06.そら
アシャン姉様のお部屋で、二人でお茶をしていた時の事。
ドン、という大きな音と地響きが響いた。
「何っ!?」
音のした方を確認しようと、アシャン姉様と一緒に部屋から飛び出す。
廊下の窓から音の方を確認すると、離れた所からモクモクと煙が上がっていた。
「もしかして、あの煙……アニスちゃんのお家の方じゃ」
アシャン姉様が真っ青な顔で煙の方を指さす。さあっと自分の血が引く音を聞いた気がした。
カタカタと手が震える。一体何があったんだろう。また何が起きたのだろう。
「アニスちゃん、大丈夫?」
アシャン姉様が心配そうに此方を見つめ、そっと背を撫でてくれる。その暖かさにようやく我にかえった。
ぎゅう、とアシャン姉様に一度抱きついて「ありがとう、姉様」と伝えて体を離す。
意識を切り替え、羽織っていた上着を脱ぐと意識を集中させて仕舞っていた羽根を取り出す。
「アシャン姉様、ちょっとあっちの様子見てくるね」
からりと窓を開け、窓枠に足をかけ思い切り蹴って空へと舞い上がる。
「ちょ、アニスちゃん!? 靴どうするのー!?」
「後で取りに行くからおいといてー」
アシャン姉様の言葉に返事しながら、煙の方に向かって青い青い空を泳いだ。
***
うららかな午後の昼下がり。愛するチョコレートと美味しいお茶を飲むと言う幸せな時間を満喫していた時のことだった。
唐突にドン、という大きな音と地響き、そして天井から破壊音が聞こえた。
「な、何っ!?」
何事かと思って慌てて外に出て見ると、信じられない光景が広がっていた。
思わず目をこすって何度も見直すが、どうやら現実らしい。
信じがたい事に、家の屋根に黒い人らしきものが頭からささっていた。
とりあえずあの状態を放置するのも問題なので、屋根の上に上がらなくては。
納戸から梯子を取ってきて、屋根の上によじ登り、その人の傍に行く。
「もしもーし、生きてますかー?」
黒い人っぽいものの背中を叩いてみる。へんじがない。ただのしかばねのようだ。
暫く考えた後、その両肩を思い切り掴んで引っ張って強制的に屋根から頭を外させる事にした。
「ぃよいしょっ!」
ばき、と更に屋根が破損した音が聞こえたが気にしない。気にしたら泣きたくなるから気にしない。
なんとか頭が屋根から外れる。ようやく見られた顔は、それはそれは良く見知った顔だった。
「あ、アラン君!?」
思わず大きな声を上げてしまう。真夜さん家のアラン君が一体なぜこんな所にささっているのだろう。
「アラン君! アラン君! しっかりして!!」
肩を軽く揺らしながら声をかける。声に反応したのか、うっすらと目を開く。震える手を空へと伸ばしながら掠れた声で言った。
「……トンカチが……空を」
「はい?」
トンカチ? とんかちって金槌? 釘などを打ち込むのに使うアレの事?
こちらの混乱をよそに、呟きは続く。
「早く……追わないと……」
其処まで言ってぱたり、とアラン君の手が落ち、また意識を失った。
「ちょ、まってアラン君! 金槌に一体なのがあったの!? アラン君ーーー!」
今度は手加減抜きで肩をがっくんがっくん揺さぶりながら叫ぶように名を呼び続けた。
***
床に寝ころび、ぼんやりと空を眺める。夏の空は青さが深い気がする。
わたあめを思い出すふわふわとした雲。水蒸気の塊だとは分かっていても美味しそうだと思う。物語で雲に乗っているおさるさんが出てきていたけど、子供の頃あれにも憧れたっけ。
どんよりとした灰色の雲じゃなくて良かった。あの雲なら雷や雨は連れてこない。
風も湿度を含んでいないし、今日は大丈夫だろう。
もし雨が降ってしまったら大変な事になる。だって…………部屋の天井が無くなったから。
「真夜姉っ」
壊れた扉を蹴破ってアレスが飛び込んできた。
何とか首を動かしてそちらを見る。アレスはこちらの姿を見て眉間に皺を寄せ、超回復を発動させる。
……いっそ誰かに止め差してもらってから上級復活の諸使ってもらった方が楽なんだけどな、と考えるけれど口にはしない。
正確には、口にできない。理由は簡単、気管を火傷して凄く痛いから。ああ、あのタイミングで思い切り息を吸ったのはまずかった。
久々に調合を失敗して爆発を起こしてしまった、ただそれだけの事なのだけれど。いつもよりちょっとだけ規模が大きかったのは確かだ。
幸い迎撃用防具を身につけた状態なので、露出していた手足部分が焼けるように(というか実際焼けてる間違いなく)痛いことと、爆風に吹っ飛ばされて打ちつけた体がズキズキ痛む位で済んでいる。防御力合計120超えは伊達じゃないらしい。
アレスの手が右の手の甲に翳されると、焼けつくような痛みが徐々に引いていく。
少しすると、痛くて動かせなかった手が自分の意思で動かせるようになった。少し皮膚がひきつれてはいるけれど問題なく動く。
左手、両足、と順番に治していき、見える範囲の怪我が粗方治った所で、ようやくアレスの眉間から皺が取れた。
治った手を伸ばし、アレスの袖を引く。
「なに?」
心配そうに顔を覗き込んでくるアレスの春空色の目を見つめ、喉を指さし口をゆっくり動かす。
直ぐ分かってくれたようで、喉に手をかざし超回復をかけてくれる。直ぐに呼吸が楽になった。
「ありがと、もう大丈夫」
些か掠れてはいたけれど、無事声が出た。
上体を起こし、ごほごほと何度か咳払いをして「あー」と声を出してみる。もう喉の痛みも違和感も殆どない。
立ち上がり腕をまわしてみるが、怪我も綺麗に治っていて痛む所は殆どない。超回復の反動で体はだるいけれど動けないほどではない。
超回復便利だなぁ……と両手を見ながらしみじみしていると、ぽん、と肩を叩かれた。
「で、何があったの?」
にこにこ、とアレスが詰めよってきた。
「アレス、近い。怖い」
「そりゃあ怒ってるから」
にこにこにこ、と両肩をがっしり掴まれる。
「昼寝したらいきなり家の一部が爆発して、その中心に契約者が居るって知った時の驚きが分かる?」
「ごめんなさい」
にこにこにこにこ、と笑顔で文句を言うアレスに素直に謝る。
アニスは結構感情的に叫んでくれるけど、アレスは静かに伝えてくるのでこれはこれでやりにくい。
「全くもう。心臓に悪いから勘弁して欲しいよ。
で、この爆発の原因は?」
「ああ、それは、ちょ「店主ーーーー!?」
アレスに説明しようとしたら上から声が降ってきた。
何事かと上を見上げたら、綺麗に吹っ飛んだ天井の穴からアニスが降ってくる。
慌てて両手を伸ばして抱きとめる。すとん、と狙い澄ましたように腕の中に落ちてくる姿はとても可愛い。はいそこ、契約者のひいき眼とか言うな。
同じく両手を出していたアレスが微妙な表情を浮かべながら手を引いているのは見なかった事にする。
ふと彼女のつま先を見て、靴下である事に気がつく。
「あれ、アニス靴どうしたの?」
「アシャン姉様のお家に預かってもらって……じゃなくて!!
何で屋根が無いの!?」
がし、と襟首を掴まれてがくがくとゆすられる。何とかアニスを落とさない堪えながら言葉をかえす。
「爆風で吹っ飛んだから」
「なんで爆風なんておきたの!?」
がくがく、と揺さぶられるスピードが上がった。あ、頭がシェイクされる。
「アニス姉、あんまりやると落とされるよ?」
アレスにたしなめられてようやく揺さぶる手が止まる。
「で、本当に何があったの?」
アニスが眦を釣り上げて「怒ってるよ!」と一生懸命アピールしながら聞いてくる。
「調合に失敗して火薬が暴発しましたごめんなさいたいいたい」
事実を一息で簡潔に伝えたら頬を思い切り引っ張られた。痛い。
「店主のおドジッ! ドジっ娘!」
「ドジっ娘は年齢制限あるからそれだけは否定するっ…っていひゃい、りょうほほはいひゃい」
涙目のアニスに両頬同時に引っ張られてまともに喋れなくなる。
「アレヒュ、わりゃってないれろめれ」
「自業自得じゃないか」
けらけら、と笑いながらアレスは止めることをせずに見て居る。くそう。
ひとしきり引っ張って落ちついたのか、アニスはぱっと手を離すと、少し悲しげな顔で此方の髪に触れてくる。
アニスの指を目で追えば、チリチリに焦げた髪の毛が見えた。ああ、後で適当に切らなければ。
「所で、なんで火薬なんて扱ってたの?」
「それは、はな「真夜さん、一体何があったんですか!?」
説明をしようとしたら、蹴破られた扉からぱたぱたとかなた様がアランと一緒に入ってきた。帽子に「何事!?」と書いてあるのを見てちょっと和む。
「いやまあちょっと久々に色々やったらうっかり爆発させてしまいました済みません」
あはは、と笑って頭をかく。髪のさわり心地が凄くごわごわで、きっと愉快な髪型になってるんだろうなぁとか考えたら少し悲しくなってきた。
「かなり凄い音がしましたけど、お怪我とかは大丈夫でしたか?」
「はい、お陰さまで。痛い所は殆ど治してもらいましたから」
アニスを抱えたままぴょんぴょん、と跳ねて体が動く事を示すと、かなた様の心配そうな表情がホッとした物に変った。
「爆発って、何をしてらしたんですか?」
「打ち上げ花火の作成をしていたんです。
役場から、許可出すから花火作って欲しいって要請がありまして。
なんでも花火大会をしたいとか言っていました」
そういう事なら、と安請け合いをしたのだけれど、一年以上のブランクを考慮していなかったのは拙かったようだ。
「で、花火を暴発させたと」
「いえす、ざっつらいと」
「ちょっと待ってください真夜さん本当に大丈夫ですか!?」
淡々と指摘して来たアランに笑顔で正解、と返したら、かなた様が真っ蒼な顔で聞いてくる。
「本当に大丈夫ですよ。色々根性で押さえこみましたから」
「……根性で?」
「ええ、根性で」
拙い、と思った瞬間、風と火と光の精霊を使って色々な反応を最小限に抑え込んだのだ。ただ、全くの反応なしにはできなかったので、その余波で屋根が吹っ飛んだりやけどしたりはしたのだけれど。
根性、という単語に不思議そうな表情を浮かべるが、かなた様はそれ以上は突っ込まずに納得をしてくれたようだった。
「本当にお騒がせしました。次は気をつけます本当に。
所で、屋根とか壁の破片がかなた様のお家まで吹っ飛んだりしませんでしたか?」
「いえ、破片とかは大丈夫でしたが……」
もごもご、と言いにくそうにしながらかなた様は教えてくれた。
「いやその、アラン君が我が家に落ちてきまして」
「……はい?」
ぐりん、とアランの方に首を向ける。
アランは上を指さし、むすっとした表情で言った。
「その時丁度あの屋根に居たんだよ」
「なんで?」
「お前が『最近屋根が痛んできている』って言うから確認してたんだよ!」
そういえばそんな事を言った気がする。すっかり忘れて居たけど。
「そしたら急に吹っ飛ばされて……死ぬかと思った。
気にいってたトンカチもどっか行ったし、散々だ」
「あーうん、アランガブジデヨカッタ」
「かなたさんの家の屋根は無事じゃなかったけどな」
「えっ!?」
ぐりん、と今度はかなた様の方を向く。
かなた様はゆっくりと口を開くと、悲しい事実を教えてくれた。
「結構大きな穴が開きました……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃ!
弁償します修理させてください」
凄く寂しそうな表情でかなた様が告げてくる事実に、即座に平謝りする。
「応急処置して来たから、あとは役場に連絡てくれ」
ぽん、とアランに肩を叩かれ、がっくりと肩を落とすしかなかった。
「家を壊しても、他の方のお宅を破壊したことが無かったのが自慢だったのに」
「破壊している時点で自慢になるか」
アランに冷静に突っ込まれ、涙目になる。仕方ないじゃないか家って消耗品だよ!
凹んでいたらかなた様が察して背を撫でて慰めてくれた。ううう、優しさが身にしみる。
「とりあえず、かなた様。一緒に役場までご足労戴いて宜しいでしょうか。
一緒に修繕申請出してしまいましょう。請求はこちらに来るように手続きしますから」
「はい。なんだか済みません」
「こちらこそ本っ当ーーに申し訳ないです。
アニスは、そろそろ靴取っておいで」
「はーい」
アニスに声をかければ、彼女は素直に腕を蹴ってまた空に向かって飛び込んで行った。
「アレスとアランは、他に被害ないかを確認お願い」
「「分かった」」
二人の声が綺麗にハモリ、蹴破られた扉をくぐって出て行った。
「それじゃあ、行きましょうか」
かなた様にそう声をかけたら、なぜか「大丈夫ですよー」とやさしく頭を撫でられた。
なんとか笑顔っぽい物を浮かべたつもりだったのですが、どうも違ったらしい。
「……ありがとうございます」
礼を言って、頭を撫でてくれた手を握る。
「さあ、役場までデートしませんか?」
にこり、と笑って手を取り誘えば、笑われたが振りほどかれる事は無かった。
それに調子に乗って手をつないだまま部屋を出る。一緒に歩いてくれている事が単純に嬉しい。
これから嫌な事が待っている(絶対に怒られる)けれど、何とか耐えられる……と思いたい。
かなた様と一緒に歩きながら、しみじみとそんな事を考えたのだった。
その後、被害状況の内容を知って本気で泣きそうになって暫くもどき狩りに没頭する事になったのは……、また別のお話し。