16.ひみつ



某月某日
庭で草むしりをしていたら、凄い勢いで隣の家の方角から黒い塊が飛んできて庭木に突っ込んだ。
「なんだなんだ!?」
慌てて庭木の傍に行くと、べっこり凹んだ木と、黒い塊が丸まって木の下に転がっていた。
塊を指でつついてみると、くたりとほどけて伸びる。
「闇龍?」
ひょい、と首根っこを捕まえて持ち上げる。気絶している龍の尾がぶらりと揺れた。
「おーい、しっかりしろー」
このまま放置するのも寝覚めが悪いので、ゆっさゆっさ、と持ち上げたまま暫く揺すって目覚めを促した。


* * *


揺れる感覚と聞いたことのある声に、ゆるゆると意識が浮上する。
目を開くと、其処には銀の髪に琥珀の瞳をした青年が此方を見ていた。
「大丈夫か?」
『あれ、メーさん?』
名を呼ぶと、揺れがおさまる。
「急に落ちてきたから何があったのかと思ったぞ」
少し呆れ混じりの声に、また126番地に墜落したのか、と理解する。
『失礼しました。屋根や天井は無事ですか?』
「ああ。今回は庭木に突っ込んだから大丈夫だ。
 怪我は?」
『はい、大丈夫です』
メーさんに頼んで一度地面に下ろしてもらう。
くらくらする頭を押さえながら目を閉じ意識を集中させて人化する。
目を開くと、メーさんの表情が固まっていた。
……人化失敗した?
とりあえず手を見る。動かしてみるが特に変わった所は無い。
「なにか変ですか?」
「……顔」
指さされ触れてみる。特に触った感じは違和感が無いので首をかしげつつ手を離す。
指に視線を落とすと、指先に白い粉が付着していた。
…………あ。
何故人化していなかったのか、何故ここに居るのかを思い出す。そして今どんな顔になっているのかを。


* * *


闇龍をゆすると、すこしして目をさました。
声を聞き、闇龍がアランだと分かる。まず屋根が無事かを聞いてくる辺り、前回屋根に突き刺さったのが結構こたえていたらしい。
今回は庭木に刺さった(?)のだが、まあ倒れてはいないしベムあたりが何とかするだろうから問題はない。
持ち上げていたアランを地面に下ろすと、ふらふらしながらも二足で立ち、背伸びをするような仕草をして人化する。
そういえば他龍が人化するのを見るのは久々だな、と思いながら見るとはなしに見ていると、無事に人の姿になる。
だが、その顔は無事とは言い難かった。
その顔には舞台役者がしていそうな化粧ががっつりと施されていたのだ。
顔の事を指摘すると、最初は不思議そうな顔をしいたが、手に付着したおしろいを目にした瞬間、化粧をしても分かる位に青ざた。
何を言えばいいのか悩んでいると、しゅっとその姿がかき消える。
一瞬何が起きたのかが理解できずに固まったが、その一拍後に聞こえた「がさがさがさっ」という物音に我に返る。
動揺のあまり龍化して近くにあったベンチの陰に隠れたらしい。
気まずい沈黙が降りる。
ベンチの下で小さく丸まるアランの姿がすすけて見えた。
「あー、なんだ」
『…………』
「水、使うか?」
『……ありがとうございます』
返ってきた声が涙交じりだったのは聞かなかったふりをしてやろうと思った。


* * *


ざぶざぶ、と水で顔を洗い流し、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭う。
「どうですか?」
「今度は大丈夫だ」
メーさんからの太鼓判に、心の底からほっとする。
水だけでは落ちず、メーさんが何処からか持ってきた化粧落としの力を借りてようやく元に戻る事ができた。
使い方を「こう、がーっと馴染ませろ」と仕草つきで説明してくれたのだが、その姿がそれなりに慣れていて苦労がしのばれた。
「ありがとうございます。本っ当ーにありがとうございます」
「困った時はお互い様だ」
ぽんぽん、と背を叩いて励ましてくれる手がとてもありがたい。
「お前も苦労してるんだな」
なんかこう、噛みしめるような声と口調にほんの少しだけ泣きたくなったのはひみつだ。



後日。
庭木を凹ませたお詫びにとアランが血抜きした猪を126番地に持って行き騒ぎになったり。
化粧落としの残りが少なくなっていて磨智が首をひねったり。
まあ、細かく色々あったのだが、それらはまた別の話。



おしまい。



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