某月某日。
突然、借り物競走をすることになった。



「何故こんなことになったんでしたっけ。羽堂さん」
「カフェの雑談が物凄い勢いで横滑りした結果ですよ。春の運動会がどうとかこうとか。かなたさん」
「議題の横滑りは雑談の華ですからねぇ。かなたさん」
「物凄い説明口調ありがとうございます。羽堂さんと朱音さん」
棒読み口調で会話する二人。
心の表面だけ掠って流れていく会話、というのはこういうものを言うのだろうか。
一応相手の名前を呼んではいるが、その瞳はお互いを見てはいない。
三者三様に目が死んでいる。
「ところで羽堂さん」
「なんですかかなたさん」
「私が拾ったメモを見て下さい。羽堂さん」
「そうですか。では、貴女も私が拾ったメモを見て下さい。かなたさん」
「せっかくなので私にも見せて下さい。そして私のも見て下さい。お二人」
かなたの差し出したメモにはこう書いていた。『おっぱい詰め放題』。
羽堂の差し出したメモにはこう書いていた。『真実の愛』。
朱音の差し出したメモにはこう書いていた。『一番どうしようもなくてしょーも無いと思う人』。
「…………」
「…………」
「…………」
三者三様の死んだ目を合わせ。
三者三様の沈黙を落とし。
三者三様に、こう叫ぶ。
「「「わっかんねぇよ!」」」
べし、と同時にメモを地面に叩きつける三人。
ひらひらした薄い紙が、風に流されることも無く綺麗に地面に叩きつけられる。
空気抵抗無視。そこにどれだけの物理的圧力が加わったのかは考えるまでも無い。後は推して知るべし。
「おっぱいって何ですかおっぱいって。おっぱいだけでもアレなのに詰め放題って。
 あとこの字、羽堂さんとこから貰った納品書の字にそっくりだと思うんですけどどうでしょう羽堂さん」
「記憶にございません。ちょっとした諸事情で現在三十六時間貫徹実験遂行中でして。
 正直自分が今何を喋っているのかもちょっとよく解らなくけけけけけけけけけ」
「手遅れだー」
項垂れ、沈黙。
しばらくして顔を上げる。
「…羽堂さんは、イソレナさん捕まえて引っ張ってったらどうでしょう」
「物凄い生き恥ですがな。その辺真夜さんは上手くやった」
遠い目をして、既にゴールにいるであろう宿敵(と書いて多分『とも』とか読む)を想う。
真夜が引いたメモは、『絶世の美女』。
彼女は迷うことなく、その辺でうろうろしていた雛姫を小脇に抱え、真っ直ぐ走って行った。
所謂『子供ネタ』である。上手いと言わざるを得ない。
「…もう残ってるの私らだけですよ。いや、ビリだとかはどうでもいいんですけど。
 このまま『見つかりませんでしたこれ無理ですー』じゃ、なんていうかオチが付かないんですよ」
「すっかりお笑い体質ですね、羽堂さん」
「すっかりというか、元々そうだったような気がしなくも無い。
 …かなたさんのは、いっそのことその辺の乳を適当に捕まえてみるのはどうでしょう」
「その辺の乳って」
「うちの奴らを貸してもいいですよ。咲良とか火乃香とか小町を適当に」
「それ、後で『メモに何て書いてたの?』と訊かれたら終わりだと思うんですけど。主に私の人生が」
げんなりと項垂れるかなた。
ついでに、怯えた様に辺りを見渡す。
何処ぞの(って、彼女自身の、なのだが)緑色を恐れているのかもしれない。
「…………」
朱音は黙って自分のメモに視線を落とす。
正直、羽堂のメモもかなたのメモも、自分のに比べれば救いがある方だと思う。
自分のは『人』に限定されてしまっている訳だし。
いっそのこと自分一人でゴールして『私のことです』とでも言ってやろうかと思うが、余りにも自虐ネタ過ぎるだろうか。
端的に言うと、笑えない。その後がフォローの嵐になるであろうということは目に見える。
自分のことをお笑い体質であるとは特に思わないが、どうせなら笑って終わる方向に持っていきたい。
朱音がそんなことを考えて顔を上げる。
羽堂とかなたがまだ何か言い合っていた。
『その辺の乳』について意見を出し合っているらしい。
女を連れていきにくいなら男を連れていけばいい、真っ平らでも乳は乳だ、みたいな。
二人とも、とても疲れている様子が見て取れる。
「あの」
朱音が何か言おうとした時。
先に限界を超えたのは、かなただった。
手を伸ばし、がしりと羽堂と朱音の肩を掴む。
「解りました。じゃあ、これでその辺の乳を捕まえたということにしてみます」
「…………」
「…………」
その一言をきっかけに、二人の意識の箍も外れる。
頭がすぅっと冷えた様な感じ。
開き直った、とも言う。
朱音は溜息をついて、自分の肩に置かれたかなたの手を掴む。
同時に、羽堂のもう一方の肩を掴む。
「…まぁ、多分今の私達、この町で一番どうしようもなくてしょーもないことしてると思うので」
「…………」
「…………」
異議無き者は、沈黙を以て答えた。
三人はそのまま歩いていく。
かなたの右手と左手は朱音と羽堂の肩の上に。
朱音の右手と左手はかなたと羽堂の肩の上に。
羽堂は遠い目をしながら、二人に引っ張られる様にしてついていく。
歩きにくいことこの上無いのだが、何故か三人はその恰好のまま、てくてくと歩いていった。
ゴールに近づき、先に責務を終えた戦友(って書いてこれも『とも』と読む。多分)の姿が見えてきた。
一同、妙な顔をしている。
そりゃあそうだろう、何処かへ消えたと思った三人が、妙な組体操の様なポーズを取りつつ帰ってきたら。
三人はそのまま表情を変えずに、ゴールテープ代わりに引かれた白線の上を通った。
一瞬間をおいて、真夜が走ってくる。
「お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
三人の声が綺麗に重なる。
相変わらずの無表情。
真夜が少し怯えた様な素振りを見せた。
本人たちは気づいていないのだろうが、醸し出すオーラが、…なんというか、物凄く殺伐としている。
「えっと、紙、確認してもいいですか」
怯えつつも気丈に声を掛ける真夜。
かなたと朱音は、手を離し、それぞれ取ったメモを取り出した。
「おっぱい詰め放題です」
かなたは無表情のままでそう言う。
「一番どうしようも無くてしょーもないと思う人です」
朱音は無表情のままでそう言う。
真夜の表情が軽く引き攣っているのは気のせいだろうか。
それでも彼女は責務に忠実だった。
最後の一人に目をやり、口を開く。
「羽堂様は?」
黙ってメモを突き出していた羽堂は、促されて口を開く。
「…『おっぱい詰め放題』」
「…………」
「…『一番どうしようも無くてしょーもないと思う人』」
「…………」
「…『真実の愛』」
「…………」
何処か遠い目をしながら、三者三様のお題を読み上げる。
「他にも、『絶世の美女』とか、『ヅラ』とか、『イソレナさんのヘアワックス』とか」
「…………」
「…誰も、自分のネタが滑るとか、ドン引かれるとか思ってないこの信頼感。
 これが『真実の愛』で無くて何でしょうか」
ゆっくりと…きっぱりと、口にする。
それに対して反論出来る者は、誰もいなかった。

こうして、今回の騒動は幕を閉じる。
関わった人達の胸に、確かなのかどうか解らない絆と、何処か釈然としない感情を残しつつ。

四方八方にカオスを振り撒きつつ、ドラゴンカフェの日常はまだまだ続くのでした。



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