近頃、68番地の地龍が綺麗になったという。
乾いた頬に桜
「あいつ、元々不細工じゃないだろう」
腕を組み、しばらく考えてから、緋那はそう言った。
コメントが控えめなのは咲良に対して何か思うことがある…という訳では勿論無く、会えばそこそこ会話はするが特別仲がいい訳でもないという立場から出る遠慮のようなものだ。そんな気軽に美醜判定をしていいものか、みたいな。緋那は時々こういう謎の気遣いを見せる。
「いやまあそうだけどさ。そういうんじゃなくてなんかこう…わかる?」
「ろくろを回してるようにしか見えない」
「んもーっ」
にこにこ、にやにや、にまにま…そんな感じの笑顔を浮かべながら両手をわしゃわしゃ動かす磨智に、無情なツッコミ。
違う違う、とぶんぶん首を横に振る磨智は、それでもなんだか楽しそうだ。
「そうじゃなくて…こうさ。こう、色?艶?みたいな?滲み出る、みたいな?」
「…………」
「あの噂のこともあったけど、結局嘘だったらしいけど、ね?やっぱり何か…ね?って?」
「…磨智」
「なに?」
「…身内の身内の身内は身内、理論で本人に突撃するんじゃないぞ。プライベートの中でもかなり秘匿レベルの高い分野だぞ、それ」
「しないよぉ。だからこうして緋那ちゃんに言ってるんじゃない」
さすがに色々と察して忠告する友人に、磨智は笑いながらひらひら手を振った。
因みに『身内の身内の身内は身内』にルビを振るなら、『身内(ふうや)の身内(こまち)の身内(さくら)は身内(ともだち)』になる。そろそろ『身内』の字がゲシュタルト崩壊しそうだ。『内』って構えの中に何も書かないんだっけ。不安だ。
ところで緋那の言いようでは磨智と咲良の間に何も伝手がないかのようだが、実際のところ長い付き合いではある。例のカフェなどでもよく顔を合わせるし、同属性のよしみというかなんというかで、そこそこ話し込んで間を持たせることができるだけの好感度はある。ただ、『主人の付き合い』以外で個人的に会ったことはない。確か大昔に『地龍の女子同士仲良くしたまえよ』というようなことをお互いのマスターたちに言われたこともあったような気がするのだが、お互いにそれぞれのコミュニティ(磨智はメー、咲良は太陽や123番地のポコス)で何か動きがあればやはりそちらに掛かり切りになってしまうので、『会えば楽しく会話ができる』以上の何かにはならなかった。
それでも『友達』といえば『友達』とはいえるのだろうが、こちらで勝手に『友達』と言い切ってしまうと向こうに迷惑がかかるんじゃないかなー、どうなのかなー、みたいな。そんな微妙な距離感なのである。
取り敢えず緋那の言う通り、こういう話題で突っ込んで行ってはいけない間柄ではある。乙女回路満載搭載、噂話大好き恋愛話ならもっと好き、女子を絵に描いたような女子と言われる(言ったのは主に68番地のマスター)磨智にだって勿論そのくらいの良識はある。緋那としては『友達』と言い切れる仲でもやめておけよと言いたいところなのだが、今回そこに言及すると話がややこしくなる為やめておこう。
「私相手とは言っても…」
「いいなー、って正直思うんだよねー」
続いて何か言おうとする緋那を遮るように、磨智は言った。
力の抜けたような笑顔を浮かべながら、ぽふ、とソファの背もたれに倒れ込む。そのままころんと転がってソファの上でうずくまってしまった。
言いかけた言葉を引っ込める緋那。
「いいなーっていうか、何の差なんだろうなーって。恋をすると綺麗になるーって、人間のことわざ?慣用句?お約束?だけどさ、龍ってたまにものすごい変化する子もいるじゃない。子供みたいだったのにあっという間に大人になっちゃったり、昔だとミルク君とか、今だとアプエゲ君?すごいよねあれ。ていうか風矢君とか…メー君だってさ。当たり前みたいに背、伸びちゃって」
かっこよくなったけどさー、うー、と微妙に惚気を混ぜてくるのも忘れない。
「風矢のあれは恋をしたからっていうか、見栄な気もするけどな…」
恋した相手が高身長だった為、それに合わせるというか、張り合う形で伸びたというか。まあ、それも恋をした為というか。
「私だって何も変わってないわけじゃないよ。ないんだよ。ないけどさー、不公平っていうか、…悲しいって訳じゃないんだけど、…本当何が違うんだろう、うー…」
「…………」
「…うー」
緋那は何も言わず、穏やかに、磨智の丸っこい頭をぽんぽんと撫でる。
磨智はうずくまったまま緋那ににじり寄り、彼女の膝にぐりぐりと頭を擦り付けた。
「…………」
離れた場所。
扉のすぐ傍に、壁に張り付く青年が一人。
少し前、部屋に入ろうとして…部屋の中で女子二人が、自分が入っていくには少々問題のある話をしていることに気付いて。
では引き返そうかとしたところで、どうも話の内容が無視して去れるタイプのことではないらしいのに気づいて。磨智が泣いていないのだけは確認し、それは良かったと胸を撫で下ろしたものの、そのまま去ることもできず、結果足を留めて…盗み聞きをしたわけではないのだが…いや結果的に盗み聞きか、盗み聞きだよなこれ。唐突に猛烈な罪悪感が湧いてくる。
というか…
「…お、」
「お前は元から充分可愛いんだよって言ってくれば?」
ぼそりと背後から呟かれて跳び上がりそうになる。
振り返ると、かなたが妙な…本当に、妙ーーーーー…な笑顔を浮かべて立っていた。
お前。いつから。ていうかなんだいきなり。具体的だな、セリフが。
様々な言葉を脳内によぎらせつつも、飛び出しかけた心臓を落ち着かせることを優先したメー。
かなたはそれ以上何も言うことなく、くるりと踵を返す。
メーは思わず声を荒げかけ…慌てて手で口を押え、ちらりと部屋の中の方を窺って、主人の後を追った。
春も近い、穏やかな日の出来事である。