「…誰にだって、黒歴史ってあるじゃない?」
沈痛な面持ちの姉は非常に珍しく、心配ではないと言えば嘘になる。
嘘になるがストレス発散のごとく此方に矛先を向けるのは勘弁して欲しい。
うん、大体合ってる
〜ギャグっぽいお題.17より〜
フェレス兄さんとお茶を飲んでいた所に叫びながら乱入してきた姉さんとの言い争いに負け(というか一方的にフルボッコだった気がする)、何となく居づらくて少し早目に失礼したのがついさっき。
真夜に頼まれていた羽堂さんへの使いの品は咲良さんに渡してあるからこのまま帰っても何も問題ない。
「ねえ、君」
別に真っ直ぐ帰らなくても良いのだが、何となく疲れた気がするので寄り道せずに帰ろうか。
「そこの君」
別に姉さんが言っていた俺の黒歴史の事を確認したいとかではない。無いったら無い。
「ねえ、そこの黒い君」
「……なんですか」
三度掛けられた声に自分であることを自覚して振り返ると、其処には見慣れない男が立っていた。
これで俺の性別が姉さんや契約者と同じならナンパになるのだろうが、残念ながら俺の性別は相手と同じである。
まじまじと目の前の男を見る。
何だろう。見た目はそれなりに良いはずなのに妙にチャラいというか醸し出す雰囲気が軽くイラッと来る系の人……いや、龍だ。
「トゥエンティの弟だね?」
「違います」
すぱっと切り捨てて歩くのを再開する。
家に戻ったらグリーンティを淹れよう。折角フェレス兄さんが淹れてくれたのに一口しか飲めなかったな。折角なのだから朱音料理店に寄って甘い物でも買って行こうか。
「しらばっくれなくても良いじゃないか。129番地の闇龍クン」
「……俺には確かに姉は居ますがそのような名ではありません」
思考を中断してしぶしぶ相手に向き直れば、優越感に満ちた笑みを浮かべて言った。
「僕にだけ許された彼女の愛称だからね」
――それは単純に他の人が呼ばないだけだよな。
そう言いたいのを堪えた自分を褒めたい。
「何か御用ですか」
淡々と続きを促す。こちらの言葉に反応して男はべらべらと喋り出す。
10分以上話し続けられた内容を拾い集めて要約というか意訳すると、どうもこの男は姉さんとよりを戻したいらしい。
「トゥエンティは最高だった。僕の相手にぴったりなんだよ。分かるかい?」
……上から目線の褒め言葉から始まり口説いてるのか怒らせたいのかが分からない言動の数々は、きっと姉さんに振られてショックで螺子が3本位飛んだからなのだろう。
ぼーっとそれらを聞き流しながら男の言葉が止まるのを待つ。
「だから彼女に君からもちゃんと言ってくれないかい? また僕と共にあるべきだと。
君も、僕の様な兄がいたら誇らしいだろう?」
悦に入った表情で男は断言する。言いたいことが終わったと判断し、俺は口を開く。
「ご用事というのはその事ですね。わかりました」
そう言うと、男の表情が満足そうに笑みを浮かべる。
……俺は言いたい事を理解した(わかった)と言っただけなんだが。君なら分かってくれると思ったよ、とか言いながら「チョロイな」と言う表情をするな。
「方便や言葉遊びは嫌いではないですが」
俺は男を真っ直ぐ男を見つめる。
「嘘は嫌いなのでお断りします」
だれが直ぐ分かるような嘘をつく必要があるんだ面倒くさい。
はっきり拒絶すれば、相手の顔が醜く歪む。次の瞬間はじけるように笑いだした。
「ふ、ふふふふ。あはははははははははは!!」
やはりどこか変な所でもぶつけてきたのかこの龍は。歪に笑う相手に気がつかれないようにじりじりと距離を取る。
闇龍なのに隠密行動に向いてないのか、いや闇龍だからこそ向いていないのか。あっさりと気取られ、男は此方へと一歩踏み込んで来る。
「姉弟で素直じゃないんだね。いや、君と姉弟になったから素直じゃなくなったのかな」
歪んだ笑みを浮かべて暴言に近い言葉を吐く男にドン引きしつつ、さてどうやってこの場を切り抜けようか、と頭を巡らせる。
流石に見ず知らずの龍に攻撃を仕掛けると後で説教という面倒事が起きる。かと言って相手からの攻撃を誘う程マゾではない。さてどうやって撒くか。
夜なら呼び易い闇の精霊も、此処まで晴れ渡った日中では目暗ましになる程に召喚するには時間がかかる。
――面倒だが仕方が無いか。
後で真夜に説教される覚悟を決め、ズボンのポケットに手を入れる。
指に触れるのは名刺入れ。用心に越したことは無い、と真夜に押しつけられた護身用の武器が日の目を見る日が来るとは思わなかった。
名刺が護身用武器なのだと言われて理解できなかった日が懐かしい。ネタに走る大商人は手がつけられねえ。
こぼれそうになるため息を飲みこみ、名刺をいつでも取り出せるようにした時。
「アランくん」
張りつめた空気が場違いな明るい声に霧散する。声の方を見ると、其処にはアプエゲさんが立っていた。
いつもの明るい笑顔でゆっくり此方へと歩いてくる。
「丁度良かった。真夜さんに用事があるんだけど何処に行ったか分かる?
さっき寄ったら誰も居なくて」
穏やかな口調でそう言われて心底助かった、と思う。ホッとした事を表情に出さないように気をつけながら真夜の行動パターンを考える。多分この時間だと……
「多分アニスと買い出しに行ったんじゃないかと思います。直ぐ帰ってくるかと思いますので、一緒に戻りませんか?」
そう答えてアプエゲさんの方へと歩いて行く。勿論名刺ケースから指は外さないまま。
男は何か言いたそうだったが、何も言わない。その代わり視線が背中に突き刺さっているのは感じる。
「グリーンティが飲みたい気分なので付き合ってもらえると嬉しいのですが。
御茶菓子もありますよ」
「行くっ!」
輝かんばかりの笑顔で即答するアプエゲさんにこっそりと(ダシに使ってすみません)と心の中で謝罪し、家に戻るべく歩きだす。正直少しでも良いから離れたい。
刺さり続ける視線を無視し、アプエゲさんに話を振る。
「そういえば、さっき『黒い君』と言われたのですが、そんなに黒いですか?」
「えっ……?」
驚愕の表情で返された。その表情が雄弁に語る。自覚ないのか、と。
「合ってますか」
「うん、大体合ってる」
「合ってますか……」
「なんか黒くて白いよね」
「フェレス兄さんみたいに何か彩りになる物でも身につけようかな」
「白いつけ耳とか?」
「彩りになってませんよねそれ」
「つけ耳と言ったら白だと誰かが言ってた」
「誰ですかそんな無責任な事言ったの」
ぽんぽんと会話をしながらてくてく歩く。
角を曲がる際にちらりと男のいた場所に視線を向ける。
そこに誰も居ない事を確認し、ポケットから手を出した。
「ただいま」
玄関に入ると、丁度真夜が玄関で靴を履いている所だった。
「お帰りー あれ、アプエゲ君も一緒?」
「アラン君がナンパされて困っていたので」
「ちょいこら」
イイ笑顔のアプエゲさんがさらっととんでもない発言をする。
引きつった顔でツッコむが、真夜はスルーして更にボケた発言をする。
「あらまあ、ありがとう。流石アプエゲ君。紳士ねー
良かったらお茶飲んで行って。美味しいお煎餅もあるよ」
「ゴチになります!」
「真夜に何か用事あったんじゃなかったのかよ!」
「それはそれ、ほら別腹で」
「別腹もなにもそっちメインじゃないんですか!?」
「ご用事もお茶を飲みつつ聞けば万事解決でしょ?
さあ、入って入って。アランもそんな愉快な顔してないでお茶をお願い」
「愉快な顔って……所で、何処か出掛けようとしていたんじゃないのか?」
「ちょっと外で干してある果物の様子見てくるだけだよ」
「武器と防具を装備して?」
パッと見て真夜の服装はいつもと変わらないように見える。見えるが間違いなく身につけているネクタイとブレスレッドは研究所用にと作られた武具だ。
「いたずらな子に手を出されたら困るもの。虫に食われたくもないし」
疑いの目を向けると、ふふふ、と笑いながらそう返された。
うちの庭には熊でも来るのだろうか。人をなぎ倒す巨大虫でも居るのだろうか。訳が分からん。
「何か居たら追い払うだけだから5分位で済むよ。
よさそうに乾いた果物を試食兼ねて御茶菓子にもするから、美味しいお茶お願いね?」
「はいはい」
それ以上ツッコむのを諦めて返事をすれば、真夜は満足そうに笑いアプエゲさんに「ゆっくりしていってね」と声をかけてから玄関から出ていった。
客間にアプエゲさんを通し、お茶を淹れて戻った時には既に真夜は居て、アプエゲさんと果物をつまみながら談笑していたので本当に何でもなかったのだろう。
先程の真夜の笑顔が少し怖い気がしたのは気のせいだったのだ。きっと。
その後、あの龍と会う事は無かった事だけ記しておく。
無事に諦めてくれたのならば何よりだ。俺は姉さんに締めあげられたくはない。
アプエゲさんに後日「アラン君はヒロインの素質あるよね」と真顔で言われたが意味がよく分からなかった。