多くの場合、口下手な奴はこう尋ねる。
何か上手い話術は無いか?
何とか優位に立てる言葉は無いか?
しかしそれは、そもそもスタート地点が間違っていると言わざるを得ない。
身近に有能な弁論者がいるのなら注目してみることだ。
彼等の武器は言葉だけでは無い。
戦闘は最初に言葉を交わした時では無く、最初に視線を交わした時に既に始まっている。
もっと言えば相手を自分の視界に捕捉した時に始まっているとも言えよう。
上手く搦め捕ることが出来たら、あとはすることなど決まっている。
弱い所を見極めて、鉈を振り下ろすだけ。
そして今日も、憐れな子羊が彼女の射程距離に踏み込んだ。
「説明して頂きましょうか、小町」
「だから、大宇宙の意思がわたくしにそう告げたのです。先程からそう言っているでは無いですか」
…しかし今日は相手が悪い。
小町を座らせ、火乃香は立って。
見下ろし視線と精神的優位を確立。
言葉の端々に、厭味にならない笑みを乗せて。
フィールド自体は火乃香のものなのだが、小町はさしてそれを不利とも思っていない様子。
むしろ争っている意識すら無いだろう。
その視線は火乃香を見ていない。
一応火乃香の方角を向いてはいるのだが、その目は何処か遠くを見て。
何処を見てるかって、えーと、例えば大宇宙辺り?
…そもそも、精神的優位の概念が違うと、当然搦め捕る手管も違うのである。
子羊だと思って捕まえ、捌こうとしたらふわふわな筈の毛がなんかめっちゃ固い超合金だった、みたいな。
例えて言うならそんな感じ。
つまり、言葉だけが武器では無いとは言っても、やっぱりメイン武器は言葉だし、言葉と常識を解さぬ相手にはどうしても通じにくいのである。
「もう一度初めから問いますよ。私の薔薇に蛞蝓を放したのは貴女ですね?」
自分で言ってて嫌そうな顔をする火乃香。
少し離れた所でマスターがぶるりと身を震わせるのが見えた。
全世界全生物の中で一番嫌いだと言う程、彼女は蛞蝓が嫌いである。
因みに次点蝸牛、その次蜘蛛。
「違いますよ」
「さっきと言ってることが違うじゃないですか」
「私の部屋の観葉植物の鉢にくっついてたので、薔薇の方へ投げただけです」
「同じですよ。いや、同じでおまんがな」
何故言い直した?
…因みに、その投げた蛞蝓が、火乃香の麦藁帽子についた所からこの騒動は始まっている。
非常に下らない騒動なのだが、自分を含めて誰も口を出そうとはしない。
マスターとその忠実なる地龍は横に並んで何故か壁紙を眺めているし、雛姫は「ブーン」とか言いながら飛行機ごっこに走り回ってるし。
理由としてはまあ、火乃香と小町の揉め事だってだけで充分かと。
羽堂家二大下手に係わり合うと祿な事にならない奴だ。
因みにランク外で三位はマスター。
何故ランク外かというと、係わらないようにするのが無理だから。
来るものはそれなりに拒み、去るものは地獄の果てまで追いかけ絡み付くマスターである。
略して単なる迷惑な人。
「蛞蝓は生で丸呑みすると心臓病に効くそうです。試してみてはどうでしょう?迷信ですが」
「よーしほのか突っ込んじゃうぞー。
今その話関係あんのかよ、心臓患ってねえよ、悪くないもんも悪くなりそうだよ、迷信って解って勧めんなよ!」
火乃香は突っ込みを入れる時、父親に似る。
いや、だからどうしたと言われても困るが。
「大宇宙の意思は、『そんなこと言ったって試してみたら新境地が拓けるかもよ嫌よ嫌よも好きの内っていうし』とおっしゃっています」
ダチ感覚だな神。
いや、神なのかなんか別のものなのか知らないけど。
「…いい加減邪神と一緒に川に流すぞこの白こけし…」
「流すのは雛でしょう」
小町の呟きに、視界の隅で赤目のウサギが涙目になった。
それにしても、白こけしについては突っ込み無しか。
髪型が人形っぽい自覚はあるのだろうか。
ところで、こうして火乃香が口調を変えると、それは終焉の合図。
これ以上話し合っても無駄だと考え、怒るだけ怒って終わらせてしまおうと考えた結果である。
本気で相手が憎いのならもっと突き放すような口調になる筈なので、これは火乃香がなんだかんだで小町を見離し切れない、話をぐだぐだにして終わらせようという印の様なもの。
対処とその言動の端々にある感情のサインさえ見落とさなければ、火乃香は決して怖い相手では無い。
そして、話をぐだぐだにして終わらせた火乃香が僕の方へ寄ってくる。
小町は何事も無かったかのように立ち上がり、無言のままですっと家の奥へ消えて行った。
火乃香はそれを確認してから僕を睨む。
「何をずっとガンつけてんですか」
「そんなつもりはカケラも無かったが」
代わりに僕に因縁つけることにしたらしい。
まあ、いつも通りのことなので気にしない。
「それにしても太陽遅いなあ。用事を済ませたら迎えに来るって言ってたのに」
いつの間にか壁ではなく窓に張り付いているリュコ姉。
そういえば今日は町の外れで花火大会だとか何とか。
早めに合流して出向く約束でもしているのであろう。
マスターも彼女の移動に伴って場所を移し、窓枠に頬をついていた。
「そういえばこの間、私といーたん、咲良と太陽君でダブルデートはどうだろうと言っていた」
「カオスな予感しかしないな…箱が?」
イソレナさんはこの間、悪霊から箱にランクアップを遂げたらしい。
いや、アップなのかダウンなのかについては個人の意見で差がありそうだが。
「いや、パッチーさんが」
「パッチーさんが!?」
「カオスが見たいんだろう」
「…ああ、うん、そういう人だよネ」
リュコ姉はさらっとちょっと失礼なことを言った。
リュコ姉はこういう龍である。
「そういえばリーヴァさんが、二分の三デートに貴方を誘っていました」
火乃香が話を振ってくる。
「…にぶんのさん?」
「…何故私を通して誘うのか…そして何故私を誘うのか…理解に苦しむわ…」
…わあ、俺両手に花。
…なんて馬鹿なことを言ってる場合では無い。
あちらのダブルデート以上にカオスな予感しかしない。
「姉さんでも誘えばダブルになるかな」
「そんなことした日には鱗一枚一枚ガムテープ使って剥いで醤油と味醂揉み込んで炙ってやるから」
うーん、照り焼き。
どうせカオスならますますカオスにしてみるのもひとつの手だと僕は思うのだが、火乃香は反対意見の様だ。
リーヴァさんなあ。イマイチ何考えてるか解らないんだよなあ。
正直ちょっと苦手。
「あ、太陽だ」
そんな事をしてる内に、通りの向こうにリュコ姉のお目当てがやってきた様だ。
ぶんぶん手を振るリュコ姉と、合わせて手を振るマスター。
二人揃って窓の外を眺めたまま、数歩下がる。
一瞬の後…
「そぉい!」
変な掛け声と一緒に、本人が窓枠跳び越えて入ってきた。
綺麗に着地。ポーズ。拍手する僕以外。
…だから窓から入るな…と突っ込むことは諦めたらしい。
まあ、沢山家がある中、一軒くらいは窓が出入口になってる家があってもいい。
…のだろうか。
「フェレス君。メフィストが最近君を見ないと寂しがっていたが」
「…遭わないようにしてますからね…」
なんとなく敬語を使いたくなるのは何故だろう。
本能の警鐘?
だとしたら僕の危険感知も捨てたもんではなさそうだ。
今更だという説もあるが。
…今更と言えば、どう見てもトゥエルウ゛と兄さんの方がきょうだいっぽいよなあ。
死ぬ程ろくでもない事になりそうだけど。
「遅いぞ、太陽ー」
ぷう、とかわいらしく頬を膨らませるリュコ姉。
…このひとの乙女度は相手にしている人物ごとに変化する。
普段が40、マスター相手で50、太陽相手で100。
因みに箱相手でマイナス20。
すみませんと言いながら、彼女の膨らんだ頬をつつく太陽。
…この人も結構乙女世界の住人だ。
リュコ姉相手限定で。
「よいしょ」
乙女ワールドの横で、ぬっと窓枠に掛かる手。
ずるずると本体が上がってくる。
最後に足を枠に掛けて乗り越えてくる箱…
もとい、イソレナさん。
こちらも花火のお誘いだと思われる。
「だから窓から入るなと!」
今度は突っ込む我等がリュコ姉。
イソレナさんは苦笑いしつつ床に両足をつける。
「太陽君が飛び込んで行くのが見えたもので、これは別の方法で挑戦しないとなと」
うちのお客様は皆サービス精神旺盛だ。
割と勘弁してほしい。
…しかし、こうなるともう一人来そうなのがいるなぁ。
「っと、危ない!」
叫ぶマスター。
反射的に窓から離れる一同。
とても勘がいい。
それとほぼ同時に、なにか緑色の物体がまるで流星の如く窓から飛び込み、ソファに突っ込んだ。
頭からソファに突っ込んだ「それ」は、よいしょ、と頭を引き抜き、ふぅ、と息を付く。
一同の視線に気が付くと姿勢を正した。
姿勢正しく、礼儀良く。
窓から、ソファに向かって突っ込んで来たのと同一人物とは思えない態度で、頭を下げる。
「…間違えましたすみません」
「いやいやいや」
ぱたぱた手を振るマスター。
先程引っ込んだ筈の小町が慌てた様子で戻ってくる。
「流星からの物体エックス!?」
純粋に何それ。
小町は風矢を見付けると、ちょっとしょんぼりした様な顔をした。
「…風矢さんですかぁ…」
「…なんでがっかりされてるんだろう、僕。…いや、いいんだけど。…いいんだけど」
あ、傷ついてる。アホ毛がすごく元気無い。
…うーん、龍姿で飛んできて空中解除。
人の姿になって庭にでも降り立つつもりだったけどタイミングを間違えて勢いが殺されずに窓から突っ込んじゃった。
…って所なんだろうな、多分。
「奇しくもこれでトリプルだなぁ。…いっそのこと皆で出かけるか?」
呟くマスター。
…ああ、マスターと箱…じゃなかったイソレナさん。太陽咲良コンビ。風矢小町コンビ。か。
…こう思うとカップル多いなぁ。ちょっと涼しいなぁ、僕。
「いや…」
イソレナさんは神妙な顔をした。
遠い目で窓の遠くを見る。
一瞬、また誰か来たのか?と身構える。
しかしイソレナさんはそのままで、
「…いるんだろう、リーヴァ?」
「はいはい?」
真上で声がした。
見上げると、天井板が一枚外れて誰かの目がこちらを見ている。
その誰かは、まるで忍者か何かの様に開いた所からするっと降りて来て着地した。
…いつからいたんだろう。
というか、何故いるんだろう。
というか、…ここ二階なんだけど、上の階どうなってるんだ?
「あ、…ええ、…うん、契約者に呼ばれて飛び出てほほいのほいするのは龍の勤めですからね!」
僕の視線に気づいたのか、慌てた様に解説するリーヴァさん。
…立派だなぁ。
「…ま、そういうことにしといてやろう」
イソレナさんは何処か遠くを見たままで呟いた。
マスターが憐憫を含んだ眼差しで僕を見ている。
…何だろう、一体。
「…つまり、これで三と二分の三ですね?…あ、雛姫が居るから更に二分の一足すのかな」
呟くマスター。
さっきの話を聞いていたらしい。
「五でいいんじゃないですか、それだと」
恐らく事情の解ってない風矢が注釈を入れる。
何となく沈む僕と火乃香とリーヴァさん。
…誰なんだ、二分の一。
誰なんだ、雛姫の片割れ。
「風矢さん、蛞蝓はお好きですか…?」
「…え?あ、ああ、…いえ、…?」
「今までの人生でそんなこと訊かれたの初めてだなぁ何て言えばいいんだろうって顔してますね」
「…そんな具体的な顔してましたか、僕」
視界の端では風矢を落ち込ませたことに気付いたのか、小町が的外れの慰めっぽいものを繰り出している。
…なんていうか、よく付き合ってるなぁ、風矢。
他人の恋路に口出す程野暮じゃないけど。
「…小町さんは、…好きなんですか?」
「嫌いですけど」
「…………」
ああ、自分が嫌いなのに訊いたのかよ、って顔してる。
…うん、結構具体的な顔してるぞ、この風龍。
万感の想いをこめて彼の肩を後ろからぽんと叩く。
めちゃくちゃ嫌そうな顔で見られた。
「はいはいはいもう出かけるならとっとと出かけましょうみんなで。遠足ですねハイ大人数大人数。団体割引は無理でしょうけどね」
「あ、うん…」
ヤケになって言う火乃香。
ぐいぐいとマスターの背を押して追い出しに掛かる。
慌てた様に追いだれたマスターの後を付いて行くイソレナさん。
小町たちと雛姫が更に何となくその後を追う。
最後に、リーヴァさんがすっと僕の傍を通り、耳元でぼそりと呟いた。
「恋は戦争…」
「…………」
ほんの一言なのに、ありとあらゆる感情が籠っていて。
真夏だというのに、ぞくっと冷気の様なものが背筋を走った。
…戦争、なあ?
「ほらほら早く来ないと行っちゃいますよ!三と二分の二足す二分の一になりますよ!」
しばらくして火乃香が再び顔を出す。
急かす様な言葉を残して、再びさっと消えた。
「…戦争かぁ」
言い得て妙だ。
誰が誰と戦ってるのかすら定かじゃないが。
だけどはっきりと解ることは…
「とにかく、今現在戦況が芳しくないってことかな」
青い夏の空に、まだする筈の無い火薬の匂いがした気がした。