「風矢さん。こんにちは」
 言葉とともに頭を下げる姿に心が和む。
 ―――いや彼女が頭を上げようと下げようと横向こうと心は和む。
 口から電波な言葉垂れ流している時は、まあ例外。
 けれど、今。
 何も言わない彼女に、ほんの少し言葉を迷う。
 ある日、待ち合わせた小町さんは。
 なんかふりふりしてたから。

褒めてないから ―私は善人ではないからね byピオニアに関連―

 歩きながら横を見ると、見慣れぬフリルがふわふわ踊る。
 陽の光を受け、キレイの映える。
「私の顔になにかついていますか」
「いえ。顔にはなにも」
 足を止めぬまま、にっこりと答える。
 強いて言うなら可愛い目とか鼻とかついています、とでも言おうかと思ったが、やめる。
 なんだかちょっと機嫌がよさそうな彼女をからかうのはちょっと。
 ちょっともったいない気がするから。
「イメチェンですか?」
 目の前の彼女のいつもの巫女服―――と言い難い巫女服の裾のあたりを指して聞いてみる。
 軽く刺した裾以外にも、上着のあちらこちらにレースがもられたその姿。
 やたらファンシーになった僕の恋人は、ふるふると首を振る。
「出会いの妙なのです」
「…ああ。誰かにやってもらったんですね」
「これも大宇宙の意思です」
「やっぱりそこに行きつくんですね君」
 どんな可愛い恰好になっても揺らがないな。
 いやかわいいカッコくらいで揺らがれたら僕の立場がないかもしれない。
 …それに、まあ。それでもいいのだから。しかたない。
 何度繰り返したかわからない結論に苦笑する前に、彼女が首を傾げる。
「このような恰好もたまにはかわいらしいでしょう」
 首を傾げて、真顔で問いかけられる。
 確かに、かわいい。彼女の言う通り、その服はかわいい。
 ただえさえ目立つ衣装が余計カオスにといいたいところなのに、かわいい。
 ただえさえ目立つ衣装がそんなんになると、心が狭い身としては心穏やかでもないが――喜んでいるんだろうしな。これ。
 …彼女は色々と変なものが大好きだが、レースだのフリルだの女の子女の子したものが嫌いというわけではないようだし。
 …誰かさんの影響かもしれないよな、なんて。小奇麗で日傘の似合うどっかの炎龍が浮かんだりする。
 ――――まったくまあ、本当に。色々と複雑なところなので。
 そんなことを聞かれると、僕の答えは一つだ。
「ええ。とても。かわいらしいですよ」
「腕の良い職人さんです。新しくお店を構えたとのこと。風矢さんのところのご主人にも教えるべきなのでしょうか」
「まあ、腕が良い人なら、うちの主人にも縁があるでしょうね。むしろ知ってるかも…いえ。どちらにせよそのうち無理やり連行されているに違いありません。ぴーぴー泣きながら。
 だからそんなことはどうでもいいんですよ」
 立ち止まり道の端による僕に、彼女は特に疑問を持った風でもなく続く。
 のんびりとした歩調にゆれる、ふわふわした見慣れぬレース。
 彼女を飾るそれは、確かにかわいいという形容詞が似合うものなのだろうけれども。
「可愛いですよ。小町さんが。とても」
 笑って告げた言葉に、彼女は一度大きく瞬いて。
 例のごとくいつもよりふりふりした袖で、ぱっと口許を隠す。
「お上手ですね」
「お世辞にしないでくださいよ。本当にそう思っているというのに」
 困ったような様子に、わざとすねたように言ってみた。
 するとますます困ったように視線がさまよって、覆われたままの口許にため息の気配なんて感じたりするけれども。
「…私を喜ばせるのがお上手です」
 ようよう吐き出された言葉に、とてもとても満たされた。
「それは嬉しい」
 君が喜んで僕が嬉しくてそれはとてもいい関係ではないですかね。
 冗談めかした本音に、小さくうなづく彼女は、今日もとてもかわいかった。


 ―――そんな、街中で甘ったるいやり取りがあったあとのこと。

 68番地にて、咲良が庭を見やれば、赤い傘。
 パラソルの下で優雅なお茶会を開催する炎龍に歩み寄り、彼女は笑う。
「火乃香。お茶まだある?」
「あら。わざわざそんなことを聞くなんて、水臭いわ。咲良ちゃんのお願いなら新しいものをいれるくらいお安いごようです」
 主催者の向かいの椅子に腰を下ろす咲良は、内心で首を傾げる。
 いつも通りにキレイな笑顔で、いつも通りにかわいらしく嘆くようなポーズをつけて。
 甘い、かわいいといった形容詞の似合う雰囲気で席を進める火乃香に、おかしなところはなにもない。
 なにもないが。
「……機嫌いいな?」
「いいえ? 胸やけがするからお茶で喉を潤していたところです。
 買い物をしてきて喉が渇いたところですしね」
 答える言葉はそっけないが、浮かんだ笑顔は、どこか悪巧みでもしているようなそれ。
 こぽこぽと優しい音を立てて注がれる紅茶を受け取った咲良は、少しその意味を考え―――ああ、と小さくうなづく。
「小町は出かけてるみたいだな」
「ええ。そのようですね」
 本当は。
 咲良は小町の動向など知る由もないが、言ってみた。
 おそらく、今。彼女が家にいるのか否か把握している火乃香は一転してふぅとため息をつく。
「ねぇ。咲良ちゃん」
「なに?」
「別にどうでもいいことなのですが、少々予想外だったのですよ。予想外というよりは、予想以上です」
「うん」
「彼は小町にべたぼれです」
「前から言ってたな」
 というか、さっきまでぼかしてたのにストレートだな。
 軽いつっこみに意を介さず、火乃香は続ける。
「めろんめろんです」
「前も言ったが、言い直す意味は何なんだ」
 怪訝そうな咲良に構わず、彼女は続ける。
 ため息交じりに、しかし軽やかに。
「以前からそう思っていましたが、あれはもうダメですね。ダメダメです」
「……それはよかった、のか?」
「さあ。それは私の手は及ばぬ範囲のお話ですね」
 白いカップで口許を隠し、火乃香はくすり、と笑う。
 優雅なその仕草に、咲良はそうか、とだけ返した。



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