ、鬱々とした気持ちが引き上げられる。
 それでも、首を傾げられた。
「眉間にシワがよっています」
 気遣わしげな声に、素直に答えることなどできない。
 …格好悪いじゃないか、だって。
「……まぁそれはさておき」
 代わりに出た言葉も、わりと恰好わるかった。
「さておいてよろしいのですか?」
「いいです」
「ですが私は気になります。心配ですから」
 告げる声は至って大真面目。
 …あぁ…、すごく、困ったことだ。この顔に僕は弱い。色々したくなる。できる限りのことを、したくなる。
「…あの馬鹿はデリカシーないので君に馬鹿なことでも言ってないか心配立ったんですよ」
 顔を逸らしつつ、呟く。とりあえずウソではない。
 すると、彼女はころころ笑った。
「そんなことはありません」
「ならいいんですけどね」
 色んな意味で。
 胸のうちだけで呟いて、彼女の言葉を待つ。
「両親のお話を聞かせていただきました」
 ---あぁ、そういえば。
 かつて、数日だけ家に滞在した彼女のマスターと龍がいた。なんだか保護者と野生動物っぽかった龍は、彼女の両親だ。
 なら…それは…僕にはできない話だ。興味がなかったし、メーにからんでたし。小さいほうが。
 だからこそ、少しだけ胸が軋む。
 …なんでこう、あいつはつくづく僕にできないことをやるんだ。
「それと、風矢さんのお話を」
「僕の?」
 思わず間の抜けた声が漏れる。
 それこそ余計なこと言ってないだろうかな、あの馬鹿。
 再び寄ってしまう眉。
 けれど、彼女は笑顔のままだ。
「『きっと拗ねた顔してるだろーから、心配しないように言え』とおしゃってました」
 意外な言葉に、一瞬、声を失う。あんなんに心配されるほどわかりやすいのか、僕。あの地雷を踏むのが趣味な光龍に?
 …しばしショックを受け、思い出した言葉は。
「…メーのくせに生意気な」
 つーかいつもの鈍さフェイクじゃねぇだろうな、あの野郎。それは止めようと思っていたが、磨智さんに言ってしまおうか、今日のこと。
 思わず唸っていると、小町さんが言った。
「仲がよろしいのですね」
 …ちょっと待て、なんだそのほほえましげな顔は。
 思い切りつっこみたい気持ちを押さえて、少しだけ意地を張ってみた。
「…僕が一番仲いいのは君ですよ」

 雨音は変わらず響き、実に涼しげ。
 けれど上がりに上がった体温は、しばらく下がりそうになかった。



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