朝色の町、東の森の奥深く。
失われし剣があるという───
リアルRPG
「森って東でしたっけ?」
明日の午後、森の方に探索に出かけようと思うんですよ。パッチーさんとかなたさんと、あと一人誰か誘って、四人くらいで。
世間話でそんなことをふと言ったイソレナに、恋人が語り始めた話が、冒頭のこれである。
「南だったかもしれませんけど。雰囲気で適当に言いました」
話の半ば、ふと気になってツッコむイソレナに、亜理紗は特に悪びれた様子もなくそう言った。エルフの癖に…いや、種族は関係ないかもしれないが、羽堂亜理紗には方向感覚が無い。本当にびっくりするくらい無い。某愛すべき地龍が辟易するくらいに無い、と言えば余程なのが解るだろうか。
と強調してみたが、今回はこのエルフの方向感覚が主題というわけでは無い。それは置いといて話を続けよう。
「で、なんでしたっけ。もりのなかのうしなわれしつるぎ?冒険者の遺品ですか?」
「めっちゃ現実的な回答ありがとうございます」
「だってこの辺に聖王とかいなさそうだし」
聖王とまで行かなくても、君主とか領主とかいたら、この町絶対にこんな風(良くも悪くも)にはなってないだろうし。
さすがに、岩に突き刺さった剣を抜いたら次の王になれるとか勇者になれるとか、そんな与太話を信じる程、イソレナは子供では無かった。そもそも、そういうものを信じるような子供時代があったのかどうかもよく覚えていない。
「まあ実際、聖王の剣とかではないです。昔、私が作ったものなので」
「亜理紗さんが?」
「です。駆け出しの頃に」
こくり、と頷く亜理紗。
今はエルフとして悠々自適…を通り越して自堕落な日々を送っている羽堂だが、その昔は鍛冶屋として、それなりに忙しく働いていた。
金属全般、その中でも特に鉄を嫌う筈のエルフが鍛冶屋に就いていることについて誰もツッコまなかったのかと今になると思うが、何分訳ありの人々が集う町だから、それくらいは些事としてスルーされたのであろう。もしくは、エルフが人の前から姿を消してウン年、エルフの生態の記憶というのも人々の頭から薄れたということだろうか。
とにかく、皆がツッコまないのをいいことに、亜理紗は鍛冶屋として稼ぐだけ稼ぎ、今はちゃっかり隠居生活を送っている。要領が悪い癖に変な所で抜け目がないというか、そういう女である。
「それで、その剣がどうかしました?」
戦利品を入れる鞄が一杯になったが、すぐに売り払いには行けない。ので、価値の低いアイテムをその場に投棄して探索を続ける。余り褒められたことではないがよくある話だし、誰にだって覚えがある筈だ。だが、こうして唐突にその剣の話を始めるということは、どうでもいいものだったという訳ではなさそうだ。そう察して、イソレナは話の先を促す。亜理紗はもう一度、こくりと頷いた。
「実は、つい最近まで忘れてたんですけどね。咲良の背中を見てたら不意に思い出したんですよ。多分誰も回収してないと思うんですけど、もしもそうなら回収しなきゃいけないなって」
「咲良さんの背中と剣の繋がりがよくわからないんですが」
「お味噌汁を作る背中でした」
「すごく興味無いです」
というか、料理を作る従者の背中をずっと見詰めてるってどうなんだ。ラブラブか。龍の癖に。
心の中で咲良にかなりどうでもいい事に関する矛先を向けつつ、イソレナは首を傾げた。
「なにかいい効果がついてたりしたんですか?」
「鍛冶屋にそのスキルは無いです。素の状態の剣です」
「じゃあ、材料が高価だったとか」
「駆け出しの鍛冶屋にそんなお金ないですよ。そうだったとしても、高価なだけじゃ今の私にはそこまで響かないですね」
羽堂邸は、朝町有数の大富豪の家である。家主が余りにも庶民的なので忘れがちだが。
「…なぞなぞやってるんじゃないんですから、さくっと教えてくださいよ」
「…そうですね、『さく』っとね」
「?」
「まず、無くした経緯の話なんですが」
亜理紗は何処か遠い目をしながら話を続ける。
「メティー…いや、父親の方だったかな?…いややっぱりメティーだ。メティーに乗せてもらって飛んでた時、うっかり手を滑らせて、落としちゃったんですよ。森の中に」
「剣を?」
「剣を」
「飛んでる龍の背中から?」
「飛んでる龍の背中から」
「結構な高度でしょ。折れるか曲がるかしてるんじゃないですか」
「だといいんですけど」
「折れてるでしょう」
「で、なんでそんなことを忘れてたのかというと、多分直後にメティーにしこたま、えっぐいくらい怒られたんで、無意識に記憶を封印してたんでしょうね。メティーに封印された記憶が咲良の背中で蘇った。なんで今なのかって疑問はあるんですけど、まああれからずっと色々あったんで、特に理由はないんだと思います。…長さはこれくらい。ちょっと短めですね。柄を入れたらもう少し長い。鍔は付けませんでした。面白かったので」
イソレナの断定に亜理紗ははっきりと答えず、すっ、と、手と手を肩幅くらいの広さに拡げて見せた。
「特徴を聞くと、剣っていうか、ドスっぽいですね?」
「ドスっていうのはよく解らないですけど」
面白いから鍔を付けなかった、の意味を図りかねつつも、イソレナは首を傾げる。
この町にも伝わっているが、極東の国の武器である刀の一種だと説明すると、「両刃なので」と返された。
「…それで?」
「メティーになんで怒られたかなんですけどね。落とした剣が、メティーの肩…人型でいうと鎖骨の下辺り。を、貫通したからです」
「!?」
イソレナが町に来た時、68番地の炎龍は既に火乃香の代だった。火乃香の父であるメティーを、イソレナは見たことがない。
だが、火乃香の龍としての姿は知っているし、見たことがある。そして、話に聞いたことがある。火乃香の父親の龍体は、『火乃香より更に一回り以上大きかった』と。その巨体で悠々と空を飛ぶ姿は『圧巻』の一言だったとかなんとか。
その超巨大龍の肩を、その短めの剣が、自重のみで『貫通した』と。それは並大抵の話ではない。
普通ならば鍔で止まるから、龍形態から考えると『ちくっ』くらいで済んだのだろうが、鍔が無いからどこまでもどこまでも沈んで行ってしまったのである。
背に主人を乗せていて下手な行動のとれない時に、背中から発生した謎の超激痛が体の中を通過して鎖骨の下辺りから飛び出ていくのを想像してみるとよろしい。
「貫通したから怪我が浅くて済んだ、というのはあるんですけど。中に残った方が厄介じゃないですか、ああいうの。まあでも、穴開いたは開いたんで。龍だから怪我自体は数日で治ったんですけど、人型だと肩に血が滲んだガーゼはっつけて、包帯巻いてで、見た目痛々しかったですね。メティーが家の外でも薄着で過ごしてたのあの数日だけかも」
傷が小さくても、深度があればそりゃ痛いもんは痛い。人間が、例えば鎖骨の辺りから背中まで針を貫通させられて痛くないかと言われるとそんな訳ないように。
その姿を見た、のちに彼の妻になる雌龍が、『おいたわしいけど包帯萌え!!』と叫んで鼻血を吹いたとか吹かなかったとか、そういう話は置いておく。
女子って(女子に限るのかどうかは解らないが)なんかよくわからないけど、包帯とか眼帯とかに妙な色気を感じる時期ってあるよね。異論は認める。
因みに裏切り者に一歩届かない方の雌龍は腹抱えて笑っていたらしい。さもありなん。
「いやまあ、仕上がり後試し斬りしようとしたら、斬るどころか触れるだけで音もなくすーって行っちゃうし。地面に向かって落としたら、何、流砂?っていうくらいずぶずぶ沈んで行って、深い所で大きな岩に刺さって止まったんですけど、咲良…当時は違う名前だったけど、咲良に頼んで掘り返してもらわなきゃいけなかったし」
「それ見た上で鍔をつけなかったんですかい、貴女は…」
「だって面白いでしょう?」
そりゃまあ、面白いけれども。しれっと言いすぎである、この紫エルフ。
火乃香の父親が、主人の記憶がなくなるほど激怒するのも解ろうというものだ。いや、失敗の記憶をなくしていいのかという説もあるが、別に意図的にやった訳でも無く、亜理紗の心の方が勝手に防御反応をしいたのであろう。
「さすがに危なすぎて、この町でも流通不可と。面白いんでしばらくコレクションして誰かに見せびらかしてから潰そうと思ってたんですけど、その前に失くしちゃったんですよね」
「…危機管理…いやまあ、だいぶ前のことを言っても仕方ないか…でも、そんなんなら、その高さから落とせば、大分地下の方に潜り込んでしまっているのでは…」
「まあ、さすがに森の中に一点だけ光の注ぐ広場があって、そこに都合よく設置された台座に刺さってるとかは思ってませんけども。ロールプレイングゲームじゃあるまいし」
亜理紗は、いつかやった、テーブルを囲んでやるタイプのゲームを思い出しながら言った。
既存のシナリオを基に、多面体のダイスを転がして行動やその成否を決めるのである。カフェの面々の間で一瞬流行ったのだが、『町での出来事の方がよっぽど刺激的だ』という理由で廃れた。
有志が『朝色の町の住人でも楽しめる刺激的なRPGを』というコンセプトで何か作成しているというが、いつになることやら。
「ところでその剣、原材料はなんだったんですか。その頃、腕は、なんていうか、駆け出しだったんでしょ?」
「地龍の鱗です」
「…………」
「地龍の鱗です」
「…………」
「痛い痛い」
頬をぐいんと引っ張られて、羽堂は無表情に言った。
「…話が大体繋がりましたよ…」
「以上、『さく』っとした説明でした」
「そこ重ねなくていいです…」
「因みに私と契約してる龍の鱗なんで、魔術的な干渉が効いて、それでなんとかなったんですけど、加工自体むちゃくちゃ大変でした」
「でしょうね!」
そこ苦労するくらいなら普通に腕を上げる努力をすればいいのに。
いや、腕を上げたからこそ、後に『名匠』と呼ばれるまでにはなるのだが。なんというか、方向音痴は知っていたが努力の方向まで若干おかしい。
それでこそ羽堂亜理紗という気はするのだが、納得していいのか悪いのか。
「なんかの原則で、『素材の同じものは素材の同じもので切れる』みたいなのを思い出しまして。紙を高速回転させれば樹が切れる、みたいな奴です」
「地龍で作った剣は地龍を斬れる…?」
「多分。ヒトが地龍を武器使って斬ろうと思ったらあれくらい必要なんですね。試す機会はないですがとても参考になりましたです」
軽く言うが、地龍殺しの剣とは、魔術世界、いや全世界的に見て、恐らく結構なレベルのアーティファクトである。
そんなものを駆け出しの鍛冶屋が生み出すとは、朝色の町恐るべし…で、いいのだろうか。
その顛末も含めて、朝色の町らしいというか。
「まあ、目的地は森なんで、探してはみますけど。期待しないでくださいよ」
「してませんけどね。言うように、地面の奥深くな可能性の方が高いですから。もし見つけたら、持って帰ってくれたら無事でもそうでなくても100万、肉眼で損壊を確認してくれたら50万くらいまでは出しますよ。グループで、ですけど。四人、でしたよね?」
「さすがに出しすぎじゃないですか?割っても結構な額ですけど」
大国の首都で働くエリートの年収くらいの額である。
眉を顰めるイソレナに、羽堂は無表情のまま言った。
「…地龍の鱗を玉鋼にして、炎龍の炎で熱を入れ、水龍の水で冷まして、エルフが魔術干渉かけながらこつこつ造った剣が、高位炎龍の生き血を浴びてるんですよ」
「ヤバいですね。了解しました」
元々の能力以上に、魔術触媒的な価値まで発生してしまっている。
イソレナは魔術には全く詳しくなかったが、なんとなくヤバいことを悟ってこくこくと頷いた。
「という訳で皆の衆。探しに行きましょう、伝説の勇者のドスを」
「ドス?」
エルフの出した、秘宝回収の依頼。
町の為に皆の為に、四人はパーティを組んで、深い森の奥へと進んでいく。
さて、そこで一同を待ち受けるものとは───。
「これって本当に、リアルRPG」
その後、彼らの行方を知る者は、誰もいなk「殺すな」
続くか続かないかは、解らない。
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