「ばんはー」
ぴるぴると手を振りつつ、毎度おなじみ会員制カフェの扉を開ける羽堂。
と、彼女の耳は奥の方から聞える微かな音を捉えた。
音、というより、声。どうやら聞き覚えのあるもの。それでも妙にこもっていて、内容まではわからない。
とてとてと歩いて、とびらをあける。なぜかどこからともなくドリンク完備だったりする部屋の中には、一人の先客。
「どなどなどーなーどななー。子牛がいーくのー」
なんでドナドナ。
微妙に歌詞が違う。
浮かんだ言葉を飲みこんで、羽堂は丸まった背中へつつうっと指すべらせる。
びくっと震えたかなたは、恨みがましい視線で友をみやった。
手をつないで
「なしていきなり背中をくすぐられるのか…!?」
「つついてほしそうな背中でしたから」
「どんな背中ですか。いい笑顔ですねマジで」
本当やたらといい笑顔です、羽堂さん。ああ、私の周りはいい笑顔が多いなあ。素晴らしいことだなあ。まったくもう。
「ところでどうして歌ってたんですか?」
まったくもー。と口に出すより早く、そんなことを聞かれる。
聞かれると、思い出す。
ぐんにゃりと視界が歪んで、胸の奥からこみあげるのは寂しさ。
寂しさというか、釈然としなさというか。とっても、切ない。
「そうでですよ聞いてくださいようー。聞いてくださいようどーさああん!」
こみ上げる気持ちのまま、がっしり手を握ってみた。
ぶんぶんとふられた。
なんかこう、せっせせーのよいよいよい☆って感じに。
「なぜふるのですか羽堂さん」
「手をつなぐといえばこれかと思いました」
「え、そうなの!?」
「ただ受けるかと思っただけですけど」
「うんそうだと思った!」
こっちを見る紅い瞳に、面白がるような色が見えますからね!
見るのだけど、まあいいや。いつものことだもの。
だから今度ふつふつとこみ上げるのは、叫びだ。
「ひどいんですよー! ひどいんだー! うちの緑ぃのがうどーさんちの白い子の所為でー!」
「小町の所為でふーや君がひどいんですね」
「ひーどーいーんーでーすー! 私はちょっと最近彼がマスターを人と思わないように気軽にばっさんばっさんとつっこみがてら叩いたりあげくふっ飛ばしたりするからあ! ちょっとだけ仕返しのつもりでー! 小町さんにお洋服を送っただけなのに! ふーやが好きだからって言って!」
「ほほう。ちなみにどのような?」
「露出があるような。…何よ絶対そういうのが好きなくせにー! 絶対好きなくせにー!『誤解されるようなこと言わないでください』ってそれは誤解じゃなくて黙ってほしいだけでしょうにー!」
「で、また飛ばされたんですね」
「ですよう第一磨智が作ったのに私だけとばされたあ! さーべーつ!もう心のBGMがドナドナですよ! 売られていく牛ですよ! 怖いところに売られていく牛ですよ誰も止めてくれないんだもん! 何よ皆バカップルでー! 全然私をかばってくれないんです羽堂さん! 羽堂さんうちの龍薄情で私悲しい!」
「…なんというか小町をかわいがってくださってありがたいですよ」
なんか何とも言えない顔でよしよしとなでられた。
…最近なでられぐせがついている気がする。
……いや。なでられぐせってなによ。
想うのだけど、なんだか今は心にしみる。心がささくれていたっぽい。
「うう…私もうあんなばかっぷるだらけな家にはいれないです…うどーさんちの子になる……うどーさんのお嫁さなる……」
なんだか妙に悲しくなってきて、口をつくのは最高に頭の悪い発言。
羽堂さんは笑う。…なんだか、ニヤリって感じに。
「それはイソレナさんに報告しなきゃいけませんねー」
「それはちょっと!」
思わず手を離して全力で叫ぶ。
いや、だって、ねえ。
口に出さないでも伝わったらしい言葉に、羽堂さんがぱたぱたと手をふった。
「そんな怯えなくても。いーたんは女の子のいちゃいちゃには寛大ですよ?」
「そりゃあ…そうじゃなきゃ羽堂さんにセクハラされている私そろそろ嫌われている頃でしょう…」
「セクハラだなんてそんな。弄ってオーラを感じるだけです」
「なんですかそれ!?」
そんなけがれのない眼差しで何を言っているんですか。意味が分かりません。
「出てるんですよ」
「出してませんよ!」
「カフェでかなたんにセーラー服を着てもらいたい。しかしスカートの短さを気にするかなたんにいつも半ズボンで足はでてますよとつっこみつつ慰めたい」
「そんな目で見られてたの!?っていうか唐突になに!?」
「かなたんなう!」
「なう!?」
ああもうなんかたまに羽堂さん遠い。私の友達、マッハで遠い。意味分からない。
その流れだと抱きしめて投げ飛ばされてしまう。
…いや、したいのはそういう話ではなく!
「って言うか私は、イソレナさんが怖いというわけではなく!」
怖いのは家の壁がいつか食い破られることだったけれど、最近はその心配もなく。
ただ―――…
「…二人とも好きだから二人に嫌われたくないじゃないですか」
別に本気で羽堂さんを取りたいなんて思っちゃあいないが。ちっとも思わないし二人とも本気にもしないだろうが。
どんな小さなことだって、理由になるかもと思ったら怖いじゃないか。
そういう言われ方をすると、ほんの少しそんなことを考えるじゃないか。
「ひどいかなたん私のことは遊びだったのねー」
「え、これいい話になる流れじゃないの!?」
私結構真剣に言ったのに。
言ったのに羽堂さんなんか楽しげ!?
「はっはっは。カフェに美談なんて言葉はないですよ? あるのはカオス。またはらぶ。」
「それはそうだけど!」
「それに楽しいは正義ですから」
「それはそうだけどー!」
「よく叫びますねかなたさん」
「叫ばずにいられるかあー!?」
なんだか妙に棒読みに言われて、思わず全力で叫んだ。喉痛い。
ちりちりと痛いそこを押さえている内に、玄関の方から声がする。一つではなく、たくさん。他のみなさんがきたのだろう。
ああ。
たぶん、今日もドラカフェの夜は長い。
「あ、いーたん。さっきー」
「うわあんだから言わないでー!」
「そうやってうろたえた方が怪しいと思いませんかかなたさん」
「怪しくない! 怪しくないけど―!」
いや。本当に長い夜になりそうだよね。
なんかアップを始めているイソレナさんにどう説明すべきか的な意味で!