「かなた様、肉体労働のバイトしませんか。昼御飯とおやつ付きで日給一人900G」
「内容はなんですか?」
「畑仕事とそれに付随する業務です」
「やります」
そんなカフェでのやり取りを経て。私ことかなたは、お日様がぽかぽかと暖かい秋晴れの日に129番地でバイトをすることとなった。


01.おひさま


「おはようございまーす」
「おはようございますかなた様。今日は宜しくお願い致します」
朝のドラカフェ。ズボンにTシャツに焦茶のエプロンに長靴という、いつもと違った服装の真夜さんが出迎えてくれた。その頬に泥がついている。おそらくさっきまで畑で作業をしていたのだろう。
「泥付いていますよ」
そう声をかけてその頬を拭う。乾いた泥は直ぐに落ちた。
「さっきまで大根を洗ってたので、その時でしょうか。ありがとうございます」
はにかむように笑って真夜さんはお礼を言う。こちらにお願いします、とカフェの裏へと案内された。
その後ろについて行き、目の前に広がった光景に絶句する。
真夜さんがカフェの近くで畑をやっていて、そこで時々野菜の始末をしたり、収穫したものを地下に収納しているのは以前聞いていた。
だから仕事内容を聞いて、集合場所はカフェだと言われた事は不思議に思わなかったのだが……まさか裏庭がこの様な事になっているとは思わなかった。
案内されて入った裏庭は、何処からか持ちこまれた物干し竿に柿がぶら下がり、日向には大きな茣蓙が拡げられ、その上には細切りの白いものが敷き詰められている。
そしてその傍には巨大な白い棒状の物体が沢山横たわっていた。
「これ、なんですか?」
「大根です」
白い物を指さして問えば、笑顔で真夜さんは返してくれる。
「何でこんなに大きいのですか!?」
きっと今自分の帽子には「どうしてこうなった」と書いてあるに違いない。
その大根は大きく、太さは自分の胴と同じくらいではないだろうか。長さもおそらく自分の腰か胸くらいはあるだろう。
市場に普通に流れて居る大根とは大きさが全く違っていた。
それがゴロゴロと20本以上積まれていた。一体どうやって抜いたのかが非常に気になる。
私のツッコミに真夜さんはふと遠い目をする。
「この大根作る時、雛姫嬢が丁度お手伝いに来ていまして。何も考えずに種をまいて貰ったんですよ。
 そしたら地の精霊が凄く凄く気合を入れて大切に大切に育ててくれまして。
 ……雛姫嬢の愛されっぷりを計算に入れていなかった私が馬鹿でした」
そうしてこうなった、と真夜さんは手で大根をぽんぽんと叩いた。綺麗に洗われた巨大な大根を見て、さっき真夜さんの頬についていた泥はこの大根についていた物だったのかなあとどうでも良い事を考える。
「……嫌な予感して間引かなかったのになあ。引っこ抜かないでいたら割れもせずにどんどん大きくなり続けるって反則だと思う」
ぼそ、と呟かれた内容は聞かなかった事にする。地の精霊怖い。
「羽堂様を始め、皆さんの所にも持って行ったのですが、流石に連続してこれ何本も持ってったら軽く嫌がらせの域ですから」
そういえば、一週間位前から大根の煮物とか大根の味噌汁とか大根サラダとか、とにかく大根が食卓にのぼっていた気がする。量から顧みて、一部は漬物にでもなったのだろうか。
大根に思いをはせていると、こほん、と真夜さんは一つ咳払いをしてぺしぺしと大根を叩きながら言う。
「とまあ、そう言う訳でして。味は間違いなく良いのです。食べても一切害はないのは確認済みです。
 ただ、どうあがいても規格外のこれをそのまま流通させる事が出来ないので、切干大根に加工をしてから市場に流したりおすそ分けをしたいと思います」
「成程、分かりました」
思いのほか普通の作業内容でホッとする。
肉体労働と言われたので草むしりや収穫作業や枯れ木の片付けを想像していたのだけれど、そこまでハードではなさそうだ。
「では、次に作業内容を説明しますね。
 あまさーん、道具一式持ってきてー」
「はいよー」
真夜さんの声に大根の奥から聞いた事の無い返事が返ってきた。
少しして、大根の陰からひょこりと青年が出てくる。褐色の肌に白い短い髪の、サーフィンとかが似合いそうな感じだ。
「あ、この子は天明。暫く前からうちに居る光龍です」
「あまあきさん、ですか。初めましてかなたと言います」
「初めまして。お話しはかねがね」
にこりと笑って手を差し出す天明さん。どんな話なのか、とつっこみたいのを堪えてその手を握り返す。
「はい、これ道具。一式箱の中に入っているから」
「ん、了解。引き続きサヤのフォロー宜しく」
「はーい」
天明さんが持ってきたのは、木箱にスライサーがしっかりと固定されたものだった。
真夜さんは大根の傍に広げられた何も乗っていない茣蓙の上に木箱を移動させると、中から道具を取り出してから説明を始めた。
「かなた様に今日していただきたいのは、大根の千切りです。
 私が大根を適当な大きさに切って皮を剥きますので、それをこの大根つきを使って細切りにしてください」
木箱に固定されたスライサーを手で示して真夜さんは説明する。
よく見れば少し大きめの四角の歯がついているので、簡単に千切りになるのだろう。
「大根の繊維に沿ってスライスをお願いします。そうじゃないと汁でべちょべちょになってしまいますから。
 あと、この道具かなり切れますから気をつけないと……」
「痛ー!!」
真夜さんの注意に被せるようにして悲鳴が上がる。そのすぐ後に慌てた天明さんの声が聞こえた。
「ああもうだから手に気をつけてってあれほど言ったのに!
 かーさん、アラン何処ー?」
真夜さんは天明さんの方を向いて声を上げる。
「アランはカフェの中で柿さわしてるよー」
「分かったー!
 ほら、朔さん行くよ! アランに超回復かけてもらおう」
「ううう……」
ぱたぱた、と二つの足音が響き、遠くなっていく。
「……とまあ、人だろうと人化した龍だろうとああなります」
「凄く良く分りました」
「無理せずに適当な大きさになったら此方に下さい。包丁で千切りにします。
 怪我には本当に気をつけてくださいね。一応復活の書と傷薬も準備していますが、使わないに越したことはないですから」
「はい、気をつけます」
復活の書って。うっかり体力少ない時に手を切ったら死ぬ可能性があるんだろうか。転んで死ぬのと同じ位切ない気がする。
「で、大根が終わったら次はカフェの中で柿剥きです。
 畑脇に生えて居た渋柿の木が豊作だったので、一部はさわして、残りは干し柿にするので」
二週間もしたら出来あがると思いますのでその時お持ちしますね、と言う真夜さんの笑顔はやたらと活き活きとしている。
カフェに食料備蓄している事といい、保存食を作っている今の笑顔と良い、もしや真夜さんは食料を貯め込むのが好きなのだろうか。そういえばこの間の海で食料調達している時も楽しそうだった。
「暫く良い天気が続くっぽいので、今日明日の内に全部準備をしてしまいたくて。
 アルバイト引き受けていただいて本当に助かりました」
「こちらこそ、お仕事いただいてありがとうございました」
「店主ーこれ剥き終わったからここに下げるよー」
「うん、宜しくーそっちの方から詰めて干してね」
話をしていると、アニスさんがひょこりと裏庭にやってくる。その手には縄に差し込まれた柿が握られていた。
踏み台に上った彼女は、背伸びをして物干しに柿をぶら下げる。
物干し竿にぶら下がり、小さく揺れる柿。日向に広げられた茣蓙と、その上の半乾きの大根。
きっとあれらは日の光をたっぷりと浴びて栄養を増すのだろう。
「おひさまの恵み、ですね」
「はい」
私の言葉に、真夜さんは笑顔で頷いた。



……翌日、大根の握り過ぎと長時間の包丁の持ちすぎで二の腕と右手人差し指の付け根が痛くなったことだけをここに明記しておく。
大根と渋柿は以外と固かった。



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