朝色の町の、広場にて。
うまく焼けましたから、とパンを差し出す少年が一人。
両手でそれを受け取った少女は、こんがりと焼けた表面をうっとりと見つめ、パクリと一口。
「おいしい!」
バターのきいたパンを文字通り一口でぺろりと飲み込んだ少女の笑顔は明るい。
そうですか、と呟く少年は、まぶしいものでもみたように目を細めた。
腹が減っては戦はできぬ、腹がいっぱいでも戦はできぬ
もぐもぐ。ごくん。ごくん。ごくん。ごくん。
描写するならいっそそのくらいの勢いで、少女ことアプクピはパンを間食する。
そのままパン、と手を合わせて、にっこりと笑う。
「ごちそうさまでした!」
「はい。お粗末さまです」
笑顔を向けられた少年ことテルは、嬉しげに頷いた。
「テル君のご飯はおいしいね」
「そうなんですか? 自分ではよくわかりませんね。
あ、でもぱくぱくと食べてもらえると、嬉しいです」
「保障するよ? すごくおいしい」
輝く笑顔で言い切るアプクピ。あまりにまっすぐなそれに、テルは照れたようにわらう。
はにかむという表現がぴったりの、その表情。
その表情を目にすると、何か落ち着かない。心のどこかがむずむずする。
まだおなかがすいているかもしれない。すいているのだろう。ダメだ、これでは戦えない。…なにと?
悩む少女は、ぷうと頬を膨らませてみる。
「ずるい」
「え?」
唐突な言葉に変えるのは、瞬き。
彼がその言葉の意味に思いを巡らせるより早く、アプクピは続ける。
「テル君、かわいい」
「………すみませんアプさん。いきなりどうしたんですか?」
「お料理は上手、気配り上手。笑顔がかわいい」
彼女の発言には、色々とつっこみどころがある。
料理は、まあいい。しかし気配り上手かどうかは微妙だ。主人周辺にはむしろ鈍いねと評判であるし。
なにより、笑顔。ほめられるのはいいけれども、かわいいと言われても。
胸に湧く何とも言えない思いに、唇を曲げる。
もやもやとする。
その理由は、分かっている気もするし、分からない気もした。
けれど。
「…いいお嫁さんになりそう」
さらに続いた一言で、彼の悩みはどこかに吹っ飛ぶ。
本当に、今日はどういう日だろう。意味がわからない。ただ、言わねばならない言葉が一つ。
「……お嫁さんにはなりませんよ」
「そりゃあ、そうだろうけど」
僕は男ですし。
テル君、男の子だもんね。
かぶさった同じ言葉に、二人は小さく笑いあう。
ひとしきり笑いあった後、アプクピはしみじみと呟く。
「いいな」
「え?」
いいお嫁になりそうなことが、だろうか。
―――それがうらやましいのだろうか。
お嫁にあこがれたり、するのか。
一瞬でかけめぐるさまざまな想像。
けれどそのどれも口に出されることもない。どんな言葉も、にっこりと破顔した少女に奪われる。明るい笑顔に言葉がでない。
「幸せ者だよねえ、おいしいものがいつも食べれて」
奪われた、はずなのだけれども。
そう言っていいなあと繰り返す表情に、口元がゆるむ。
「…そう思ってくれると、いいですね」
緩んだ口元が吐いた言葉に、そうだよねと声が返る。
深い意味などちっともこもっていなそうなその反応に、彼は笑った。
―――それから、時は流れて。
目の前の恋人に、彼はふと聞いてみた。
「…お嫁さんにしますか?」
「……テル君、あのこと怒ってる?」
いいえ、と首をふる。
そして、真剣な顔で。
「お嫁さんになりたいというわけではありませんけど、アプさんがそちらの方がいいのなら。
考えなければいけないことでしょう」
「…テル君、恥ずかしい」
ぽんと頬を染める彼女に、彼は笑顔を返す。
照れたように、はにかんだ。あの頃と同じ笑顔。
けれどあの時とは違い、理由がはっきりとした表情で。
―――近いうちに『お嫁さん』になる少女に、笑った。