私の視力はとても弱いのでございます。
少なくとも今お世話になっている家の中では、一番眼が悪いようなのです。
しかし、美しいものに限っては話は別で、まるで虫眼鏡を構えたかの様に明瞭に映るので、その点に関しては全く不便はございません。
14.キレイだね ― ある光龍の一日 ―
私はまだ契約していないので、いつ他の方に盗まれてもおかしくは無いし、迷った時に帰れなくなる恐れがあるからと、外出する度に困った顔をさせてしまいます。
しかしながら、私にそれを守る義務はございませんし、自衛できる程度の強さも持っております(そもそもこの家のご主人様はあまり戦闘をなさらないので、盗まれる心配もほとんどないのでございます)。
ですから、この日も私は朝色の町を歩き回ったのでございます。
しばらく歩いておりますと白い洋館が目に入りまして、もっと近くで拝見したくなった私は、ふらふらといつの間にか門を潜っておりました。
ふと鼻孔をくすぐる薔薇の良い香りに誘われるように左の方へ向かい、薔薇園に辿り着いた私は、そこにいた綺麗な赤毛の少女に、おやつとして所持しておりましたハニーケーキを渡して、数十分間花を観賞させて頂きました。
「手土産が無ければ見せない、というわけでもないのですけれどねぇ」
日に当たると薄く金色に輝く赤銅の様なふわふわとした髪を揺らせて、火乃香様は戸惑い混じりの笑みを浮かべながら花の世話をなさっていました。
それからまた町を彷徨っていると、艶やかな黒髪が視界に入り込みました。その美しさに改めてそちらを向くと、よく似た御顔の闇龍の男女が並んで歩いていらっしゃいました。どうやら御姉弟のようでございました。
用事があっての外出でしょうから、と、見つめるだけに留めていたのでございますが、女性の方が私の視線に気付いてしまわれたのか、くるりとこちらを向かれました。そして、にこりと三日月の様な輝かしい笑顔を浮かべてこちらに歩いて来て下さいました。
私が美しい御髪でございますねと伝えると、彼女は満足そうに微笑み返して下さいました。
「ありがとー。でもそう言う貴女も綺麗な髪じゃない。可愛いし」
「姉さん、あまり立ち話してる時間とか無いと思うんだが? 予約の時間、もうそろそろだろう?」
「えっ? あらホント。良かったわーアランがしっかり者で」
「……はいはい。ほら行くぞ」
「それじゃあねー」
わしゃわしゃと髪を混ぜられたアラン様は、トゥエルヴ様の手を引いて去って行かれました。何とも将来有望な少年でございました。
最近できた『ヘブンズ・レイ』というふわふわでキラキラしたお店の前に差し掛かりますと、お店から出て来られた褐色の健康そうな肌の少女とばったり目が合いました。
「あら」
「あっ、ど、どうもー」
ダージリン様は若干青ざめつつ少し後ずさりなさいました。恐らく以前褒め倒した事が原因でございましょうか。それでも一応お会いしたら褒めるのが私の主義なのでございます。
「相変わらずお美しくお元気そうでなによりでございます」
「は、ははっ、あ、相変わらずお上手だねぇ」
少々怯えていらっしゃるので、この辺りに致しましょう。まだまだ褒め足りない所でございますが、致し方御座いません。まだまだお召しになって頂きたい衣装はあるのですが、生憎今は手元にございませんし、健やかさが感じられる艶やかな肌が健在である事が分かっただけ良しと致しましょう。
そろそろ家に戻った方が良いかもしれない、と広場のベンチで休憩しながら考えておりますと、斜向かいのベンチで紅白の着物を着た銀髪の女性と、長い若草色の髪が目立つ男性が、仲良くフルーツサンド(※色合いから判断)を召し上がっていらっしゃいました。
女性のさぞや美しいであろう濃紺の瞳を覗き込みたい衝動にかられましたが、逢引の最中を邪魔してはならないと我慢してお二人の前を通り抜けようとしました。
「あの、もしお腹が空いていらっしゃるのでございましたら、一口いかがですか?」
私とお隣の男性(恐らく風矢様)が目を丸くしていると「と、大宇宙の意思が仰せでして」と小町様は付け加えました。
事情はよく分かりませんが女性の優しさに感激しつつも、空腹ではなく貴方の美しさの為に注視していただけなのです、と伝えるだけ伝えて私は早足でお二人の前から立ち去った。あのまま彼女の傍にいたら、彼女の美しさを語り出して逢引を邪魔してしまう所でございました。
ただ一つ、帰り際に、
「……僕の方が小町さんの素敵な所を沢山知ってますからね」
という風矢様の呟きが聞こえた時は、ぐっじょぶ私、と思いました……着実に新しいご主人様の色に染まりつつある今日この頃でございます。
111番地の近くまで戻りますと、恐らくお店から出てきたらしい一組の男女が前方から歩いて来られました。女性の髪を結ぶ桃色のリボンも愛らしく素敵でした(そしてそのお陰で彼女が咲良様だという事に気が付きました)が、男性(恐らく太陽様)の茶と緑その他の色で染まった白衣が何とも気になった私は、邪魔してはならないと分かっていながらうっかり話しかけてしまいました。
「あの、すみません」
「え? あ、確か111番地の」
「楓と申します。唐突に失礼な事をお伺いして誠に恐縮なのでございますが、そちらの白衣の緑や茶色の染みは意図して染めたものなのでございますか?」
太陽様は軽快に笑って答えて下さいました。
「HAHAHA、その通りです。汚れたままに見せかけて実はそうではないかも的な感じに仕上げたかもしれないと思わせる様な出来でして」
「一時期本当に汚れたままだと思ってたなぁ……」
「成程、自然にできた染みの割には清潔そうな印象を受けまして、不思議だったのでございます」
すっきり納得した私は一礼して111番地に向かいました。
裏口から家の中に上がりますと、ポコス様が厨房の方から顔を出されて声をかけて下さいました。
「おかえり楓。帰って来たばかりのところ悪いんだが、ちょっとこっち来てくれないか?」
「畏まりましたっ」
手洗いとうがいを入念に済ませてから厨房に踏み入れると、そこには見事な飴細工の蝶が十数体飾られていた。ここ最近アルバイトとして来ていらっしゃるアプエゲ様が作り上げたものだそうで、私はこういうのに目が無さそうだから感想を聞かせて欲しいとポコス様は仰いました。その期待に応える為に私はじっくりと出来栄えを拝見いたしました。
それにしても、実に見事な細工でございました。厚さもむら無く均一で、まるで型に嵌められたかのように集う同じ形の蝶の群れ。しかし厳しめに評価して欲しいとのことでございましたので、敢えて申し上げますと、と口を開きました。
「少しだけ曇っていると表現するのでございましょうか、ほんの一部なのでございますが飴の透明さが損なわれている部分がある蝶がいたことくらいでございますね、私が気になった所と申しますと」
しかしその程度の点は残しておいた方が却って手作り故の温かみが感じられるという事だけはお伝え致しました。真剣な面持ちでメモを取っていらっしゃるアプエゲ様は、初めて見かけた頃よりもかなり背も高くなられて……実に良い感じに成長なされたなぁと思います。
「ありがとうございます。また頑張って作るのでその時はまた見てくれますか?」
「私で宜しければいつでも」
これ以上こだわっても、この先は本当の菓子職人しか評価できないのでは、とは思うのでございますけれども。
厨房からお暇する際に、評価のお礼にということで一つだけ蝶を頂いたので、大事に飾っておくことに致しましょう。
「あ、楓戻ってたのですか。おかえりなさいですー」
「只今戻りました、朱音様」
「ご機嫌ですねぇ」
にこにこ、というよりにやにや、という言葉の似合う笑みを浮かべる朱音様に、私は微笑み返しました。
「はい、今日も沢山美しいものと出会うことができたのでございます」