「太陽の光を浴びたら凶暴化する魔物が逃げ出しました」
「何それ!?」


01.おひさま


「というのはまあ嘘なのですが。昔、そういう映画がありましたね」
太陽は涼しい顔で言い、出されたレモンジュースを飲み干した。
「…壮絶な序文詐欺だな、お前」
「期待した人がいたらどうするんですか」
咲良と火乃香は一息つきながらも心底呆れた顔をする。
太陽はそんな二人の様子を眺め、何故か満足げににやにや笑った。
「なあに、その場合はその人が書けばよろしい。
 …と、めためたな発言をしていても仕方がないので、本題に移ります」
「ああ、そうして」
「私、席を外しましょうか?」
「おぅ、いぃえ。大丈夫ですよ火乃香さん。むしろいてください」
「…普通の柔らかな否定文の筈なのに、なんかノリノリに聞こえるのは何故だ」
いつも通りの太陽。咲良は難しい顔をして、むぅ、と唸る。火乃香はレモンジュースのお代わりを太陽のグラスに注ぎながらくすくすと笑った。
火乃香は太陽に限らず、パッチー邸の面々に対しては寛大である。彼女の性質を考えるに太陽やメフィストなどは『苦手』枠に振られてもおかしくな気がするのだが。案外、母の実家ということで身内フィルターが掛かっているのかもしれない。火乃香は基本的に身内に甘いのだ。解りやすい甘さになるか解りにくい甘さになるかは、その対象によるが。
「それは咲良さんが素敵な女性だからです。…それで、今日は折り入って頼みが」
「…なんかさらっとかわされた気がするが…何だ?」
微かに頬を染め、またくすくす笑い出した火乃香を肘の先で小突きながら、咲良は太陽の言葉の先を促す。
何か重要な話だろうというのは、彼が話し始める前から解っていた。そうでなければ、その辺で顔を合わせた時にでも言えばいい。わざわざ玄関を潜って『来訪者』としてやってきたということは、それでは済まない話だと言うことなのである。
太陽は一瞬咲良から視線を外し、溜息を吐いた。
「太陽の光を浴びたら凶暴化する植物が逃げ出しました」
「そんなに序文詐欺でも無かったっ!!」
「なんで最初にわざわざ嘘ついたんですか!?」
女二人の怒号と悲鳴と突っ込みが混ざった様な叫びが、羽堂邸の一室に響いた。
ところで、ここまで姿の見えない家主こと羽堂亜理紗だが、本日は某宅にて某男性と在宅デートである。


気を取り直して。


「…ていうか、私達に言うより役所に届け出た方が良いのでは」
「そうするとうちのアレが面倒なことになってしまいますからな」
「うちのアレって」
主人やらとっつぁんやら、太陽のパッチーへの呼称はどうも安定しない。
呼称だけでは無く、感情や忠誠度といったものも安定していない様だ。
男の友情というのはよく解らない…の一言で片づけてよいものかどうか。
「という訳で、できれば内密に処理をしたい。なので、植物に詳しそうな方に協力して頂けると嬉しいのですが」
「…いや、私も特別詳しくはないですよ?」
「…火乃香はともかく、私は本当に詳しく無いぞ?」
「咲良さんは名前が植物っぽいので」
「そんな理由!?」
だったら他にも数件条件にヒットする奴がいるだろう。楓とか楓とか楓とか。どうしよう他に思い付かない。ああ秋桜もそうなのか。あとダージリン。いやあれは植物というより葉っぱか?そういえばなんか昔セリとかナズナとかおいしそうなのもいた気がするけどあれってどうしたんだっけ。
「…まあ、取り敢えず協力してほしいというならば」
「助かります」
混乱している咲良の傍で、火乃香が勝手に話を取りまとめた。
「ところで、こういう話に真っ先に駆り出されてそうなポコスさんの姿が見えないんですが…」
「………彼は…」
軽いノリで訊いた火乃香に、太陽は表情を曇らせる。
急な表情の変化に身構える火乃香。
太陽は沈痛な表情のまま口を開いて。
「…お店の方のシフトが入っていて…」
「そんな勿体ぶって言うことか!」
咲良が復活した。
普段ならポコスに仕事があっても、その主人が『いいから』と行かせてしまうことが多いのだが、今日は朱音が出かけていたか忙しくて太陽の来訪に気付かなかったかしたのだろう。太陽がこの手の計画にポコスを巻き込めないのは稀有な事態である。その為、太陽も少ししょんぼり気味の模様。腐れ縁に依る所の多い二人だが、それなりに絆は強いのである。腐っているのに強いとはこれ如何に。
「まあ、いないものはいないで仕方が無いですよ。それよりも、太陽さんの言った事が本当なら早く何とかしないと。太陽の光で凶暴になるということは、夜間の内になんとかしなければならないということじゃないですか」
地龍二人に漂う変な雰囲気を壊し、火乃香はそう言いながら窓の外を見る。時刻は夕暮れ、晩夏の陽がようやく沈んだ様な時間帯。ということはターゲットはつい先ほどまで活動していたということなのだが、町が騒ぎになっていない所から見て、幸いにもまだ被害は出ていない様子である。かといって安心はしていられない。被害が出ない内に何とかしたい所だ。
「そうだな。しかし植物ってのが厄介だ。何か解りやすい外見の特徴とかはあるのか?」
気を取り直し、咲良が訊く。だが、太陽の反応は芳しくは無い。
「いいえ。一見したところでは、ただの朽ちた下草の株にしか見えないでしょう」
下草、ということは大きさも大したことは無いということだろう。触手を伸ばし人を掴み貪り食う様な怪獣を想像していた火乃香は、その想像図をこっそりと打ち消した。
「それは…厄介だな」
「ええ。見た目はそうでも、一度日光に当たれば動きだし、人や動物の首筋に張り付いて生血を啜ります。
 そしてそれを糧に、辺りに種をばらまいて繁殖する」
「…うーわ」
非道な行いをすることを物の例えで『生血を啜る』というが、そんな例えや誇張ではなく、本当に吸血性質を持った植物という訳だ。
「…ところで、なんでそんなもんが逃げたんだ。そういう植物を創り出した罪はまあおいとくとして、そんな性質があると解っているなら、管理はちゃんとしていたんだろう」
「ええ…それは勿論」
何かを訊く前から、既にそれを創り出したのが太陽だと決めつけている咲良。だが、図星なのか太陽はそちらには触れない。
「日光を通さない様な覆いを作り、きちんと被せていました。ですが」
「ですが?」
「…少し部屋を空けた隙に、某主夫が掃除に入りましてね…」
「…うぅわ」
二度目の嘆息は、一度目より悲痛なものがこもっていた。
手で顔を覆い、さめざめと泣く(振りをする)太陽。
「『枯れた植木鉢は自分でちゃんと片付けろ』と言われた時私がどんな気持ちになったか」
「…………」
女二人の顔に、なんとも言えない表情が広がった。
「…それは、逃げたというよりは逃がされたというべきか」
「急いで回収場に行きましたが、時既にお寿司」
「…こういう時にも軽く定番ジョークを飛ばせるお前にはいっそ尊敬すら憶える」
「因みに某主夫にも一応文句を言ってみたのですが『そもそもお前が普段から片付けないからこんなことに』と逆に叱られてしまいまして」
「おかんだ…おかんの言い分だ…」
何故かごくりと生唾を飲み込む咲良。実際に母と触れ合うことはまず無いと言っていいドラゴンだが、『母親』というものへの認識は何か共通したものがあるらしい。そして実際に咲良の母は存命ならそういうことを言うタイプだろうなあ、と太陽はどうでもいいことを思った。
しばらく黙っていた火乃香が、ぴっと手を挙げる。
「それはそうと、話を戻していいですか。
 夜間に一株の植物を探すというだけで気が遠くなりそうなんですけど、特別な外見的特徴が無いとなると、かなり厳しいのでは?」
「ええ、ですから」
太陽はそちらを見て腕を組み、ふぅー、と長い溜息を吐いた。彼にしては割と珍しい仕草かもしれない。
「虱潰ししか無いんです」


――――…

それから。

色々あった。
本当に色々あった。

季節がまだ夏、緑の生い茂る季節で良かった、と言うべきだろうか。
もしも秋や冬だったら、一同の苦労はこの比では無かっただろう。
そんな最悪の事態とはならなかった、とはいえ、それでも色々あった。


「まあ、感心ですね。何処のおうちのドラゴンかしら」
「いや、ははは…」
広場の花壇で草を抜いていたら、役所の人が寄ってきて褒められたり。

「すみませんっ」
「失礼しましたっ」
「お邪魔しました」
山の中を散策していたら、営巣中のドラゴン夫妻に出くわしたり。

「大宇宙の意思は私にこれを手に入れろと仰せになっています。この薬草を幾らでお譲り頂けますか?」
「…好きに持っていきなさいよ」
「それは余りにも申し訳無い。ではせめて野山で散策をする貴方がたの為に飲み物を買わせて下さい」
摘もうとした草がなんか重要なものだったらしく、小町が交渉してきたり。

「うう、喉が渇いて死にそうだ」
「大丈夫ですか。これをお飲みなさい」
「ああ、優しい御方。私は東の島国からやってきた織物職人。これは私の国でとても人気のある柄のものです。どうかお持ち下さい」
大荷物を背負った男が説明口調で倒れているので、小町から貰ったジュースの瓶を渡したら、色鮮やかな布を説明口調で渡されたり。

「あれ、咲良ちゃん、それ何?布?凄いカラフル!可愛い!手触りもいい!」
「…良かったらあげようか?」
「え、本当?いいの?遠慮せずに貰っちゃうよ?返さないよ?うわーこれでメー君に何か作ろう」
「…なんか返って悪いことをした気がする」
「こんないいもの貰って小さいお返しで悪いけど、この間作った小物をあげるよ」
磨智に布を譲ったら、レースやフリルで作った布鞄と髪飾りを貰ったり。

「ああ、貴方がたは先程の」
「あ、旅人さん。元気になった様で良かったです」
「お陰様ですっかり。大きな商談を纏める事が出来そうです。これで大手を振って国に帰る事ができます。これも全て貴方がたのお陰です」
「いえいえ、そんな…」
「…む?貴女がそこに持っているのは…これは、この国の織物ですか?素晴らしい!」
「ああ、それは磨智…いや、友人が作ったもので」
「度々申し訳ありません。図々しいとは解っています。是非これを譲って頂けませんか?勿論お礼はします。
 私はこの町の西の砂漠を超えた所にある砂の町には度々行くのですが、そこに屋敷を持っています。それを差し上げましょう」
「え、いや、あの…」
気が付けば砂の町に、使用人つきの屋敷を持つことになっていたり。
また、これをきっかけに東の島国には今までになかった大陸の織物文化が広がった。
それが東の島国で『マチ織物産業革命』と呼ばれる様になったりしたのはまた別の話である。

まあとにかく色々あったのだが、彼らは地道な活動を続けた。
一刻過ぎ、二刻過ぎ、時間が深夜を回っても手を休めない。
努力の結果もあり、とうとう残す場所はひとつになる。


「…何やってるんだ、お前ら」
呆れた様にというよりは驚いた様に…驚いたというよりは訳が解らないという様に。
総合的には、呆気に取られて呆然として、ポコスは言った。
「訊くな。もう訊くな」
「どうも、不法侵入者です。あはは、もうなんでもいいや」
「HAHAHA」
上から咲良、火乃香、太陽。場所は朱音邸の裏庭である。
綺麗に整えられた家庭菜園に漂う焦げた香り。慌てて辺りを見渡すが、野菜などに被害のあった様子は無い。
「火乃香、頼むー」
「ああ、はいはい」
では一体…とポコスが首を傾げている間に、作業に戻る一同。
咲良に呼ばれ、火乃香はそちらを振り返り手を翳す。咲良の足下に積まれた枯れ草に向かって一条の光を飛ばした。
直後に一瞬激しい炎が起こり、すぐに消える。あとには白い灰が残った。
「…何やってるんだ、お前ら」
「…枯れ草の処分ですかね」
同じ事を繰り返すポコス。
火乃香が心底うんざりした様な顔で答えた。
「…まあ、見た目に見分けがつかないなら町中の枯れ草を全処分するしかないんですよね。解ってましたけど、植物に詳しいとか詳しくないとか全然関係ないし」
「…悪いが、何を言っているのかわからん」
「でしょうね。解らせるつもりでお話をしていませんから。敢えて言うなら、貴方の穴を埋める為に私が駆り出されたことだけ理解して頂ければ結構」
「…………なんかよく解らないけど、取り敢えずごめん」
一同の奇行が昨日の黄昏時に断った太陽の頼みと関連したものだと察したポコスの判断は、迅速かつ賢明であった。
「…その場で焼却処分が一番手っ取り早いから、ポコスがいてもお前は駆り出されたと思うぞ、火乃香?」
そうでなきゃ枯れ草を全部根から抜いて持ち運ぶ破目になるだろうし。と咲良は呟いた。
「他にも炎龍はいるでしょう。ていうか私の愚かな可愛い甥はどうしているんですか」
「彼を駆り出しても、途中で忘れてチョウチョでも追いかけて何処かに行ってしまいそうですからな」
ものすごく想像できた。
「…ああ、良識ある自分が憎いです」
火乃香の表情からは、それが冗談なのか本気なのかは察することができなかった。
いずれにせよ、ヤケになっているのだけは確かそうだが。
「…取り敢えず、そろそろ説明してほしいんだが。不法侵入の理由も合わせて」
「ここに来たのは既に夜と言うより朝だったもので。呼び鈴を鳴らすのも忍びなくて」
「…町中駆けずりまわって、根回しも済ませて、残るはここだけ。
 たった一軒を見過ごしてそれで駆除に失敗しては、嘆いても嘆ききれませんからね」
「あと、ポコスの家だしいいかなと思って」
「最後の一言で同情する気が失せたんだが」
「だってポコスだし」
「終いにゃいい年した男が両手グーにして目に当てて本気で泣くぞ」
それは少し見たい様な、見たくない様な。
そんなことを考える咲良は既に軽く頭が膿んでいる。
「家人が寝ている間に済ませるつもりだったのですが、貴方がこんなに早起きだとは予想外でした」
「…今朝は時計通りに市が立つからな…太陽が出るまでには家を出ないと、魚とかは質が…」
「…太陽か」
何気なく言ったポコスの言葉に、咲良は何故か遠い目をする。
「あ、勿論天体の方のだからな」
「…………」
お約束の突っ込みをするポコスだが、多分彼は咲良の遠い目の理由を半分も理解できてはいないだろう。
咲良は溜息をつき、火乃香の方へ向き直る。
「…なんか、人を殺した奴が理由を訊かれて『太陽の所為だ』って答える物語とかって無かったっけ」
「色んな意味でその気持ちが解る気がしますね」
何やら物騒な事を呟く二人。
その向こうで太陽が『これで全て終わりの様です』と言うのが聞こえた。


お約束。


羽堂邸には感謝状が届いた。
「…町の美観に協力したのでここに賞します、だって。意味がわからん」
「…………」
立派な装丁の厚紙を眺めつつ、首を傾げる羽堂。
パッチー邸にも一枚届いてるだろうな、と思いつつ、咲良も火乃香も何も言わなかった。
単に思い出したく無かっただけである。


もう一つお約束。


「うー、あっつー」
ザルを冷水に晒しながら、朱音は額の汗を拭う。
「灰汁抜きか?」
「んー。この間庭の手入れしたじゃないですか」
「ああ…」
丁度太陽が尋ねてきた時のことだな、とポコスは思い出していた。
その翌朝にあの妙な出来事があった訳だが…それは主人には伝えてはいない。伝えたくなかったからである。
「変な草見付けたんですよ。どう見ても枯れ草なのに、触ってみたらみずみずしいんです」
「…擬態って奴かな。…まさか、それを?」
「だって手を近づけて動かしたらその動きに沿って動くんですよ?面白いじゃないですか」
「…いや、面白いけど、普通はそれを食べようかと思ったりはしないだろ」
「普通じゃありませんから。さて、バターとお醤油ででも和えて、ムニエルに添えましょうか」

とっぴんぱらりのぷう。



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