04. 握り締めた手は冷たいままで。


その日は急に秋が深まった日だった。
いつものように真夜に連れられてカフェに来た時の事。
「冷たっ」
不意に首に付けられた冷たいものに驚く。
「アランの首あったかーい」
振り返ればエル姉が人の首に手をつけて満足そうに笑っていた。
「そんな恰好しているから冷えるんだろう」
「分かってないわねアラン。おしゃれとは根性でするものよ」
「それで風邪をひいたら元も子もないと思うが」
首からエル姉の手を外して握ってみる。先程俺の首で暖をとったのにも関わらずまだ冷たい。
「本当に冷たいな」
「アランの背中に手を突っ込めば治いたたたっ!」
調子に乗るエル姉の左手の中心部分をぐりっと強く押す。とたんに上がる悲鳴。
「ここは冷え性のツボ。血行不良だなエル姉」
上がった悲鳴に溜飲を下げて冷たい手を握り直す。此方の手の温度がどんどん下がっていくような感覚がした。
「とりあえず生姜湯でも飲むか?
 暖かい物を腹に入れると少しはましだろう」
「えー温まるならお酒がいい」
「下戸が何を言う」
「アランが私と体交換してくれば万事OK!」
「成功したら羽堂さんとイソレナさんが泣くぞそれ」
「いーじゃないアラン。私と合体しない?」
「誤解される表現はやめろ」
流石に初回の時は驚いたが今はもう慣れた。そっけなく言った(はずの)俺の言葉にきゃらきゃらと笑うエル姉。
「良いじゃない。おーさーけー」
子供の様な無邪気な駄々にため息が出そうになる。
「……卵酒で我慢してくれ」
「さっきの生姜湯といい、アランのチョイスってじじくさい」
「……ホットカクテルは良く分らないだけだ」
そのまま手を引きカウンター席にエル姉を座らせ、自分はカウンターの中に入る。
カウンターに入って準備を行う。
酒を湯煎にかけながら貯蔵庫から卵と蜂蜜を取り出す。
卵を丁寧にとく。卵黄だけで作った方が濃厚なのだが、のこった卵白の始末に困るので今回は全卵で。
蜂蜜と生姜汁を加えて更に混ぜ、茶漉しで濾してなめらかにする。
酒が熱めの温度になったのを確認してから、卵液に少しずつ入れていく。一気に入れると固まってしまうから注意をしなければならない。
全部酒を入れてとろりとした液状になったら完成。
卵が凝固していないのを確認して耐熱ガラスのコップに注いでエル姉に渡す。
エル姉は恐る恐る口に運び、一口含む。警戒していた表情がふわりと笑みに変わった。
「あ、甘くておいしい」
「蜂蜜多めにしたからな。その方が飲みやすいだろう」
「ん、これなら多分平気」
ゆっくりと飲むエル姉にホッとする。アルコールも多少飛ばしたしこれなら悪酔いしたり潰れたりは多分ないだろう。
そんな事を思いながら視線をそらすと、離れた所で真夜達と一緒にいる赤い目の子供と目が合った。
さっと目を逸らされる姿に、そう言えば人見知りとか男が苦手とか牛乳が好きとか真夜が言っていた気がする。
「………」
少し考えてから、貯蔵庫から牛乳を取り出す。
ミルクパンに牛乳を注いで蜂蜜を加えて火にかける。棚からカップを2つ取り出す。一つは小さなカップ、もう一つは大きいカップ。
大きいほうのカップに卵1個とブランデーを適当に――ふと思っていつもより少なめに――入れる。
鍋肌がふつふつしてきたのを確認して火を止め、まずは何も入っていないカップに牛乳をなみなみと注ぐ。
次いで、卵液の入ったカップに牛乳を少しずつ入れて混ぜる。カップに半分ぐらいの量を混ぜ終わったら後は一気に混ぜて最後に生姜汁をたらして終了。エッグノックの完成。
「真夜」
小さいほうのカップを手に真夜へと声をかける。
「ん、なに?」
「これ」
傍に来た真夜にカップを渡すと、真夜は少し驚いた後に笑みを浮かべる。
「ありがとう。雛姫嬢喜ぶよ」
「エッグノック作るついでだ」
「はいはい」
事実を言っただけなのに真夜はによによと不気味な笑みを浮かべて元居た場所に戻っていく。
すぐに彼女に渡したらしく、嬉しそうに笑ってカップを両手で抱えるのが見えた。
使用した道具を全部洗って元の位置に戻す。
エッグノック片手にカウンターから出てエル姉の隣に座ると、姉は頬杖をついてあまりタチの宜しくない笑みを浮かべていた。
「エッグノック作るついで、ねー」
「……エル姉まで変な笑顔浮かべりゅな」
言葉の途中でエル姉に頬を引っ張られて言葉が変になる。
「おねーさまに『変な』などと言う口はこの口かなー」
事実を言っただけなのにも関わらず何故頬を引っ張らなければならないのだろうと思いながら抵抗せずにそのまましたいようにさせておく。抵抗するだけ面倒だ。
うりうりとひとしきり引っ張られた後、満足したのか解放された。
ようやく飲めるようになったのでエッグノックを飲む。普段より甘くて軽いそれは寒い日には丁度良い。
「ねえ、それどんな味?」
「飲むか?」
「飲む」
差し出すと、手ごとカップをエル姉に持っていかれる。
カップから手を離しそびれてしまったので、そのままカップに口をつけるエル姉を見る。
「あ、こっちも甘くて美味しい」
そう言ってふわりと笑う姉は十分可愛い部類に入ると思うのだが……日頃の行いがアレだからなぁ。
喉の奥でため息を飲み込む。口に出した瞬間全力で〆られるので絶対に出さないようにしなくては。
「……何変な顔してるの?」
どうやら顔には微妙に出たらしい。
「別に、何でもない。
 それより、もっと飲むか?」
「私が飲んだらアランの分無くなるでしょう?」
「そうなったらまた作れば良い。
 それに、これだってエル姉が飲むと思ったから多めに作ったから別に気にしなくて良い」
「……おねーちゃんは弟の将来がちょっと心配になってきた」
「何でだ」
何となくムッとしてそう返せば、エル姉は苦笑を浮かべて人の頭をぽんぽんと叩いた。
「そう言う事ならもう少し貰って良い?」
「どーぞ」
今度は差し出された手にきちんと渡す。触れた指先の温度にふと唇が緩む。

軽く触れた姉の手は、もう冷たくは無かった。



おしまい。



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