某月某日。
「北の方の生き物は体が大きい言いますけど、人間はそうでもないですよね」
付き合っている彼女にそんなことを言われた。
明らかに自分の体躯をしげしげと眺めながら。


巨人


なんかどっかのおえらい生物学者様のお話。
北へ行けば行く程、つまり平均気温が下がれば下がるほど、存在する生き物の体は大きくなる傾向にあるという。
体が大きければその分熱を維持しやすいからだ。同じ温度に沸かした湯をコップと風呂桶にそれぞれ入れた場合、どちらの方がより早く冷めるかを考えれば解りやすい。

まぁ、それはそれとして。


「…リーヴァ」
「…………」
「…僕…やっぱり背ぇ低い…?」
「身長の高い低いは知らないけど、あの一言からそこまで読み取って落ち込む被害妄想のケについては軽くヤバイと思う」
「…………」
看板娘は容赦が無かった。
イソレナは、くぁぁ、と唸る真似をしながら机に突っ伏す。
因みに客観的に見た場合、彼は決して特別背が低い訳では無い。
とはいえ高いとは言い難い身長ではあり、加えて彼が在住する地には、やたら大きい生き物ややたら背の高い人間その他が多く生息している。
その他諸々の理由により、身長のことは地味に彼の劣等感を刺激する材料の一つで在り続けているのだった。
傍から見ると『別にめちゃくちゃ低い訳でもないしいーじゃん』くらいのことでしかないのだが。
コンプレックスというのは、他人に与り知らぬ所でその根を深めているものなのである。
「そんな貴方に朗報。今ならたったのイチキュッパで…」
「あいや待たれい」
イソレナは手を伸ばし、何やら口上を言い掛けた太陽の肩を掴んだ。
太陽は首を傾げ、『何?』という顔で彼を見る。
「なんでそんな不思議そうな顔をされなければならないのか、僕が訊きたいんですが」
「どっから入ってきたんですか?」
「いつ入ってきたんですか」
「そして何を語りだそうとしてるんですか」
交互に質問を繰り出すイソレナとリーヴァ。
その胡乱げな表情に構うこともなく、太陽はいい笑顔を浮かべた。
「いやいや御気になさらず」
「気にしますよ」
「私はこの町で唯一私が定めた家宅侵入権のある男なのです」
「平たく言えば不法侵入だ!」
笑顔と共に放たれた一言に、リーヴァが身も蓋も無い突っ込みを入れる。
この町で今更不法侵入がどうとか…なんてことは今更考えても仕方がないので保留にしておく。
「…で、用件は?」
このままでは話が進まない。
そう思ったのか、イソレナが話を促す。
侵入経路とか何時の間に傍までにじりよったのかとか訊きたいことはあるのだが、どうせマトモに答えはすまい。
それならその辺は諦めて考えないことにした方が精神衛生上良い。
そんな彼の促しに答え、太陽は手にした瓶を見せる。
「身長が伸びないと諦めてるのはまだ早い!三日で十センチの増大法!」
「あからさまに怪しい!」
「ていうかその伸び率はやべえ!」
「変な雑誌の裏表紙っぽい!」
「苦情出したら黒服来そう!」
再び交互に突っ込み大会。
何かと息の合った主従である。
太陽は、いやいや、とユカイな仕草で手を振ってみせた。
イソレナは何か思うことがあったのか、じっとその手に握られた瓶を見る。
そしてはっとした様にを指さした。
「ていうか、それ、アレだ!どっかの山で巨大生物作りだした薬でしょう!」
去年だったか一昨年だったか、周囲の山に出現した巨大生物。
恐らくは太陽の不法投棄によるものだろうと言う事で話をまとめた覚えがある。
だとしたら効く。確実に効く…が、身長が伸びるのではなく、全体的に巨大化してしまう。
当たり前だが、そんなことになっては身長が低いどころの騒ぎでは無い。謎のクリーチャーとして登録されてしまう。
謎の巨人イソレナ。ドロップアイテムは青いバンダナだろうか。どんだけバンダナ落とすんだ。体内で精製しているのか。
一瞬妙な想像をした彼等を、太陽が現実へと引き戻す。
「いや、最近改良を重ねまして。なんとか理想に近づいてきました」
ああ、研究し続けてたんだ。
「近付いただけなんでしょ、まだ理想じゃないんでしょ、怖いですよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ一同。
正確に言うと、ぎゃあぎゃあと騒ぐイソレナとリーヴァ。
場のカオスここに極まれり…と思った時。
「太陽ー、ここにいるのかー」
窓の外から聞きなれた声。
リーヴァが窓を開けると。咲良が通りに立っていた。
「あら、咲良さん」
「そこの街灯下で太陽と待ち合わせしてて、まだ時間ちょっと早いんだけど。
 なんかえらくぎゃあぎゃあ騒いでるんで、ちょっと声掛けてみたんだ」
「そうなんですか。ええ、太陽さんならここに」
言いつつ振り向くリーヴァ。
しかしそこに既に太陽の姿は無い。
えっ、と驚き辺りを見渡し、再び咲良に視線を戻すと、いつの間にかその隣に移動していた。
朗らかに手を振る太陽。
咲良は、「じゃあ、これで」と言い、ぺこりと頭を下げ、通りを北へ上って行った。
喫茶店か何かにでもいくのだろうか。
「…………」
言葉が見付からず、ただそれを見送るリーヴァ。
二人の背中が三軒先の家に差しかかった所で、窓を閉めた。
くるりと振り返り、改めて家の中を見る。
喧噪の去った家の中は、妙に静かで逆に落ち着かない。
加えて、机に突っ伏した男の存在が更に部屋の雰囲気を暗くしている。
この話が始まった頃も彼は机に突っ伏していたのだが、心なしかその時よりも更に雰囲気が重くなっている気がする。
「…あー…」
「…………」
何と言葉を掛けようか。
リーヴァは少し迷った挙句、
「…太陽さんの方が咲良さんより頭一つ分くらい高いのよね。なんか凄く楽しそうだったね」
「…………」
とことんまで落ちてしまえば、後はもう上がるしかない。
そんな先人の言葉に従い、主人をどん底に追い落とす道を選んだのだった。


めでたくなしめでたくなし。



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