毎度おなじみ。某会員制カフェこと、なんでもありなカオスの巣窟。ドラゴンカフェ。
 とっぷりとくれた夜の空を背景に、二人の女は見つめあう。
「あのですよ羽堂さん」
「なんだいかなたん」
 かなたんが定着してしまったんだなあ。まあいいや。
 喉元まで出かかった言葉を飲み込み、かなたは笑う。笑顔でぐっと拳を握り、強い口調で主張する。
「ここは一つ路線の変更を求められている。
 今我々にはそんな風がふいてるですよ。びゅーびゅーと」
「びゅーびゅーとですか」
「ごおおお! ごおおお! と!」
 若草色の瞳にあるのは、ひどく真剣な色。
 なにやら変に熱く語るかなたに、羽堂は思う。
 なにをいいたいのかはともかく、なんだかオチが見えるな。と。
 その言葉をそっとしまいこんだ彼女は、赤い瞳を笑みの形に細めた。

もっと熱くなれよ!

 笑顔のままに続く言葉を待つ羽堂に、かなたはさらに言いつのる。
「ほら、今、新人さんきたでしょう? えっと、新人さんはいつもこないってわけじゃないですけど。最近珍しかったし。
 …それに、なんだか。羽堂さん仲好さそうにしてなかったですか?」
「それはどうでしょうねえ」
「なぜかうどーさんが変な感じの笑顔を浮かべているのでかなたは追及しません。
 …まあ、だから。ともかく。ここで新しい風!」
「風ですか。興味はありますね」
 主に目の前の友人がどんな感じに迷走しているのかについて。
 麗しのエルフが口にしなかった事実に気づかぬまま、かなたの表情が輝く。
 ぱああ、と。
 我が意を得たり、といわんばかりに。
「新しい人が来たなら! 観光マップも新しくしないとね!?」
 観光マップ、とは。
 以前かなたが町役場のバイト(黒子のバイトともいう)で作成を手伝っていたマップである。
 結界の異常やらなにやらでごたごたする今だからこそ、朝町の観光名所を見直そう。
 その目標を掲げ、羽堂は勿論町の住人に聞き込みを続けた結果―――主要な店と観光名所、目立つ龍などまでがあがったカオスなマップ。ある意味この町らしいマップである。
 そのマップの姿を脳裏に描き、かなたは力強く続けた。
「新しくするなら余計なものは消さないと! 新しく来たならほかにみるものいっぱいあるから!
 余計ですよね謎のショーとか謎のショーとか!」
「つまりカナリアンショーですね。わかります」
「わからない私聞こえないほらあくまで謎のショーだもん! 次の公演のセリフとか私が知るわけないんだ!」
 間髪入れずに放たれた言葉に嗚咽まじりに叫ぶかかなた。
 そのまま膝から崩れ落た挙句椅子から落ちた彼女を見つめ、羽堂は口を開く。
「ねえねえかなたんや」
「かなたんの乱用はやめましょう」
「じゃあカナリアン?」
「それは私じゃない!」
 吠えて元気に顔を上げた魔法戦士少女(に扮する予定を三日後に控えたトレジャーハンター)
 なにやらいっぱいいっぱいの彼女の肩を、羽堂はぽんとたたく。
「まあまあかなたさん。あのですね」
「…なんですかあ」
 なだめるような、とても柔らかい口調にも、かなたの眼差しは変わらない。
 不審とか絶望っぽいものを煮詰めたような―――どこか違う業界ならば『あたしって、ほんとバカ』とか文字がつけられそうな眼差し。
「かなたさんは」
 どろどろとしたそれを受け止めて、羽堂の眼差しは真剣だ。
 真剣で、真摯で。ふざけた様のまったく見られないすんだ眼差し。
「なんでわざわざ墓穴を掘るの?」
 まったく揺らがないその眼に、かなたは再びつっぷした。
 返事がない。ただのしかばねのようだ。
 否、まったく屍ではないからこそ、羽堂は椅子を立ち彼女の方へと歩む。
「かなたん、かなたん、かなかなたん」
「節をつけて歌わないで下さいよ」
 うつむいたまま床になつくかたわらで膝をおって、羽堂はにっこり笑う。
 もしも彼女の灰色の愛龍が見たならば、無茶ブリまえの笑顔だとでも表しそうな。イイ笑顔だ。
 ゆるゆると顔を上げたかなたとしても、胸がざわつく笑顔だった。
「そもそもなんで私に言うんですか。例の観光マップの作成のバイトをしていたのはかなたさん。
 自分で勝手に消してしまえばいいのにねえ」
「いいのにお馬鹿さんねえみたいなにいわんといてくださいですよ。黒子さんたちが駄目っていうんだからしかたないでしょう。私はやとわれ使い捨て。いわば底辺さ!」
「かなたさんは変なことにハイテンションになりますよね」
「うんどこかの誰かとかが変なこと言うからだよ!?」
 なにやら元気などを取り戻した彼女に、変なことなどを言うこともある彼女が手を上げる。
 まあまあ、というように。
「話を戻しますと、黒子に決定権があるなら、ならますます私に言っても無駄でしょう」
「え、私の主張は流れる流れ?」
「わいろは無限じゃないよ?」
「からの今明かされる衝撃の真実!?
 なにその袖の下に握らせて何かをゴリ押しました的発言!?」
「ともかく、なんでですか」
「え? えー…ああ…そうでした…………だってさあ。黒子さんが。削除したいなら、意見出した人が取り下げるならあるいは、って」
「なにをいってるんですか。かなたさん。
 こんな面白いもの私が削除すると思うの?」
 依然として素晴らしい笑顔のままの即答に、かなたも笑う。
 ふ、ふふ。と。
 壊れたようにと頭につきそうな笑声をこぼし、うつろな口調で呟く。
「…そうだね羽堂さんはそういう人だね…私わかってた………ああ……なんて素敵な笑顔だろう…」
「私は自爆しちゃうかなたんが素敵だと思ってるよ」
「いじられキャラとしてでしょう!?」
「そこまでわかってるのにどうしてこうなっちゃうんでしょうねえ。かなたんは」
「私に聞かないで! もしくは取り消して! ショーを取り消してえええ!」
「悩むかなたさんにここで一つ応援の言葉を授けましょう」
「私がほしいのは『そうだねやめようね』です」
「いやいや。『もっと熱くなれよ』」
「………目頭は! もう! 常にあついよ!」
 三度床につっぷしたかなたに、羽堂は今度は何も言わない。
 そういう反応してるからますますですよ。と。
 さらに彼女が床にとろけそうな言葉を飲み込み、その肩を優しくたたいた。



back