愛すべきバカたち -もっぱら最後の光景に向ける-

 じゅうじゅうと音を立て、肉が焼ける。
 つい先ほどしとめられたオオカミの肉は赤い色をしたたらせ、周囲に何とも言えない香りをまき散らす。
 なんともいえず、食欲を刺激する香り。
 それを胸いっぱい腹いっぱいに吸い込んだ少女は、ぱん、っと手を打ち破顔する。
 その華奢な手が肉を指した串に向かった―――ように見えたのは一瞬。
 すぐに帰ってくるのは、綺麗に肉が取り除かれた串。
「ニウロ。はよう次の肉」
「どうぞ」
 これまたすぐに響く催促の声が終わるより早く、次の串が差し出される。
 ほかほかと湯気を立てるそれに少女は満足げに頷き、串を受け取る。
 肉は熟成した方がうまいんじゃないかとか。調味料がある方がいいのではないかとか。俺も腹が減りましたとか。
 いろいろ言いたいことがないでもないが、彼女の従者は黙々と次の肉を焼き続ける。
 そうして、満足げに肉を腹に収めていく主に、ほんの少し口の端を上げた。


 フライパンの上、じゅう、と音を立て、色鮮やかな野菜が躍る。
 ほどよく焦げる油に、たっぷりふられたスパイスに。各種野菜に、その陰に見え隠れする自家製ハム。それらが合わさり奏でるよい香りに、少女はほうっと息をつく。
「ベルは料理が上手ね」
「ありがとうございます。
 ですが、今回のコレがおいしいかどうかは保証できませんよ?」
 初めてのレシピは、うまくいくかわからない。それでも目の前の主の健康と満足を考えたもの。うまくいけばよいとは思う。
 ぱりっと焼かれてきらきらと輝く野菜は、やはりツヤツヤとしたライスの上に。
 白く上品な器に盛りつけられた色鮮やかな料理に、同時に、それを作り出した光龍に。少女はふわと微笑み、自信ありげな声色で告げる。
「保証なんてなくても、疑う余地のないことだもの」
 自身の龍への信頼をこめた一言を向けられた従者は、ぱちりと一度またたく。
 そうしてゆっくりと微笑んで、照れた声色でありがとうございます、と繰り返した。


 じゅわりと音を立て、鍋の中で野菜がいためられる。
 白い玉ねぎが色が変わるほど炒めたら、次々に次の具材を。
 それに小麦粉といくつかのスパイスをまとわせて、お湯を注いで。
 コトコトと煮込まれるみんなのアイドルに、鍋の前にした少女は満足そうに頷く。
「今日はカレー?」
「うん。たくさんあるよ」
「それはよいね」
 きらきらと輝いて見えるような笑顔を浮かべる少女を軽くなでて、彼女の主は唇にそっと指をあてる。
「こういうのは一晩おくとおいしいから、食べすぎないようにしなきゃ。だからね」
「そう思って作ったから、大丈夫だと思うよ」
「アニスのカレーはおいしいから心配だけどね」
 さらりと告げられる賞賛に、少女は照れた笑いを返す。
 その時はその時で、腕によりをかけてどうにかするね。
 腕まくりしてそう返す彼女に、主は柔らかにそう、と微笑んだ。


 ざくりざくりと音を立て、綺麗な緑の葉がつみあがる。
 ざくりざくりざくざくり。山盛りキャベツは揚げ物のオトモ。竹馬の友にして、比翼の仲。
 お客へおいしさを提供するためにと次々とキャベツを積んでいく少女に、彼女の従者はため息ひとつ。
「朱音。これこんなにいるのか」
「今日はおすすめメニューを揚げ物にしましたからね」
「…久々に無思考を発動させてこれを山ほど仕入れたせいではないのか」
「ふふ。そんな初期ネタを持ってきて。嫌ですねポコス」
 なんともいえず味のある笑顔を浮かべる主に、彼女の従者は再びため息。
「なんにしろ、手伝うよ。お前ひとりがざくざくしてることないだろう」
「…では倉庫からパン粉を。山ほど持ってきてください。これから戦場ですよ!」
「いつもと変わらないだろう」
 天に腕を掲げ、やる気をしめすかのような少女に、彼は何度目かのため息を落として、ふっと笑う。
 それでもそっと告げられた、かしこまりました、という気取ったセリフは、包丁とまな板とが奏でる音にまぎれた。


 がきんがしゃんと音を立て、剣と槍とがこすれあう。
 ざっと間合いをとった青髪と茶髪は、真摯な眼差しで見つめあう。
「イソレナさん」
「なんですか」
「この流れで我らは浮いているという電波を感じる…!」
「そうですか。では、やめますか?」
 隣人の不可解なセリフに構わず、彼は挑発的な声色で問う。
 すると彼女はかぶりをふり、槍を構えなおす。
「たとえ世間がどういおうと! この戦いは譲れない!」
「往生際が悪いですね!」
「譲れるかああ! うちの倉庫への道を譲れるかあああ! うちのスモークフィッシュは私のものだあああ!」
「別にここで僕に負けたからといってアプは突撃しませんよ!」
「わかってるけど縁起悪い! 突撃隣の晩御飯ダメ絶対!」
「パッチーさんがさんざんしてるでしょう!」
「最近増えた! 増えたんだ隣じゃなくても晩御飯求める子が! だから私! 負けられない!」
 声を張り上げ剣を交え。
 隣人同士の食糧戦争(?)は続く。

 あたりからいい匂いが漂う夕飯時、少し異色な光景だった。

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