黒は女を美しくするものよと、どっかの誰かが言っていた。


「…………」
それにしたってそれはどうかなあ。
メティーは、指を胸の前で組み合わせ…所謂『陶酔のポーズ』に入った恋人を胡散臭いものを見る様な眼差しで見詰めた。
胡散臭いものを見る様な…というか、実際胡散臭い。
「…詳しくないんでトンチンカンな事を言ってるかもしれないけど…マイハニー。
そういう衣装は、東の島国では、マドモアゼルでは無くマダムが着るものでは無いかね」
朝色の町から遥か東の彼方にある島国。
その土地条件から、他国とは一線を画した独特の文化が育っている土地である。
しかし何故かその島国独特の文化が、ここ朝色の町には幾つか根付いていた。
各地方から寄り合った人々が構成する町だからこその奇妙な融合。
かつてその島国から移住した者たちが広めたのであろう。
ひとつは食。
島国の民は、ライスという、穀物の実を蒸して食べるらしい。
この町の流通ルートに乗る程の品数は無いものの、時々隣町の市で仕入れることができる。
ひとつは戦闘。
両手で持つ片刃の剣である刀は、元々そちらの武器。
重いが切れ味は鋭い、愛好者も多い武器である。
ひとつは衣。
ひらひらした、一見機能性を欠いている和服という衣装。
着物という言葉は時にこれのことを指す場合がある。
―――そして―――
今、メティーのハニー…もといエレは、その着物を身に纏っていた。
恐らく絹で出来ているであろう光沢のある生地。
主人を泣き落としたのか、お小遣を貯めたのか、食費をちょろまかしたのか、太陽辺りが実は養蚕でもしてるのかは知らない。
どういう手で手に入れたかは置いといて、良い品であると思われる。
しかし。
だが、しかし。
…何故、黒一色なのか。
鮮やかな色のひとつも無い。
結婚もしていない若い娘が。
「似合わない?」
「いや、めっちゃ似合います」
「裾の方にさりげなく赤い薔薇を入れて貰おうかとも思ったんだけど」
頬を赤らめるエレ。
…ああ、いい話だな。
恋人の象徴とも言えるものを身につけていつでもいっしょ。
凄まじい乙女チック。
だけどやめといた方がいいと思う。
なんか、もの凄く『その筋の方』っぽいから。
赤スーツなんて着ている自分も正直ひとのことは言えない訳だが、その辺は綺麗に無視するメティー。
「…まあ、うん、いんじゃないかな、黒で」
下手なもん入れるよりは。
言葉の後半飲み込みつつ頷く。
エレは周囲にハートマーク散らしつつ『きゃっ』と照れた。
乙女だ、乙女がいる。
メティーは割とそーゆー女性を好む方ではあった。
…が、エレはどうも一般的乙女概念からズレた乙女であるらしい。
確かに乙女なんだけど、…あれー?…みたいな。
好きになったもんは仕方ないのでもう別にいいかと思うメティーであるが。
…恋は盲目ってか。今更こんなことを実感するハメになるとは。
既に亡き筈のトゥエルヴが『ばーかばーか』と罵りつつ過ぎ去るのが見えた気がした。
「出来ればメティーにも、こういうの着て欲しいな…お揃いで」
出た、乙女チックワード再び。
お揃い。
ペアルック。
街中で見掛けた日にゃ石でも投げたくなるその光景。

この時から約二年後――自分の主人がとある少年に自分の服と同じデザインの服を着せてみるという、もう半ばイジメっぽいことを実行する…なんてことは当然この段階のメティーが知る由も無い。
それを煽るのが自分の娘だなんてことも、勿論知る筈が無かった。

「揃いって…もしかして、色も?」
「メティーは黒も似合うと思うの」
再び、きゃっ、と顔を伏せる。
既に彼女の行動パターンの一部となっているのかもしれない。
メティーは少し遠い目をした。
黒い着物を着た自分…
余り黒一色というのを纏った経験は無いが、恐らく似合うだろう。
大抵のものなら着こなす自信はある。
しかし、

ニメートル近い、ガタイのいい男
付き従う小柄な女性
共に柄無しの真っ黒な着物

「…僕は着物は似合わないから」
「えー、そんなことないと思うけど」
どっからどう見ても、『その筋の夫婦』にしか見えない…とは言わなかった。
言ったが最後、彼女は『夫婦』の部分にだけ反応しそうな気がしたからである。
そして恐らくこの推測は当たる。
「…君ほど黒が美しく映える女性はいないからね、…僕がその傍で同じ色を着てもきっとみっともないだけだし」
「やだメティーったら」
素直に照れるエレ。
ほんの少しだけ胸の奥を罪悪感が付いた。
…嘘をついて胸が痛い。
久し振りの感覚が、不思議だ。

「…君ほど黒が美しく映える女性はいない」
「なんで二回言うの?」
「大事なことだから二回言いました」

そして本当のことだから言い直しました。
その部分だけは、嘘に塗り潰されない様に。
心の中でだけそう呟く。
そしてぽんぽんと、不思議そうな顔をしている愛しい女性の頭を撫でたのだった。



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