*学パロです。唐突にマクタラに萌えて書いたため現代物と言った方が正確かもしれません。 朱音さんの設定を参考にしましたが捏造でしかありません。
傘も差さずに
「…ああ」
しとしとと泣きだした空を見つめ、恒磋は溜息をつく。
愛しい愛しい妻と娘との幸せな生活を守るため、仕事をすることは大切だ。
しかし、その出先で雨に降られてしまうとは、中々についていない。
ついさっきまでよく晴れていたのに、理不尽だ。
先ほどまで晴れていたのだから、すぐ止むかもしれない。行きつけの本屋であるここで待っていればいいのかもしれない。
しかし、今日。家に帰れば愛しい愛しい愛しい妻がいる日であった。
それなのに離れなければいけないのも惜しかったのに、足止めまでされるなんて。
耐えがたいごとだと、彼は思う。
もう雨の中つっきってしまおうかと思うが、濡れて帰れば心配されそうだ。主に娘に。そんな娘も、その影で馬鹿じゃないのとか言いながらタオルを差し出してくれる妻もこよなく愛する身として、それもいただけない。
ならば、やはり待たなければ。
憂鬱な気持ちで空を眺める彼は、灰色の風景の中、信じがたいものを見つけた。
蒼い傘と、その下の鮮やかな夏の陽の髪。その姿はゴマ粒大に小さかったが、彼が見逃すはずもない。
「昊陽さん!?」
驚きの色を隠さずに叫び、駆けだす恒磋。当然濡れ、スーツを濃い色に染めさせる彼に、名を呼ばれた彼女は大きく目を瞠った。
「折角迎えに来たのになに濡れてるのよあんた!」
ばしっ、と肩をたたかれる。痛かった。痛かったが、その言葉はむしろ心臓に痛い。嬉しすぎて高鳴る心臓が、とても痛い。
「こんな雨の中昊陽さんに歩かせるなんて、不覚です」
「べ、別にあんたのためじゃないわよ! 今日はあの子が奈菜のところに遊びいってるの! でも傘置いていったから…届けてきたの。そのついでよ!」
「それでも僕は嬉しんいです! 愛してま「ああもう、こんな場所で叫ぶんじゃないわよ!」
感極まったような夫に、妻は顔を赤くして叫ぶ。
ああなんでこいつと暮らすようになってしまったのだろう。不満があるわけではない。可愛いわが子を腕に抱けたことを想えば、感謝することだってある。けれど言わずにはいられない。
「本当馬鹿じゃない」
「貴女が関わるとそうなってしまうのかもしれません」
幸せそうに顔をとろけさせる恒磋に、昊陽は小さく息をつく。もう慣れたことだ。慣れたのに、…どうしよもなくむずがゆいのが少々悔しい。
「…昊陽さん」
「なによ」
「傘が一本しかないように見えるのですが」
困ったように問いかけられ、昊陽は言葉につまる。見えない、ではなく。ないのだから。
「…そうよ。一本よ。もう一本はあの子に持って行っちゃったのよ」
そもそも、彼を迎いにいくつもりなど、なかったのだ。けれど、激しく振り続ける雨に、つい考えてしまった。どこかでぬれてはいないだろうか、と。つい、考えてしまったのだ。
苦い、心の奥底から苦い気持ちで吐き出す。と、至近距離で向かい合う瞳が見開かれる。
「なら、貴女が使ってください。二人で入っていたら濡れてしまいます」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ」
「ですが貴女に濡れて寒い思いをさせることなど…!」
傘を差さずに歩くことなど、彼女を守るためならなんともない、と彼は思う。
けれど、彼女はぴしゃりと言い放った。
「それが嫌ならここまで来てないわよ!」
1人分の傘の中見つめあう、ニ対の瞳。その片方は、やがて心底嬉しげに閉じられる。その唇も、柔らかく笑んでいる。
「にやにやしてんじゃないわよ」
「いえ。感動しているんです」
「感動するほどのことじゃないでしょ」
こんなことで感動されるほど冷たい接し方をしては―――…いないと思う。
ふっと日頃のやりとりのもの思いに沈む彼女を引き上げたのは、明るい声。
「だって、相合傘ですよ!?」
妻は、耐えた。
きらきらと輝く笑顔で言う夫を照れ隠しで思い切り突き飛ばしていまいたい衝動を、必死に耐えた。
そうして、みるみるうちに赤くなる頬を隠すようにそっぽをむく。
「いっとくけど、コンビニ行くまでよ! こんなマネするの」
「分かってます」
傘を買える場所を探すより先にここに探しに来てくれたことが、彼には嬉しい。
身を寄せて一本の傘に入るのも、とても嬉しい。
「…僕このまま死んでもいいです」
「ばっかじゃないの」
ぷい、と顔を逸らす彼女が濡れてしまわぬよう、少し傘を傾ける。
「貴女とあの子を残してなんて、まだまだいきませんけど」
「…当たり前のこと言ってるんじゃないわよ。馬鹿」
呆れたような、けれど少しだけ柔らかに言う最愛の人に、恒磋はそっと笑う。
「幸せです」
「ちょっと! これ以上近づいたらぶっとばすわよ!?」
触れ合う肩に頬を赤らめる昊陽。けれど、その歩みは二人、揃ったまま。
冷たい雨の中、家路へと向かった。
雨宿りをしていたドラックストアからふと外を見ると、寄りそい歩く二人の男女がいた。なにやら赤い顔の女性と、見るからに幸せそうな男性だ。
一本の傘を共有する彼らは、とても仲睦まじく見えた。
そう思い、磨智は大きく息をつく。
「いーなあ」
「は? なにが」
彼女のかたわらの少年が、訝しげな声を上げる。少女趣味な小物達に囲まれ、不機嫌でもある声だ。
「…なんか今しあわせそーなカップルがいてねー。いーなーって思ったの」
「……ふぅん」
「なによ、その馬鹿にしたよーな『ふーん』は」
「いちいち人の顔ひっぱんな! そんなんだからできるもんもできねーんだろ!」
伸ばされた頬をかばいながら言う幼馴染に、磨智は軽く頬を膨らませる。
「ああいう彼氏が欲しいな☆っていう可愛いこと言ってる幼馴染につめたーい反応返す野暮なメー君はそのくらいされて当然なの」
「んな理不尽なこと言う奴のどこが可愛いよ」
「やだ。私とってもかわいいのにー。分からないメー君は走りだして頭冷やすといいよ。ほらゴ―」
「傘も差さずにかよ!」
「え? 君持ってるじゃない、傘」
「でもお前持ってないだろ、傘」
ならおいてしかねーじゃん。俺の方が足早いし。むうと唇を尖らせる幼馴染に、磨智は大きく目を見開く。かと思うと、ぷいと顔を逸らして、物色していた傘を手に取る。
「ば、かだねメー君。私傘ないからここで買うことにしたんじゃない。だから君がいなくなったら買うって」
「あー。そっか。だな。心配して損したわ」
今気付いたとぼけたことを言う彼は、気付かない。
背を向けた彼女の頬が真っ赤に染まっていたことに気付かぬまま、激しい雨を見つめていた。
―――これは、いつかどこかのもしも。ある雨の日の、恋のお話。