朝の生まれた場所。その片隅に、夜の闇すら寄せ付けないピンとした空気を纏う一団があった。
煌々と照る月の下、歴戦の猛者が息を殺してスキを伺い会う。
その眼差しは、一同例外なく真剣。譲れないなにかを賭けているかのような、そんな顔。
中でも一層悲壮な顔をした青髪の女は、大きく息を吸い、木の幹に手を這わせる。
そして。
「だるまさんがっ」
朗々と、まるで戦いの合図でも送るような大きさで、彼女が叫ぶのは。
「ころんだっ!」
かの有名な遊びの決まり文句。
既に子供という齢は脱ぎ捨てた男女が、真剣に。
これ以上なく真剣に―――興じている競技のその名は、『だるまさんがころんだ』
ドラカフェは今日も平和である。
なかよし
ことの発端は――――ちょっと前にさかのぼる。
毎度説明不要になってきた某カフェ。最近は居酒屋風味。
そこに私が足を踏み入れた時刻が、ちょっと神がかっていたのだ。なんの神? それは勿論、ネタの神。どSと噂の憎いあんちくしょうのお導きに違いない畜生。
「耳の時間だったのでかなたんに猫耳をー」
2:22分だったから、耳を。
そうやってにこにこと笑う羽堂さんに、私はとっさに叫んだ。
「いや、前ははそれでまんまとやられましたけど! そうそう軽々しく耳をつけてはなんねえと! 思うですよ! あとかなたん定着した!?」
「すっかり」
「そっちは定着してもいーけど耳は定着してほしくないんです!」
必死に後ずさる私に、羽堂さんはすごくいい笑顔を浮かべた。輝いてる。
「かなたさん。『可愛い』と『面白い』がそろった以上、もうつけるしかないですよ?」
「良いではありませんか、可愛いです」
「そうですねえ。猫にこだわる必要はないと思いますけど」
続いたのは、ほのぼのとお茶を準備していた真夜さんと、それに合わせてクッキーを広げていた朱音さん。
なにこの最初からクライマックス。味方、この中に味方はいらっしゃいませんか!? いないんですか!? 普通にお茶をしましょうよ! 準備してるんですし!
ふつふつとわき上がる寂しい気持ち。寂しい気持ちは口を軽くして、
「いや可愛いは正義ですが。正義だからこそ皆さんが付ければいいと思うですよ。
羽堂さんは白い猫さん、朱音さんはミケ猫さん、真夜さんは黒猫さんの耳をつけるといいと思うですよ」
「そうですね。じゃあまずはかなたさんからということですね」
頑張ってみたけど話はそれなかった。
「いやえっとなんというかですね―――!?」
ああ、どんどん逃げ道がなくなっていく。
それでかなたさんがつけるならとか言って朱音さんが既に装着してるし。え、どこにはいってたんですかその耳は! なんで人数分あるんですか!? 私は今墓穴を掘ったんですか!?
「あ…その…ですね…? えーと」
―――えーと、ほら、軽々しく耳をつけるとなにかしらがどーにかなる病さ侵されてるかもなんです私。
浮かんだ言葉は支離滅裂。うっすらと滲み始めた涙を拭い、私は叫んだ。
「なにか勝負して勝ったなら! 皆さんが勝ったなら耳でもなんでもつけ放題になってやりますですぅ!」
叫んだけど、その内容も支離滅裂。
――――うん。口調からしててんぱりすぎだ。私。
なんにしろ、それで今に至る。
けどまあ、料理勝負とかじゃなくここまで持ってきたのはよくやったかもしれない。なんでだるまさんが転んだなんだって感じはあるけれど。
ついでに、カフェに向かっていたらしい乾さんも巻き込まれたけど。さらに続いてきたパッチーさんとイソレナさんも巻き込まれているけど。…ドラカフェだから仕方ない?
…まあ、そんな些細なことはさておいて。
私は考える。この場を穏便に、そう。耳をつけられずに切りぬける方法を。
「……」
ちなみに、ダルマさんが転んだでは、通常鬼がタッチされたら次のゲームだ。鬼が全員捕まえるまで終わりはない。つーか捕まえたら捕まえたで鬼は交代。終わりなんて基本的にないゲームである。しかし、この場合は。
鬼、つまり私がタッチされたら、私の負け。皆さんを全員捕まえられたら、勝ち。6対1かよと思わんでもないけど、ぎりぎりまで後ろに下がってもらったし、文句は言えない。
でもただのダルマさんがころんだ、では。駄目だ。さっきの動きを見る限り、全然皆様動く気配ない。ただ、だるまが転んだだけでは―――そんなものでは、全然。なら。
「だるまさんが、」
ならば攻撃を加えるべきは―――
「ツンデレたっ!」
腹筋だと決意して叫んだ言葉は、やっぱりたいして効果がなかった。
それからの戦いは私的にはわりと熾烈を極めた。駄目な方向に。
「だるまさんがクーデレたっ!」
「ヤンデレた!」
「ボコデレたあっ!」
「借金で自己倒産!」
「ここでまさかの隠し子発覚!」
「しかし埋蔵金を発掘したりしなかったりっ!」
もうダルマなんにも関係ない単語を叫んで振り向く度、皆様との距離がつまりやがる。うわなにこれ勝てる気がしねえ!
あと長すぎると余計走り寄られてむしろピンチ。シンプル大事。大事。大事なことは2回言う。
「だるまさんが」
ふつふつとわき上がる不安を抑え、振り返ること、何度目か。頭がいい感じに膿んできたのが自分で分かる。
「…『いつから転んだと錯覚していた?』」
いつから○○したと錯覚していた? でぐーぐる先生に聞くと色々面白いものが見れると思います。
…あれ、今なんか変な電波が。
かぶりをふって、追い払う。皆さんは微動だにしていなかった。のはいいけどなんでパッチーさんは左腕を前へ伸ばし鼻筋へ左手人差し指を合わせ右肩をあげたあげく右手をピーンと伸ばしているのか。人間讃歌は勇気の讃歌!ですか。こっちが笑わせられているんですか。
あ、でもなぜか『考えるヒトのポーズ』してた乾さんがちょっと動いた。え、ていうかなんで考える人? 二人で面白いポーズ対決?
…いや、まあいいや。
「乾さんアウトっ!」
それでも5人残ってるけど!
悲しい事実から目をそらし、私は叫ぶ。
乾さんは楽しそうに笑いながら、こちらに歩いてくる。ん。だけどさあ…い、いいのかなあ…
「良かったんですか? このまま私が負けたら、きっと乾さんも耳をつけられますよ?」
ルールにのっとって二人並んだのち、問いかけてみた。
乾さんは言葉に表しづらい、なんというかこう、微妙な顔をした。とりあえず嫌そうだ。
でも、ふっと目を逸らして。どっか遠くを見るようなポーズになった。
「…これが運命か…」
「いや…運命とまで…」
言わなくてもいいんじゃなかろうかなと。思うのですが。ちょっと後ろを見るときらきらした目をした二人(誰とは言わない)と目が合って。やっぱり運命かもしれません。はい。ふふ。嫌なんだけどなそんな運命。
「…頑張りましょう…」
「ええ、今からでも努力できれば、と…」
「そう努力で道は開け…」
る、はずだけど。ああなんか台詞が二人して負けフラグ。もう駄目だ。みたいな。ここは…ここは、新天地を探さなければ!
「だるまさんがー…」
だから私は考えた。再び考えた。
「だー…」
いや駄目だ。ダルマじゃ、そもそもだるまじゃ勝てない…!
だるまじゃ……。
…………。
「……アランくーんがっ、とーんだっ」
「その節は申し訳ありませんでした」
真夜さんが動いた。というか頭を下げられた。
捕虜は増えた。けどすごい罪悪感。違うんです真夜さん。根に持ってるわけじゃないんです。そもそも確かに空から飛んできたにアラン君が刺さって家は壊れたけど、修理してもらったし、真夜さんの方が大変だったのに根に持つとか、そんな…っ。でも。
「真夜さんごめんなさい…私は…勝ちをとりにきてるんです…!」
呟いて、そっと目頭を押さえる。私なにやってんだろう。冷静な誰かの呟きに、目をそらしたまま。
「さ迷う泉がっ、湧き出るコーラになってる!」
「ガタッと口でだけ反応しておきましょう!」
「…咲良さんが、カステラを欲しそうにこちらを見ているっ!」
「咲良は久々に太陽君がカフェに来たので。気付いたらどっかにいってましたね」
「フェレスさんが、さらわれてる!」
「いつものことですね。朝町は今日も平和である」
「エゲリアさんが、超笑顔!」
「きっと面白い本でも見つけたんです。良かった」
「…ポコスさんが、無駄にきらっとしてるっ!」
「確かに最近のポコスは無駄に輝いてる時がありますね……」
「アプエゲさんが家を食べにかかってる!」
「その場合記念すべき第一号は位置的にかなたさんの家かと…」
「シンギさんが超目立ってるっ!」
「それは偽物ですよ」
「偽物ってなんですかマスター!」
「ああ。不思議だ。どこからか声がする。まったく姿は見えないのに」
「マスター!?」
私が声とない知恵の限りをつくして叫んでみた言葉は、皆さんの腹筋に届かない。いや腹筋以外にもアタックしてみたけど。ともかく動いてくれない。ダルマさん転んだのの原型を捨てたと言うのに。
そして―――随分と、近づかれてしまった、から。
次が最後だと、本能で理解する。
私は集中する。もうこんなに集中すること最近は戦闘でもないんじゃなかろーかってくらいに。
風に乗って聞こえてくる「猫もいいけどくま耳を」とか「いや敢えて犬耳」とか「メイド」とか「犬耳だけどバニーガール」とか不穏な呟きから耳をふさぎながら。
つーかホント犬だったらバニーガールじゃねーじゃん! わんこガールかよ! 私なににされるのさっ!? お二人が何を考えているか分からない! お二人が遠い! いや、今距離はすごく近くなっちゃったけど!
…ああもう、考えても、考えても、仕方ないんだ…。
覚悟を決めて、息を吸う。背中に嫌な汗をかんじながら。
「…だるまさんがっ、ころ痛っ!」
早口で言おうとするあまり、舌をかんだ。
最後の最後で、そんな…!
思わず一瞬機能停止する私は―――肩をたたく手に、我に帰った。
ものすごく悲しい気持ちで、振り向く。
青いバンダナのナイスガイ☆ことイソレナさんが、いい笑顔で指を立ててた。
イソレナさんの後ろで、ぱんとハイタッチしてる朱音さんと羽堂さんが見える。嬉しそう。なのは。なんというか。いいのですが。私、嬉しく、ない…
がくり、と思わずうなだれて。顔を上げると同時に、思わず恨めしい声が漏れた。
「…イソレナさんの馬鹿!」
「そうはいっても、かなたさん。これは勝負の世界ですから」
「イソレナさんの紫髪フェチ! いやうどーさん馬鹿っ! リア充! イソレナさんなんて末永く幸せに暮らしつつ爆発してしまえばいいのに!」
「ははは。それ褒め言葉ですよね?」
自分でも何言ってるか良くわからない言葉を吐く私。
「かなたさんの言うことが矛盾してきてますね」
「朝町の家は消耗品ですから、恐らく実現可能だと思います」
そのわきで捕まえた(?)二人がなにやら語り合っているけど、反応できない。だって。だって…
ぽん、と優しく肩をたたかれる。
案の定、いい笑顔は二つ増えていて。
「話し合った結果、クマが似合うということになりました」
「服はこう、身体のラインを強調するようなものを、ということで」
「ひらひらも捨てがたいので、要相談でもあります。わりとなんでもありますよ? 昔とった杵柄ー」
「うちの制服とかもありますしね」
目の前が僅かに歪む。
ひどく悲しいのは、そう。大好きな人の笑顔を喜べない自分にへこんだから。と。いうことに。させてください。
教訓。
運命ってあるかもしれない。
「いじられる運命?」
「はっきり言わないでください羽堂さん…」
「愛でられる体質?」
「言葉変わっても薄ら切ねーんです……」
しくしくと泣いてみた。
よしよしと撫でられた。
なんかもう意味が分からないですよ。もう。
静けさとは無縁にふけていく夜に、私は溜息をつく。
それでもここにいられるのは楽しいのだから、救われない。なんて。
口に出す代わりに、もう一度溜息をついた。