肉と野菜とその他の食材を詰め込んだ紙袋を抱え込み、家路を急ぐ。昨日仕込んだハムが食べごろのはずだから、ハムのサラダを作ろうかしら。そして、ゆで汁でスープ作ろう。たっぷりの野菜と、スパイスを効かせたスープにしよう。まだ夜は冷えるから、それがいい。今夜も美味しく食べてくれるといいのだけど。家で仕事をしているであろうマスターの顔を思い浮かべ、ベルは弾むように家路を急ぐ。そんなことを考えていたから、彼女は気付くのが遅れてしまったのだ。前を歩く、小さな影。時は既に遅く、ベルが止めようとした身体は慣性の法則に従って動き続ける。そして、金色が銀色を巻き込んで、地面へと倒れた。
「いったぁ……。大丈夫、ですか……?」
先ほど目の前にいた銀色はどこに、辺りを探す。右にも左にも、前にもいない。後ろへいるはずもないから、あとひとつは。
「クッションのお陰で大丈夫でした。あなたこそお怪我はありませんか」
平坦な声でベルを案じる声が、下から聞こえた。下と言っても、ちょうどそれは胸に備わった双球の間で。ベルはあわてて身体を離し、ぺこり頭を下げる。
「ごごごごめんなさい!」
恥ずかしいやら情けないやらで顔が染まる。それを知ってか知らずか、銀色の少女はのそりと身体を起こし、あたりに散らばった野菜を拾い始めた。ベルもすぐに、その後を追う。全ての野菜を拾い上げ、にんじんをベルに渡しつつ、銀の少女が口を開く。
「こうしてワタシと貴女がぶつかったのも、大宇宙の意志の思し召しなのです」
はぁ、と間の抜けた返事と共ににんじんを受け取り、袋へ戻す。その間に立ち去ろうとした銀の少女、その服にかぎさぎが出来ているのを、ベルは見逃さなかった。
「あの、服が、破れてます……!」
声を聞いた少女が、くるり振り返りベルを見る。そして自分の服を見て、破れた箇所をそろりと撫でる。
「べつに、これくらいなら自分で直せますので」
再び踵を返し、去ろうとする少女の手をベルは掴む。少女の顔が、再びこちらを向く。その顔にはほんのりと驚愕の色が滲んでいた。対照的にベルの瞳はキラリと輝く。そうして、有無を言わさぬ強さで、少女に告げた。
「是非!うちに来て下さい!」
■ ■ ■
そうして、銀の少女――小町という名だと帰り道で聞いた、はベルと共にキッチンに立っていた。何もしなくても良いと言われたが、夕飯をいただくのに何もせずいるのは、と思い手伝いを申し出たのだ。そんな小町は、先ほどの袴ではなく、袖の無いワンピースにケープを羽織っている。帰ってすぐに、ベルのマスターが服を見て、何も言わずに代わりの服を持ってきたのだ。そして、小町に渡しながら、不敵な笑みを向けた。
「さっきの服だけれど、わたしに任せていただける?」
小町は、少し間をおいてこくりと頷いたのだった。
針が布を叩く音と、包丁が食材を切る音が部屋へと響く。小町がハムを切りつつ、ベルをちらりと見る。
「仕立屋、だったんですね」
「ええ、だから家にお招きしました」
あれは招いたというよりは、拉致のようなものだったような、と小町は考え、次に渡されたきゅうりを切り始める。ベルはスープの味見をして、胡椒を足した。くるくるとお玉でかき混ぜながら、鼻歌を歌っている。
「仕立屋というからにはお代は」
「もちろん、いりませんよ」
「……あなたはいい人ですね?」
その聞き方はなかなかおもしろいなぁと、ベルは笑みをこぼす。その質問であれば、私はこう答えましょう。
「いいえ、私は善人ではないですから、たっぷりとお代は頂きましたよ?」
ベルは、輝くような笑顔を小町へと向けたのだった。
■ ■ ■
ピオニアがリビングへ、小町の服を持ってきたのは、ちょうど二人の夕食が終わったころだった。ころころと笑うベルと、静かな顔で口を拭う小町。対照的な二人だとピオニアは思っていたが、思った他、晩餐は楽しかったらしい。もちろん、ピオニアがベルを見た限り、であるが。
「えーと、小町さん、でしたっけ」
こくり、と銀の髪が揺れる。いつの間にかベルが机の上を片付けており、空いたスペースにピオニアが服を広げる。赤と白の巫女服は、かぎさぎなどわからなかった。腕は確かだったらしい。しかし、小町はそこでは無く、全体を見て言葉を発することをしなかった。
巫女服の裾や、上半身の合わせに控えめとは言いがたい量のレースが取り付けられていたのだ。
しばらく、口を開くことなくその服を見ていた小町であった。時計の長針が、かちりと動くほどの時間の後、
「それが大宇宙の意思であれば」
と、小さく零した。
■ ■ ■
数日後、小町は町を歩いていた。その身体を包むのは、以前あの仕立屋で直して、いや改造された巫女服。あの風龍に見せたらどんな顔をするのであろうか、と気になったから着ているのであって、決してこの服が気に入ったわけではない、そう、決して。そんなことを考えていたから、どこか雰囲気がいつもより明るかったのかもしれない。しかし、自分へ話しかけてくる人が、しかもそれが、自分のあまり知らない人であったことは、少なからず驚くべきことであった。
「その服は、どこで?」
見知らぬ彼女の問いかけに、小町はあの、メイベルドーとの会話を思い出す。
ああ、お代とはそういうことでしたか。確かに、彼女は善人ではなかった。それは、こういうこと。
あの、輝いた緑の瞳を思い出し、小町は店の場所を、見知らぬ人へ教えたのだった。