木々のおいしげる森の中、青年と少女が歩く。
 日が落ちて、薄暗さを増す森の中、さまよう二人の目的は―――特にない。
 見渡せば、木々と星たち。片手にはかたわらをいく者の手のひら。
 思いあう男女は、それだけでわりと幸せなのである。

 ―――けれど。
 ぴたりと足をとめた少女に、青年はうっすらと苦笑した。

嘘ですがなにか?

 なにもない空間をじっと見つめ立ち止まった少女は、青年に向き直る。そのまま形の良い唇が開き、何事かを告げようとし、
「なにかあるのは分かりましたから。気が済むまでどうぞ?」
 先回りして告げられた言葉に、コクリとうなづく。
 なにごとかうんちくを語るために開かれた唇は、きゅっとむすばれ、すぐにほどける。
   なにも見えない、夜の森。
 そこにそっと祈りの言葉をささげ始める少女を、青年は複雑な面持ちで見つめていた。

 ―――その、しばし後。
「お待たせいたしました」
「…もう、いいんですか?」
 なにをしていたのかとは聞かない青年に、少女は再度コクリとうなづく。
「終わりましたから」
「…そうなんですか」
 短く答えた青年は、その眉をぐっとよせ、唇を引き結ぶ。世間一般でいえば拗ねたような顔と称される表情。
 けれど少々世間ずれした少女はこくりと首をかしげ、まじめな口調で問いかける。
「風矢さん私なにかよろしくないことをしたでしょうか」
「…いえ。そうではなく」
「ではよろしくなくとも風矢さんが悲しむようなことをしたのでしょうか」
「…………い、いえ。…そうでもありませんよ」
 うろうろと目を泳がせて、気まずげに答える青年。  どう見ても本心ではないその言葉に、少女はしょんぼりと肩を落とす。
 ―――傍目から見て、物静かな印象にさして揺らぎが見えずとも。青年にはしょんぼりとされたことが、とてもよくわかった。
 いや僕はそんな顔をさせたいわけではなく。ただちょっと見えないモノと仲良くされることに対し、嫉妬を。
 素直にそう説明すれば、きっと彼女は納得する。
 彼女は納得するが、彼は落ち込む。
 彼は、男女問わず嫉妬は醜いものだと思っている。それを好きな少女に見せるのは、格好がつかないと思う。だから。だけど。しかし。
 自分をじっと見つめてくる視線に、彼は数度そう繰り返す。その結果。
「………その、待っている間………てつだえなくてつまらないなと思っただけですので。君が気にすることはないですよ」
 付き合いたての彼女に告げるのは、嘘ではない言葉。
 嘘ではなく、本心のすべてを告げているわけでもない言葉。
 しかし、少女はぱちぱちと瞬きをし、そうですか、と呟く。
「風矢さんは本当にお優しいのですね」
「そりゃあ、好きな子には優しくしたい年頃ですので」
 ほのかな笑みと共に告げられた言葉に、青年はにこりと答える。
 優しいと称されるたび、どこか感じる後ろめたさには慣れた。慣れたというよりは、開き直った。ああそうだ。優しくしよう。せっかく甘やかしてもいい立場に収まったのだから、彼女のことは、嘘偽りなく存分に。
 それで周り、特に長い長い片思いをこじらせる友人とかがなにやらもだえていても、彼には関係ないことである。
 内心しみじみとうなづいたその時、がさりと茂みがなる。
 振りむく二人の先には、黒衣の青年と、着物姿の少女。
「ああ。すみません。デートの邪魔をしてしまいましたか?」
「…乾さん」
 と、シワコさん。
 己の主人の友人でもある神父とその契約竜をそう呼んで、彼はにっこりと笑う。
「そんな、気にしないでくださいよ。そりゃデートですけど。みられただけで腹立てるほど心せまくありませんよ。私」
 朗らかな口調で今度こそ本心を語る彼の目線が、つついっと動く。
 困ったような神父の顔から、その手元。彼のもつかぼちゃ。
 ―――そういえば、そろそろあれを飾ってトリックだのトリートだのと主張する祭りがあった気がする。それにしても気が早い人だ。
 そんな彼の内心を察したわけではないが、神父はああ、とうなづく。
「この時期は色々とでますから。あかりはもっておかないと。
 いえ。こんな話を風矢さんと小町さんにするまでもないかもしれませんけどねぇ」
 穏やかな語調で告げられた言葉に、青年の眉が再びよる。ほんの少し。例のごとく拗ねた角度に。
 いうべき言葉を探す彼に、神父は続ける。熱のこもった、楽しげな口調で。
「この時期はそういう時期ですから。ある国々ではこの世ならぬ世界の門が開くとされています。
 この町でも『そう』かは分かりませんが、興味はありますね。実際に開いたとしたらどのような光景なのか。あるいは見えずとも感じることができるのか…
 ということで、形だけでも祝ってみた次第で……」
 わくわくとロマンらしいものを語る彼の言葉が、ぴたりと止まる。
 一瞬、ものすごく悔しげな顔をされた気がした。
 けれど目の前の風竜はにこにこと笑顔をくずさないまま、
「詳しいですね。さすが本業」
 礼儀正しすぎる言葉と、礼儀正しく礼を残し、恋人と共に町の方へと戻っていく。
 その手がしっかり握り合われていることが愛とかいうものなのかなあ、と思いもするが、それ以上に。
「……シワコ。俺またなにかした?」
「いいえ?
 しかし、男心は複雑というやろなぁ」
「…男心?」
 意味ありげにくすくす笑う闇竜と、首をかしげる神官が一人。
 片手にもたれたかぼちゃが、ぼんやりと闇を照らしていた。



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