家に帰り、居間に続く扉を開ける。
 体長170cmくらいのでっけえうさぎ(二息歩行)と目が合った。

初対面でラリアット喰らわす奴があるか

「――――ふぉう!?」
「待て!?」
 謎の鳴き声と共にラリアットを放ったかなたは、でっかいウサギから聞こえた声にハッと目を瞠る。
 ラリアットを防いだウサギの腕がウサギさん特融のふんわりではなく、もふうっとした着ぐるみだったことも、彼女に冷静さを取り戻させた。
「…なにしてるのさ、メー君」
「着ぐるみを…着てる」
 分厚い生地のくぐもった声には、はっきりと疲れの色がにじんでいる。
 それが着ぐるみを着るという重労働に所以していないのは、明白だ。レベル1とはいえ、竜だ。
「なんで着ぐるみ…着てるの?」
「それは…そんなことより、お前なんでラリアットなんだよ…家に不審者がいたら槍でつけよ…」
「いや、とっさに…こう…びっくりしたからかな…? なんでラリアットだったんだろう…電波かな…」
「なんのだよ」
「なんだろうね。…なんにせよ、君がウサギの着ぐるみで突っ立ってる方が気になるよ」
 謎の電波の出どころはとりあえず棚におき、かなたは問いかける。真っ直ぐな目線で。
 真っ直ぐな目線で上から下までウサギを見―――再びハッとしたような顔をする。
「ジョンだ!」
「あ、これそういう名前なんだ…?」
「なんでジョン? あれはマッチョじゃなきゃ着てダメなんでしょ? お子様の夢を守るために」
「筋肉なくて悪かったな!」
「その疑問には私が答えるよ、マスター!」
 ばたん。
 ちょっと元気な音を立てて再び開いた居間のドアでは、磨智が仁王立ちしていた。
 こちらは可愛らしいパーカー姿だ。ワンポイントにウサギが、ジョンがあしらわれているけれど。
 ついでに、腕には色違いと思わしきパーカーが数着。
 ―――あ、大体どういうことか分かったなあ。
 かなたが口に出すより早く、磨智の説明が始まった。
「そう、これは話すと短い。三日前の手芸屋さん前でのできごとだよ―――」

 店から少し離れたベンチに、一人の男性が座っていた。
 筋肉隆々、凛々しい顔立ち。でも服装はフリルのエプロン。
 それだけでもう説明の必要がない水龍こと、ダニだった。
 その武骨ともいえる指はスイスイと動き、ブラウスに刺しゅうを施していく。
 仕立てのよい、いいところの子息っぽいそのブラウスは、恐らくルートが着るものだ。
 同じ部屋の下、兄弟として暮らす彼のブラウスにチクチクとウサギを縫い付けていくダニの目は、とても優しかった。
 磨智は尋ねた。同じく―――というのは違うが。縫物を趣味とするものとして。

「なんで、ウサギなの?」
「―――ジョンだ」
「ジョン」
「フリルとかレースには、ウサギを添えるべき。だが、愛らしさだけでは何物も守れない。悪い奴等も木っ端みじん。家族に災禍が訪れぬように守ってくれる。そんな、ジョンだ」
 キリリとした表情で言い切る彼に、磨智はそうなんだ、と頷いた。
 この可愛らしいウサギにそのような願いがこめられているとは知らなかった。
 それに、その設定は、とても―――…

「次の公演に使えるって思って」
「共闘ポジは朱音さんがいるでしょ!?」
「違うよマスター! ジョンはライバル枠だよ! 子供を守りたい気持ちは同じ、けれど戦闘スタイルの方向性でちょっとだけ対立するの!」
「やだ! それ和解までがセットになるやつ! また衣装が増える奴! やーだー!」
「マスター、常々いってたじゃない。メー君も引きづりだしてやりたいって」
「あれは『私と同じ衣装を着てほしい、私の代わりに』って意味だよ!」
「お前そんなおぞましい目で俺を見てたのか!?」
「君は私の格好をおぞましいと思ってたの!?」
「お前は年以外は痛々しくないから笑えるが! 今の俺が着たら変出者だろどう頑張っても!」
 にらみ合う主人とウサギを眺め、磨智はもー、と声をあげる。
「色々と考えて、二人が仲良く共演できる設定考えたんだよ? ジョンはみんなのジョンだから許してもらえると思う。っていうか、これ、正確に言うとジョンに憧れた野良ウサギのジャックって設定だから」
「パ…パチモンっぽいね」
「だって、ジョンはもっと上背と筋肉があるし」
 恋する少女の口から紡がれる上背と筋肉がない発言にちょっとだけ肩を落とすメーに気づかず、126番地の専属デザイナーが続ける。
「ジョンはみんなのジョンだけど。発案者のジョンでもあるからね。1クリエイターとして、そのままは使えない」
「そういうものなの…?」
「それに、メー君に着せるなら、既存のジョンにとらわれず一番似合うウサギを作ってあげたいし!」
「これ似合うも似合わねーもないだろ」
「あるよ!? こう、メー君の声にね、会うような…目の感覚とか、毛皮の質感とか、私頑張った!」
 ―――ああ、こういうことさっきも言われて、渋々着たんだろうな……
 キラキラと目を輝かせる磨智から目をそらし、ぷるぷる震えるメーを見ながらかなたは苦笑し―――三度ハッと目を見開く。
「ともかく! やだよ! 新キャラは! また衣装新しくなるんでしょ!? ウサギに合わせてバニーとか言うんでしょ!?」
「言うよ。私、頑張るね」
「君のその可愛い顔に流されるのはメー君だけなんだからね!?」
「真夜さん、新しい衣装も可愛らしいね、って言ってたよ。時計ウサギ風なのが好評だった」
「う、…い、いくら真夜さんの頼み、でも…、もうこれ以上…公演……は……」
「マスター。この間、ベム君が新婚の風矢君に切れて、ぶち抜いた壁」
「ぐ」
「せっかく新築だから、綺麗に治したいよね…? 素人工事じゃなくてさ…?」
「う……う……ううう」
 窒息するような声を出し、かなたは床に手をつく。
 うなだれる主とは逆に、でかいウサギもといジャックはそっと天井を仰ぐ。
 まるでこみ上げる涙をこらえるような仕草に、磨智はきゃらきゃら笑った。



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