「これを貴女に」
手渡された指輪は、ほんのりと熱を持っている気がした。
指輪
「…なんか上手いことごまかされた様な気がするんだよなぁ…」
「何が?」
首を捻る私。
咲良が問うてくる。
独り言のつもりだったので少し驚いた。
「私、前に指輪持ってたのよ。実家から持って来た奴」
「ああ…あの。よく覚えて無いけど」
「殆ど着けて無かったから」
想いを込めた宝石は、様々な力を持つという。
災う力、護る力…どんな力を持つかは作り手、持ち手の心次第。
しかしその力を発揮した瞬間、宝石は極度に脆くなる。
だから、身を危険に晒す機会の多いこの町では大事な宝石は身に付けない方がいい。
砕け散った宝石は元に戻らないし…宝石自体は新しく入手出来ても、宝石に込められた想いは回収出来ないからである。
そういう訳で私は折角の指輪を殆ど付けていなかった。
…指が太いので、一度はめると外すのが厄介だから…なんて理由では無いのである。決して無いのである。
「その指輪は?」
咲良は、私が手にしている指輪に気付いたらしく、肩越しに覗きこんでくる。
そしてその宝石の特性に気付き、わぁ、と驚いた様に声を上げた。
「凄いだろう」
別に自分が創った訳でも無いのに、私は誇らしげに答えた。
ちょっと見せて、と、咲良は私の手から指輪を取る。
灯りに透かしてみたり、手に乗せてみたり。
「見る角度で色が変わるんだな」
「透かす光の種類でも色が変わるっぽい。ランプの光で見るより太陽の光で見た方が綺麗。あ、龍じゃない方の」
「文脈から解るよ」
咲良は少し憮然とした風に言った。
「温度でも変わるみたいだけど、よくわかんないなー。同じ温度でも全く同じ色にはならんみたい」
「凄いなー。…何の石だ?見たこと無いぞ」
「私も無い。鍛冶屋長かったのになー。世の中広い」
咲良が返したその指輪を、ケースにしまってテーブルに置く。
そして、ふぅ、と息を付いた。
「…上手いことごまかされた気がするんだよなぁ…」
「だから、何が」
もう一度問う咲良。
私は首だけ動かし、彼女を見た。
「さっき言った指輪。エルヴン・リング…要するにエルフの指輪。
自分で持ち主を選ぶーとかいう言い伝えのある呪いのアイテムな訳」
「…マジック・アイテムじゃないのか」
「もはや呪いじゃね?捨てても捨てても気が付いたら荷物に紛れ込んでるんだから」
もう昔の話だが、実家に対する嫌悪感がピークに達したことがあった。
その時に、実家に関するものは殆ど全部廃棄したのだが…この指輪だけは別だったのである。
ゴミの日に出せばカラスが持ってきて置いていく。
誰かにあげれば『なんかこの指輪もらってから石に躓いたり落とし穴落ちたりが多くなった気がする』と返される。
質屋に売れば誰かが『これ見たらなんか羽堂さん思い出してー』とか買い直して持ってきてくれる。
…呪いの指輪と言わずして何と言うのか。
いや、私本人には何の悪いことも及ぼしていないのでいいのだが。
そんな指輪がある日突然無くなった事があった。
はて…と思っていたのだが、その指輪は数ヵ月後に予想外な所で見付かる事となる。
イソレナさんの…町を出て北の大地に行っていた、イソレナさんの指に嵌っていたのである。
私は指輪をしまいっぱなしだったので、勿論それを彼に渡せるはずも無い。
それが何故彼の元にあるのかは解らないが…彼の話によると、それで彼は危機を逃れることが出来たそうだ。
つまりここでもまた指輪の不思議な効力が働いた訳で。
…そして、話は少し前に遡る。
「そういう訳で、返しに来たんです」
イソレナさんは言った。
左手の甲を私に見せて。
左手薬指の指輪を私に見せて。
「…何故そこに嵌める」
「なんとなく?」
てへ、と笑う彼。
…まぁいい、その辺は深く追求しないことにしよう。
私は手を出す。
彼は笑顔のまま、右手で左手薬指を握る様なポーズをして、
「…………」
「?」
動かない。
笑顔のまま、薬指を握ったままで動かない彼。
しかしよく見ると肩が細かく震えている。
ああ、指赤くなってきてるし。
「…もしかして、取れないんですか」
「…あははは…あっれー?」
「火乃香、洗剤持ってきてー!」
困った様に自分の手を見るイソレナさん。
私の声に応えて、台所にいた火乃香が洗剤の缶を手にこちらへやってくる。
「ちょっと失礼」
テーブルの上のおしぼりで手を濡らし、火乃香に粉洗剤を振り掛けてもらう。
彼の左手を取って洗剤を擦り付ける様にしつつにゅるにゅると泡立てる。
滑りがよくなった頃に指輪を摘み、ぎゅーっと…
…取れません。
「…元々うーちゃんのなんでしょう?女性用のなんですからそりゃきついですよ。ていうかよく嵌まりましたね」
「…いや、嵌める時はそんなきついとは…ていうかすんなりと…」
呆れ顔の火乃香にぼそぼそ言い訳する彼。
…どうせ私は指が太いさ。
腹立ちまぎれに指輪を彼の指ごと握り、全力で引っ張ってみる。
「痛い痛い痛い亜理紗さっちょっ待って痛い!」
「…駄目かぁ」
これ以上やったら折れそうなのでやめておく。
涙目で左手を擦っているイソレナさんに、『外れたら返してください』と伝え、帰って貰った。
その夜、電話が鳴った。
『あー、僕です。さっきお風呂入ってる時にふと引っ張ってみたら取れました!』
「あ、金属部分が膨張したんですかね?」
『多分。明日返しに行くですよー』
「はい、待ってるですよー」
翌日、イソレナさんがやってきた。
指輪は、何故か再び左手薬指に嵌まってていた。
…だから何故そこなんだ、とはもう言わなかった。
「…もう一度着けてきたんですか?」
「はい。朝にもやってみましたが、普通に着けられましたし普通に取れましたんで。
多分昨日は指がむくんでたんだと…」
彼は笑顔で昨日と同じように指輪を摘んで引っ張り、
「…………」
ああ、ぷるぷるしてる。ぷるぷるしてる。
指赤い。顔赤いって。ちょっともうやめなさいもう。折れるって。
…そして、結局イソレナさんはその日も帰って行った。
因みに、彼の家の玄関を潜った瞬間、指輪はするりと外れて床板に落ちたそうな。
更に次の日。
三日連続で、イソレナさんがやってきた。
「今日は外して持って来ました!」
「…最初からそうしろという突っ込みは厳禁ですよね?」
一日目と同じ様に、手を出す私。
イソレナさんはポケットに手を突っ込み、
「…………」
笑顔が固まった。
「…イソレナさん」
「…………」
ずぼ、とポケットを引っ張り出す彼。
ホコリの一つも出てこない。
そして当然だが、穴が開いている訳でも無い。
「ちょ、ちょっとすみません!」
イソレナさんは踵を返し、ダッシュで家を飛び出していった。
後には手を差し出した形のままの私が残される。
「…何しに来たんですか、あのヒト」
レジの中にいた火乃香がぽつりと呟いた。
因みに指輪は、彼の家のポストに入っていたそうだ。
そんな事を、三度程繰り返し。
とうとう私達は諦めた。
そもそもエルヴン・リングの触れ込みは「自ら持ち主を選ぶ」指輪。
私の元を去り、イソレナさんの元に現れたということは、そういうことなのだろう。
指輪が新たな持ち主を選んだのだ。
「…『エルフの指輪』なのにねぇ」
私は溜息を付き、再び指輪のケースを手に取った。
ぽん、ぽん、と投げ上げる。
何度かそうしている内に、ケースが開いた。
不思議な色の石が現れる。
イソレナさんが代わりにとくれた指輪。
パンドラ・リング…らしい。
「私の方にパンドラリング。彼の方にエルフの指輪」
経緯はともかく、指輪を交換した事になる。
…指輪を、交換した事になる。
私は立ち上がり、ぐしゃぐしゃと髪を掻き毟った。
「あー、やっぱり納得行かねー!ていうかやっぱりごまかされてるー!」
「何が!?」
びくっと震える咲良。
私は彼女を無視して部屋を出て行く。
なんなんだよー、と不満げな声が背中にぶつかるが、そんなものは気にしない。
「…イソレナさん」
『なんですか』
電話の向こうの彼の声は、いつも通り。
明るくて、何処か飄々としている。
それが嫌いな訳では無く、嫌いな訳も無く、むしろ好きなのだけれど。
「…イソレナさん。いーたん。いーたんいーたんいーたん」
『勝手に可愛く呼ばないで下さい』
「イソレナッシュさん」
『パトラッシュっぽくしないで下さい』
「イソレナさんの馬鹿ー!」
『なんか罵倒された!』
「イソレナさんの変態ー!」
『聞き捨てならない!』
いつも通りの掛け合い。
意味が無い様な掛け合い。
様な、では無く実際に意味が無い。
「違うというのか!」
『否定は出来ないが一応建前上否定しておこう』
「否定出来て無いし!」
言葉の全力投球をしばらく繰り返した後。
意味が無い言葉もストックが尽き、沈黙が訪れる。
気まずい沈黙では無い、落ち着いた時間。
それだけ私が相手に、相手が私に馴染んで来たということを顕している。
電話の向こうに相手がいるということが解る、それだけでほっとすることが出来る。
ある意味嬉しい事ではあるのだが、ある意味怖い。
馴染みとマンネリは紙一重だからだ。
私はベッドに寝転んだ。
それでも受話器は離さない。
「指輪の件ですが、ありがとうございました」
『あー、いえいえ。エルフの指輪返せなくなっちゃったですしねー』
「指輪の意思ですから仕方ないですよー」
指輪の意思ってなんなんだ。
心の中でセルフツッコミ。しかし他に言い様も無い。
『代替品ですが、結構いい品ですよ』
「いや、鑑定出したんですけど、むしろ性能はこっちの方が良くないですか…」
『気の所為です』
「絶対違う」
言い訳にもなってない言い訳を切り捨てた。
…性能、か。
この町においてアクセなんて武具のひとつでしか無いのかもしれない。
指輪の交換という行為に重きを置いているのは、私の方だけなのだろうか。
左手薬指の指輪に必要以上に反応したのは、私の自意識過剰なのだろうか。
そう思うと、色々馬鹿馬鹿しくなった。
『あー、それはそうとあーちゃん。この間のことだけど…』
イソレナさんが違う話題を振ってくる。
私はそれに応え、この会話は流れた。
「どもですよー」
今日もイソレナさんはやってくる。
用も無いのにやってくる…と言ったら酷く悲しげな顔をされた。
恋人と会うのが大事な用だよ!…らしい。
不覚にも少しときめいた。
拳を握って力説する彼…の左手薬指に、あの指輪。
結局彼はそれをそこに着け続けている。
それを見る度に少し苛付くのだが、さすがにそれは私の勝手というものだろう。
「んー」
イソレナさんが私の手を取った。
不満げに頬を膨らませる。
「何ですか」
「着けて無いー」
「…何故左手を取るんですか」
「えっ、婚約指輪って左手薬指に付けるものでしょう?」
…………。
えーと。
「…はぁ?」
「婚約指輪ー」
何ですか、その無邪気な笑顔は。
目の中に星飛んでまっせ、兄ちゃん。
「…詳しく説明を」
「僕たち恋人同士でしょう」
「まぁ、そういうことになってますね」
「いずれはほら、そういうことに」
「ちょっと待てこのモノグサ」
べちん、と両手で彼の頬を挟む。
ぎゅうっと押しつけられ、彼は少し愉快な顔になった。
「何か問題が?」
「何か問題が?じゃねぇこのいーちゃんめ。なんで当たり前の様に結婚前提なんだ」
「え、しないの?」
「するしないじゃなくて!なんで過程をすっ飛ばすの!ていうか恥ずかしいイベントを極力ごまかそうとしてないか!?
指輪交換イベントもっと力入れろよ!何その手抜き!こんな手抜きイベントのエロゲ誰も買わないよ!?
牧場○語とかでも恋愛イベントのテキストが少ないと叩かれてる世の中なんだよ!?やりすぎくらいが丁度いいんだよ!もっと恥かけ!
相手にも『えー自意識過剰?』とか思わせる指輪交換イベントって何の冗談だ!むしろ罰ゲームだ!」
「OKあーちゃん待て、ときに落ち着け。よくわからん電波を受信し始めている」
…はっ。
我に返り、すとんと椅子に座る私。
彼は着衣の乱れを直すと、息を付いた。
そして、こほんと咳をひとつ。
背景に点描やら薔薇が見える様な笑顔を浮かべ、
「…不器用ですから?」
………………………………………………………………
「そっ、それでごまかせると思うなー!」
「HAHAHAHA」
どっかの太陽君に似た笑い方をしつつ走り出していくイソレナさん。
その背中にそこらにあるものを手当たり次第にぶつける私。
火乃香(実はいた)が、『何やってんだか』という顔をして、ただ成り行きを見守っていた。