大きな鏡台の前に座る少年は、胸のうちで問いかける。
―――なんでこんなことになったんだっけ。
鏡の中の自分に問いかけても、答えない。
それでもアランは繰り返す。
―――なんで…なんで…どうして!
「あらアラン。オレンジも似合うのね」
なぜ鏡の向こうの自分は姉により頬紅などをはたかれているというのか。
うなだれるアランにふってくるのは、ころころと笑う声だけだった。
たった二文字が言えない
瞼に淡い色で濃淡をつけて、目じりにもほんのりと明るい色を落とす。
唇には紅を刷いて、頬にオレンジ色で彩って。
様々な明るい色でデコレーションされたアランの目は、とても暗い。
周囲の声は反して明るい。
彼の双子の姉と主人がきゃいきゃいと嬌声を上げている。
―――そもそも、どうしてこうなったのか。
その答えはシンプルだった。
『なんで私だけなんですか! 他も辱めればいいじゃない! ノリノリの人じゃなくて、もっとこう!
照れそうなのを誰かれ構わず恥ずかしい格好にすればいいじゃない! いいじゃない! いいじゃない!』
匿名希望魔法(使わない)少女の叫びのせいだ。
その場に言あわせたアランをびしっと指さし涙目で叫んだ色々なものがギリギリな少女の叫びで、主人がその気になったのが原因だ。
なお、叫びの主は、アランがカツラを被ったあたりで別室に連行された。
黒髪長髪清楚系ルックに身を包まされた彼に、ポッと頬を染め「GJ!」とか叫んだ彼女は「じゃあその恩に報いなきゃね!」とかいわれながらずるずると引っ張られていった。
ドナドナドーナードナナー♪と楽しそうに歌う彼女の契約龍と、どっちにしろ――――!とか断末魔の悲鳴を上げていた彼女はまだ戻ってきていない。
今までの衣装合わせのことを考えるとしばらく戻ってこないのだろう。戻ってきても止めてはくれまい。アランはそうして諦めている。
だから、それはいい。
そんなことよりわが身の行方を心配しなければならないし、なぜ、と思う。
なぜ言えないのか。『よせ』とその二文字が。
いそいそと奥の衣裳部屋へとなにかを取りに行く主にはぜひ言うべきだろう一言が、なぜ。
「うん、似合うと思ったけどやっぱり似合うわね。
可愛いわよ、アラン」
「可愛くてどうするんだよ」
カツラの長髪にかわいらしい花飾りを飾るトゥエルヴに向け、ぐるりと振り向いてアラン。
不満げな目線をものともせずに、彼女はにこりと笑う。
「舞台に出ればいいじゃない」
「出ないよ」
「せっかくいい出来なのに」
「嫌なものは嫌だろう、だからって…」
げんなりと呟く弟に、姉はそう、と唇を尖らせる。
その表情のまま、ぺたりと頬に触れてくる。
「でもアランの肌、化粧のノリがいいわね。若さ?」
「エル姉も同じだろ」
「それはそうだけど。それでもよ」
くすくすと笑いながら触れてくる手に、アランは軽く首をすくめる。くすぐったがるかのように。
するとトゥエルヴはますます楽しそうに笑って、ぺたぺたと触れてくる。
「やっぱりいいできだし、もっとにっこりしたらいいじゃない」
「それは嫌だ」
「かわいいのに」
「かわいいのが必要ならエル姉が出れば十分だろ」
「またそんな。おねーちゃんを口説いてどうするの?」
「口説くって…」
いじわるげな笑顔に変わった姉に、弟はぐっと言葉に詰まる。
勿論そんなつもりはない。
そんなつもりはないし、気づいてしまった。
この姉の笑顔は、そこそこに良く目にしている。
目にしているが、それでも。さきほどの顔は違う。
アランに化粧を施す時の、先ほどの顔は、やけに無邪気で、楽し気で。
まるで、お絵かきを楽しむ幼い少女のようだった。
だから、止めかねた。
―――彼女が本当の意味で『幼い少女』だったころを、彼は知らないが。
そんな風に見えてしまって、止めるのがいたたまれなくなったからだ。
「アラン?」
複雑な表情で黙り込んだ少年に、怪訝そうな声がかかる。
鏡の中で、彼の顔と並んだ姉の顔は、良く似ている。同じ顔が四つと評されるほどに。
今は化粧などをしているから、余計に似ている。
それでも。
それでも色々なものが違うし―――
「……別に、なんでもないけど。この格好で本番はでないから」
強くいいながらも、アランは思う。
よく似ているけど、まったく違う顔。
その顔が、どんな表情をのせていても、なんとなく弱い。
しみじみと自覚させられた事実に、彼は小さくため息をついた。