トンネルを抜けるとそこは雪国であった
情緒があり、ほんの一瞬に風情を感じさせ、
たった一言で状況を想像させる。
そして、英訳が非常に難しい有名な一文だ。

いま、その言葉を借りたくはないが、
状況を一言で答えよう。

窓を開けると……そこは更地だった。



『夢オチを希望します』


何を言っているかわからない。と言うか、何が起こったのかわからない。
更地と言っても、別に核戦争などが起こって街全体がなくなっているなど、そういったことではない。
立ち並ぶ家と、町は普段と変わらず。
空を悠々と飛ぶ竜と、どこかで戦闘でも起こっているのか剣戟の音がするその程度の平和な朝。

だが覚えている限り、昨日とは一点だけ、致命的な差があることに気づく。


この126番地。平和なこの家に起こった、たった一件。
それは、隣の家…125番地の境界を定める126番地の土壁…強固なそれが、一切合切の姿をなくしているという点だ。

ぎゅうっと頬を摘んでみる。

痛い…最近色々な効果で更に上がっている筋力が、頬の痛みをダイレクトに頭に伝えてくれる。
…つまり、夢じゃない、この状況。ほんとに笑えない……

と言うか、もうひとつ笑えない事実……そう、お隣は、125番地。
表通りの裏通りを地で行くかのパンドラボックス「イソレナ」の家だ。
そう、そのはずだ…。


だが、なぜ見えるのが、2件向こうの空き地、124番地なのだろうか?


2階の窓から見える、その非常識な景色に呆然として…

次の瞬間、下の回から響いたみしみしっと言う音とともに、唐突に視界が揺れ、床から足が離れる。
一瞬の浮遊感。
そして、ズゴンッという音。
「うわあっ」
咄嗟に取った受け身と共に床を転がる。
音の後に訪れる静寂。いや、一部何か耳障りな、石か何かを削る音は聞こえる。
「な、なに?何が起こってるの?」
そう言いつつ、かなたは再度窓の外を見て絶句する。
さっきまでの視界と違う。そう、ちょうど『1階層分』下になったような視界。
「かなたぁ!」
悲鳴のような声とともにドアが開く。いや、蹴破られたように吹き飛ぶ。
飛び込んでくるのは慌てたメーと、メーにしがみつく涙目の磨智。
磨智は、パクパクと口を開いているが言葉になっていない。
混乱の表情のメーが、それでも、その一言を、紡いだ。

「アプ、エゲが!」

そして、その次の瞬間、目を見開いたメーの姿と、嫌な予感を感じて、目の前に向かって跳躍する。
メーを右手に磨智を左手に捕まえると勢いのまま廊下に転がり出る。
ここ数回のイソレナさんに付き合わされた培ってしまった「生死」の感覚。
渾身のジャンプは2人を巻き込んで扉から飛び出し…

ゴロゴロと転がって見えた扉の向こうで、部屋が丸ごと『消失』する瞬間を見た。

痛む身体に鞭打って、転がりながら立ち上がると、
ただただ何も言わず、痛みの走った右手を離し、必死に右手を振る。
感覚のある左手を自分にグッと引き寄せて廊下を走りだす。

頭のなかはパニックだ。

ここにいない、緋那とベムがどうなってるかなんてわからない。
いや、きっとあの2人なら大丈夫だ。うん、きっと、きっと大丈夫だ。
そうに、そうに決まってる。

ばきぎぎぎっという嫌な音が真後ろから聞こえる。
何が起こっている音なのか、振り向いて確認したい。
だが、その振り向いた瞬間、真っ暗闇なんていう状況はかんべんして欲しい。
ただただそれだけの感覚で、そんなに長くない廊下を疾走する。

ああ、おかしいな、こんな長かったっけ?廊下の一番端の部屋。
さっきの自分の部屋とは、逆側につながる窓がある風矢の部屋を目指して…
廊下の先にある、その扉を目指して…

ノブを掴む。音は直ぐ後ろ。
ノブを回して…


ガチャッ


そして、致命的な音がした。
頭が真っ白になる。
そうだ、ああ見えてしっかりしているあの子のことだ。
外に出かける前に、自分の部屋に鍵がかかればカギをかける。
留守中、見られて困るものがないと思っても、何となくの性質だ。
集団行動中、守れる空間は守るための処置を行う。
そう、それは当たり前の、当たり前すぎる行動だ。
もう一度グッと回して、扉に肩をぶつけるが、扉はびくともしない。

そして、真横で響いたバギィッという音につられて真横を向いた。
そこに、真っ黒な、ものが存在シタ。
飲み込まれているのは家のカケラ…
見える柱のカケラには、大黒柱につけていた見覚えのある傷が見える。
暗闇の身近に粉砕された愛用の机の天板が見える。
あの奥にほんのすこし見える木片は、部屋にあった棚のカケラだろうか。
そして……真っ白に伸びる鋭い柱ニ引っかかってイル、見覚エノアル、姿。

アア…ソウイエバ両手デ2人ヲ掴ンデイタノニ、ドウシテ、「ノブヲ回ス」何テデキタンダロウ?
ノブヲ回スタメニハ、手ヲ使ウシカ無イ。

私ハ人間。手ハ2本シカ無イ。



右手ニ掴ンデタ、最初ノ愛龍ハ、ドコ?



そんな疑問すら、何でもないかのように、

昏イ暗イ闇ガ…降オリテキタ








「うわああああああああああ!」
飛び起きた。心臓がドキドキどころか破裂しそうだ。
つい先日、心臓を殴り飛ばされたことすら生ぬるく思うぐらいに鼓動を感じる。
カーテンに遮られた陽の光が、既に朝だということを告げている。
さっきのような暗さは一切ない。
汗だくになりつつ、ふうううう、ふううううと深呼吸。

ここはいつもの部屋。変わらない部屋の姿。
部屋の角を通る大黒柱。剣の練習中につけてしまった傷もそこにある。
愛用の机。少し年季が入り始め、お気にいり度合いが増してきたその天板も変わりない。
服を入れている棚は、普通に無事だ。

はぁあっと漏れるため息。
状況は判明。
ベットから立ち上がり、126番地の主人、かなたはカーテンに手をかけ……






突然ではあるが、ある実験の話を出してこの物語を終えよう。
1935年オーストリア人で、量子力学の理論を提唱した人間がいる。
彼の名はエルヴァン・シュレーティンガー。
理論の名前は「シュレーティンガーの猫」。

さて、今回…箱に閉じ込められた猫は…だれ?



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