朝色のまち、123番地。
絶えぬ喧騒やらなにやらで家ごと荒野にひっこんだ。そんな破天荒なその家の台所には、香ばしい香りが広がっていた。
ふわり、ぷつぷつ。
黄金色の表面が固まり始めるのを、注意深く観察すし、こてんところがす。
必要以上に泡をつぶさないように気をつけて、慎重に。
じゅうじゅう。
ひっくり返った卵の脇には、油をひいて、また新しい卵液を流し込む。同じようにくるくると巻いて、繰り返すこと数度。できあがったのは、厚焼き卵に、個性的なガラのエプロンをまとった青年は満足げに頷いた。
「ダニ兄さんの作る卵焼きはいつもおいしそうね」
その隣でしみじみとうなづく少女は、鼻孔に届いた香ばしい香りに頬をほころばせる。
けれど、形の良い唇はほんの少しだけ曲がり、なにやら不満を訴える。それが空腹からくるものではないと知っている青年は、そうか、とだけ頷いた。
「そんなにきれいなものではないがな」
「でも、おいしいもの。かなわないわ」
「慣れればすぐだろ」
「慣れてきたけど、兄さんにはかなわない気もするわ」
「兄冥利に尽きる話だな」
いやそれはどちらかといえば主婦冥利。
そんなことを口に出す他の家人のいないまま、青年の声は続く。
「けどまあ、エレ」
言葉と共に包丁をいれ、皿に盛りつける。
少し焦げめを交えてくるくるとまかれた薄黄色の断面を見せつける卵焼きは、もうすぐ帰宅してくるはずの他の家族の食事。
その出来栄えを確かめて、彼は続けて卵を手に取る。とてもとてもこれではたりないのだから、次は適当でもいいだろう。味はともかく、形の方は。自分のやくものは、それでいい。
「慣れたのなら、きっとすぐだろう。上達することなど」
そんな彼の視線の先、彼女の手のひらの上の皿。
ちょこんとおかれた綺麗な卵焼きは、整った形と、つやつやとした色を見せつけて。
たった一人のために焼かれたそれはきっと甘いのだろうと、兄は小さく苦笑した。