隣で何やら難しい顔をする恋人に、テルは気遣わし気な目線を送る。
 いつもと同じように二人で過ごす今日。
 彼の作ったチョコレートムースを嬉しそうに口に運んでいた彼女が、ふと今のような顔をはじめた。
 思いつめるような、やけに真剣な顔。
 何か悩みがあるようにしか見えない顔。
 何か悩みがあるのなら、いくらでも言ってほしいものなのだけれども。
 けれども、底の見え始めたカップをにらむその横顔には、どんな言葉もかけづらい。
 それでも、だからこそ。
「アプさん」
 ぐるぐると頭を悩ませた結果、何事かと聞くために口を開く。
 それと同時に、アプクピは言う。
「かわいくなりたい」
「え?」
 かわいい恋人の呟きに、テルは目を丸くした。

うん、大体合ってる

 太陽で温められた風はふわりと道行くものの頬をなで、満ちる陽ざしがあたりを明るく照らす。
 そんなうららかな天気の下、やけに難しい顔をする彼女が、とても心配だった。
 いつもならば元気に響く「おかわり!」の言葉がなく、寂しくもあった。
 今日のムースはもしや失敗作かと、不安もあった。
 そして、今。
 そういったモヤのすべては晴れて、ただただ疑問が残る。
 これ以上かわいくなってどうするつもりなのかという、純粋な疑問。
 世間一般で惚気といわれるそれをどう伝えるべきか。
 彼が悩む間にも、彼女は続ける。
「テル君はかわいい」
「いえ。かわいいといわれましても」
「かわいいし優しい。一緒にいて、すっごく嬉しい」
「アプさん」
 照れます、やめて。
 瞬時にめぐる言葉より早く、すねたような顔のアプエゲの声は続く。
「乙女として、負けてる気分……!」
「アプさんは可愛いですよ?」
「テル君の方がかわいいもん!」
 真顔で告げるテルに、アプクピはわずかに頬を膨らませる。
 あ。そういう顔もかわいい。
 そんな風に思う彼に彼女の悩みはわからない。
 そういった理由で難しい顔をしていたのかと思うと、またかわいい気がする。
 そんな風に恋に落ちる少年に、乙女の憂いはわからない。
「私も可愛くなりたい! 負けないくらいに!」
「…そうは言われても」
 堂々巡りを続けそうな会話に、彼はやんわりと笑う。
 そのまま眉を寄せて、彼女を納得させるための言葉を探して――結局、真剣な顔で続ける。
「アプさんは十分にかわいいので、これ以上かわいくなられても…。
 その、困りませんが、困る」
「…テル君は私に甘い!」
「本当のことを言ってるだけですよ」
 アプクピはぱっと顔をそらす。  あくまで真剣な顔をする彼から逃れるように、つい残していたムースを咀嚼する。
 なめらかなに口にとけていく、優しい味わい。
 よく冷えたはずのそれは、お腹にあたたかく落ちていく。
 本当に、おいしい。
 彼女が無意識に口を緩める間に、カップはアッというまに空になる。
 途端にしょんぼりと肩を落とす食いしん坊の少女に、差し出されるのは二つ目のカップ。
「元気に僕のものを食べてくれるアプさんは、とてもかわいい。
 …僕にはこうとしか言えないんだから、甘いといわれても困りますよ」
 ふんわり膨らみ、甘い香りを漂わせるムースを差し出すテルの口からは、それ以上に甘い言葉。
 あくまで穏やかに、やけに嬉し気に。
 真っ直ぐに告げられる好意に、アプクピはううとうめく。
「…テル君は甘い…」
「嫌ですか?」
「そうじゃないけど! 言うことが、甘い……!」
 なおもううとうめく少女は、顔を赤らめぶんぶんと頭をふる。
 ぶんぶんと振って、もう!と声を上げた。
「私が喜んでどうするの!? 私もテル君を喜ばせたいのに!」
「何度も言いますが。本当に喜んでいますよ」
 彼女がどう思おうと、彼の言葉は穏やかだ。
 本当に穏やか、というよりは。浮かれた心地を押さえるために穏やかだ。
 深刻な顔で告げられるその言葉は、どう聞いても愛の告白。
 愛の告白と気づいていないのは、なにやら一生懸命の目の前の彼女だけなのだから。
「…そうだ!」
 しばし頬を膨らませていたアプクピが、ぱん、と手をうつ。
 そのまま笑顔で差し出すのは、スプーンですくったムース。
「アプさん、これは」
 スプーンを差し出すその姿は、俗にいう、「はいあーん」
 アプクピの望み通り、わりと乙女ちっくな光景だ。
 光景なのだけれども。
「とってもおいしいから! テル君も食べると一発で嬉しくなるよ!」
 にっこりと笑った彼女に他意はないのだろう、きっと。
「だから、はい、テル君!」
 かわいく見せたいとか、乙女チックだからとか、恋人らしいからとか、そんなものは、きっと。
 おそらくあっている想像を胸に、テルは赤くなった頬を崩す。
「…いただきます」
 胸をじんわりと温める感覚に従い、彼は柔らかく笑い口を開ける。
 自分が作ったはずのムースは、見知らぬなにかのように甘い。
 美味しいですね、と。漏れた素直な呟きに、アプエゲもまた、甘く笑った。



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