「目立つの嫌いなんです」

 立てばM202A1 FLASH、座ればレミントンM870、歩く姿はUZI。
 ――うん。なんだ今のモノローグは。
 ニウロ自身よくわからない知識が不意に頭を駆け巡った。
 隣を歩く男は――いや俺だって一緒に歩いているつもりはない――成り行きでそうなった男はそんな感じだった。確か123番地の水龍、名をダニと言ったか。
 ニウロはひとつため息をついて、ダニに対して言い放つ。

「……だから。俺としては作業着は間に合っている」

 言いながら彼は目ざとく道の端に落ちたパンを拾い上げる。そもそも落ちているものをそうほいほい食べていいのかという感じがするが、実際問題はないし、そして他に手段もない。腹は減っているが口には入れない。だいたい10個拾えば1つくらいニウロのご飯になるが、今日拾ったのはまだ3つ目だ。
 それもこれもこの男がよくわからん絡み方をしてくるからである。

「いや、断固エプロンだ」

 いやその確信めいた瞳はいったいなんなんだ。ぐっと握りこぶしを作ってそう言う彼はフリッフリのエプロンである。どう見ても人並みの五倍くらい隆起した大胸筋がそこまでパッツパツになっていないあたり、これはおそらく特注である。「なんなら決闘でもして勝った方が正しいってことでもいいんだぞ」とでもいう雰囲気だが、もう色んな意味で物理的には勝てそうにない。年季も違うがなんかこう、なんか……うん。多分勝てない。屈辱的だがニウロは認めざるを得なかった。
 しかし物量筋肉に圧されてはいそうですかと頷くニウロでもない。

「いや。下に着ている服の袖口が汚れない点で割烹着の方が俺は好みなんだ」
「お前の服七分丈じゃなかったか」
「…………うん、まあ、そうだが」

 いやまあごもっともである。ニウロの服は七分丈であり袖が濡れないとか死ぬほどどうでもいい話である。そんなビシャビシャに水を跳ねさせることはない。
 そんな問答をするニウロはたまたまだが掃除の途中で出てきたので割烹着姿だった。特にフリフリはしていないのだが機能性に長けている。彼はダニに対し、『こんな革ジャンの上からフリフリエプロン重ねるような変な恰好の男と歩いていたら悪目立ちする』と思っていたが、ニウロ自身も結構外出用の恰好ではない感じである。

「……とにかく、俺はエプロン的には間に合ってる。もうそろそろ俺に構うのはやめ――」

 てくれ、と続けようとした言葉が、グゥ、という腹の音にかき消された。誰と問われなくても発信源はわかっている。自分だ。
 ニウロの主は物凄い腹ペコ屋としてこの数日でそこそこの悪名を広めているが、その主やどこぞの風龍に並び立つほどでないにしても彼自身結構な腹ペコ屋だ。というか食べられるのであればそれこそ乃亜と遜色なく無限に食べるような胃袋をしているのだが、謎の献身的な性格がその腹ペコを理性で抑えつけているのである。無限に求め無限に喰らわんとする二人とはかなりわけが違う。
 最近では結構隣の地龍なんかに哀れまれだして施しを受けることもあるが、乃亜が腹ペコの時に自分だけ腹いっぱいになることはできないのである。いや乃亜が腹ペコじゃない時はほぼないに等しいし受けられる施しでニウロは腹いっぱいどころか腹二分目にも達さないくらいなのだがそれはともかく。
 今日はそろそろその理性で抑えつけられる限界ギリギリに達さんとしていた。別に殺されて死んでもいいし主が望むなら子を成して死ぬのでもいいが空腹で死ぬのは勘弁願いたい。先に拾ったパンをかじろうかと思ったが。

「……。腹が減っていたのか」

 そうだ、今俺はこの男と一緒にいるのだった。溢れる食欲を羞恥心によって復活した理性で押しとどめる。

「ああ。うん。だからくだらない論争は終わりにさせてくれ」

 一度自覚した空腹は結構激しくニウロの精神を苛む。きっと今は笑って壁も食えるはず。――なんて。脳内で節をつけてみたりして。普段は天然なりに真面目なニウロの精神はけっこう壊れ始めていた。
 しかしダニはそう言われてむしろニウロの腕を掴んだ。怪訝な顔をするニウロに対して、軽く無視のレベルで「ん?」と首を傾げてから、数拍の沈黙の後によっこらしょといった感じで腰を折られる。俵である。

「よっこらしょ」
「よっこらしょじゃないッ!」

 ニウロが叫んだ時にはダニはひとっとび、いや振りほどこうにもこの上腕二頭筋である。ニウロも別になんだかんだガリガリなわけではないがこれは叶わないというもので。空腹と突然の浮遊感に空っぽの胃の中が出ていきそうになって気持ち悪さのあまりニウロは一瞬失神した。
 気が付けばそこはどこぞのキッチン、ご丁寧にニウロは椅子に座らされていて、そこら中からいい香りがした。ワーイごはんだ〜。などと愉快なことをニウロは考えない。ばっと匂いのもとを辿れば、悪夢のようにデカい男がキッチンでふんふん鼻歌を歌いながらお料理真っ最中である。
 はてな。ここはどこだったか。空腹と匂いで混濁した記憶を辿る。ああなるほどこいつに連れてこられたのか。…………。

「フリフリエプロンのために拉致監禁!?」
「違うッ!」
「助けて警察官!! 筋肉ダルマに襲われてるの!!」
「ターゲットはあいつだ、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ!」

 ニウロが放った謎テンションの言葉にドアを開けてズザーッと現れるよくわからない男。ヒラヒラと白衣がはためいた。

「やや兄サマや、そろそろご飯できます? 今日はちょっとお早いっていうかオヤツの時間ですけどオヤツにしてはがっつりご飯」
「これはあいつの分だ」

 片手で大きな鍋を振りながら空いた手でダニはニウロを指さした。

「一人分? 多くないデス?」
「まあ余ったらおにぎりにしてあいつの主人のところに持っていけばいい」

 そう言いながら作られているのは十人前ほどもありそうなチャーハンである。はたしてパラパラ美味しいチャーハンがおにぎりとしてまとまるか甚だ疑問だが、まあ為せば成るものである。多分パラパラしていた方が美味しいが。
 ほどなくしてニウロの前に大皿に乗せられたチャーハンが出された。

「ほら」

 どうぞ。とダニが言う前にチャーハンが消えた。

「この光景見たことある。知ってる。これ知ってる」

 ダニは咄嗟に周囲を見たが、この炎龍の主人はここにはいなかった。

「美味かった、礼を言う。……なんだ、何か落としたのか?」

 ニウロは席を立って机の下を覗き込むなどして、「何もないぞ」と言った。

「……。いや。うん。疲れてたのかな。それとも憑かれてたのかな」
「チャーハンか? ……ああ、主のぶんを残すのを忘れていたな……」
「た、食べたのか?」

 ダニが問うとニウロは珍しくサワヤカに笑顔を浮かべた。

「美味かったぞ」

 それを見てダニも何故かこの場にいる太陽も何かを思い出した。数日前に訪れたというか襲来したというかな彼の主。いやというか完全にデジャヴ。皿に盛られるまで我慢できたあたりは主より上等か。それでも。

「……ああ、そうだった。うちの主が前にお前に世話になったことがあったんだったな。すまなかった」

 きちんと礼をするあたりニウロはそろそろ彼視点では理性を取り戻していた。しかしまだまだ状況把握が追い付かない二人である。

「…………頂きますくらいは言ったらどうだ」
「長兄そこ? ツッコミどころはそこ?」
「そうだな、すまない空腹で忘れていた。事後報告だが頂きました」
「ちゃんと手を合わせて」
「頂きました」

 ナムナム、と素直に手を合わせるニウロにダニは満足気である。それでいいのか長兄。小さい子には甘いダニも別に小さくないニウロには容赦ないはずなのだ、容赦ないが微妙にズレている。太陽は気が付いた、軽率に入ってきたけどここ、自分以外ツッコミのような顔をしたボケしかいない。本来滅多に訪れないはずの最終兵器太陽がはじまってしまう。

「実を言う123番地はもうだめです。突然こんなこと言ってごめんなもし」
「どこが駄目なんだどこが」
「イタイイタイ」

 ダニは片手で太陽を持ち上げながらフーとため息をついた。

「不本意だが仮を作ってしまった。このままではウッカリ朝町初の餓死をやるところだった。ありがとう」
「ふむ。じゃあその見返りといってはなんだが」
「エプロンは着ないぞ!?」

 それとこれとは話は別だ、とニウロは自らの身をかき抱いた。その時気が付いた。着ていたはずの割烹着がない。

「フ……そう言われると思ってお前の割烹着は奪っておいた」
「クソッまさか俺に飯を食わせたのもそれ目当てで!?」

 いや多分それはなんやかんや面倒見のいい長兄が放っておけなかっただけだと思う。思うが話題のわりに妙に邪悪な笑みを浮かべたダニに太陽はその言葉を飲み込む。
 そしてダニは少し離れた位置に置いてあったミシンにかけられていた白い服をばっと広げる。

「お前が寝ているうちにやっておいたぞ」

 その割烹着は形こそ違わないがフリッフリになっていた。あと裾にはうさちゃんの刺繍もバッチリ入っている。

「ウ、ウワアアアア!? 俺の一張羅が!?」

 ニウロが気を失っていた時間は大して長くなかったというのに一体いつの間に終わらせたのか。

「お前の割烹着愛は認めるがやはり作業着はこうでなくては」
「こ、これで外を出歩いたらすっごい目立つじゃないか!? 俺はなるべく主の陰で地味〜に暮らしたいんだ!」
「いや割烹着で出歩かなかったらいいんじゃないです!?」

 太陽のツッコミもむなしくしばらく押し問答は続いたが、結局ニウロはフリッフリの割烹着をしぶしぶ持って帰ることとなった。

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