その人は、いつも遠くから彼らを見ていた。彼らの内の一人は時々それに気付いて、入りたいなら入っても良いのにと思うけど、なかなか言い出す機会が無くて、結局、会話の輪の人数が増える事はなかった。
始まりが無いから終わりも無いのだという、そんな物語の冒頭。どうしようもないと閉じた物語。
……そういえば――
79 両性具有 ― 夢現の中の彼ら ―
その時も、111番地の店内で三体の龍は雑談していた。その一体は店員である。客の地龍、太陽に相手を頼まれ、もはや毎回恒例と言っても良いのかもしれない。幸い他に客も少なかったので、店員自身、半ば開き直って相手をしていた。
そこまでは、それまでと全く同じだった。
違ってきたのは、いつもはその店員――地龍ポコスを軽く注意する(という名目でからかう)風龍エゲリアが、妙に真面目な顔でそのテーブルに近付いてきてからだった。座った位置から、他の二体より先に彼女に気が付いたもう一体の客、咲良が、最初に声をかけた。
「やっほー、エゲリア。久し振り」
「こんにちは、咲良殿、太陽殿。それで……また、ですか」
「……確かに“また”だが……エゲリア。言っておくが私は自分の意思でサボったわけじゃ――」
エゲリアの突然の行動に、ポコスの言葉は途中で途切れてしまった。別に口を手で塞がれたわけでも、口内に布を突っ込まれたわけでも、ましてや口にチャックがあってそれを閉められたわけでもない。
彼女は、背後から彼の頭を抱き抱えるようにポコスを抱き締めたのだ(ポコスが座っていて、尚且つ少し背伸びをしていたからこそできる芸当である)。
絶句したのはポコスだけではない。咲良も太陽も、きょとんとその珍しい光景を見ていた。別にこれをやっているのが店長の朱音だったら冷やかしたりなんだりできただろうが、エゲリアなのだ。いつも本と読書の事だけ考えて行動し、それを邪魔する者は同僚も客も主人も容赦なく遠慮なく吹っ飛ばすエゲリアなのだ。ツンデレというよりクーデレ。クーデレというよりクーツン。そんな謎のステータスが備わっているのがエゲリア……だった筈なのだが。
「……エゲリア、どうした?」
意外な事にというか、抱き締められたポコス自身は驚いた、というよりはむしろ心配そうな顔をしていて、特に顔色を変えるわけでもなく、ただ眉間にシワを寄せながらエゲリアに問いかけたのだが、じいっと咲良と太陽を交互に睨んでいた彼女の耳には、全く届いていなかった。
エゲリアはそのままの体勢で口を開いた。
「お二方……ポコス殿は、私の嫁なので、あまり取らないで下さい」
彼女は大声で宣言したわけではないのだが、その一言の威力は絶大だった。波紋が広がるように店内全体が静まり返っていた。
「……あー、俺、じゃない、私は、一体どこからツッコミを入れれば良いんだろーか……?」
静寂を破ったのは、エゲリアの腕の中で目を瞬かせていたポコスだった。彼のこうしたハプニングに順応スキルは、いつも突拍子もない行動する店主のお陰で(所為で?)日に日に磨かれていたらしい。彼の言葉で現実逃避していた思考が帰ってきたらしい咲良が、それに呟きで答えた。
「えーと……とりあえず、嫁、って部分じゃないか? お前は雄なんだし」
「そうだよな……そこだよな。まずは……」
二人の話を黙って聞いていたエゲリアは、不満げに少し頬を膨らませた。妙に動作が子供っぽいが……先程の問題発言も踏まえれば自然というか、そうであってもおかしくないと考えられる程度の事だ。
「確かに、ポコス殿は男性ですけど……何か受け受けしいじゃないですか」
「何故だ!? って言うかむしろ何の用語!?」
「……いや、ただのヘタレで良くないか?」
「いずれにせよ弱々しい事に変わりは無さそうですね、ポコス君」
「……。……」
反論しようにも、上手い言葉が見付からなかったポコスは押し黙った。それがまた弱々しい印象を強くしている事に、彼は気付いているのだろうか。
微妙な空気が漂い始めた時、エゲリアはポコスの頭を離した。その直後、軽い足音を立てながら、厨房から蒼と白エプロンドレスを着た少女が、小脇にトレイを抱えて、朱色の髪をなびかせて現れた。
「あっ、朱音さん! 丁度良い所に!」
「こんにちはー咲良さんに太陽君……あの、当店の従業員が何か失礼でも……」
「いえいえいつも通り美味しいお食事でした」
「ありがとうございますー……って、料理の話ではなくてですね……」
「失礼っていう訳でもないんですけど……その……」
咲良が言い渋っていると、ポコスの背後に立っていたエゲリアが、今度は朱音の腕に抱きついた。今度はどうした!? と目を見開いた地龍達の様子には気付いていないらしい朱音は、ぎゅっと自分の右腕に両腕を絡ませている緑色の頭を見て、不思議そうに首を傾げた。
「エゲリア? どうしましたいきな――」
「朱音殿も私の嫁です。誘惑しないで下さい」
……あっれー? と、その場にいたエゲリアより背高の四人が首を傾げた。朱音はエゲリアの額に軽く手を当てながら首を傾げた。
「えーっと……熱は無いみたいですが……何か変な物食べちゃいました? 無理してませんか?」
「平熱ですよ。変なものなんて食べません。普通です」
「どこが普通だ? さっき変だったろうが……俺は私の嫁だとか言ってたし……」
「はい……? いや、聞こえましたけど……」
朱音は戸惑ったように眉根を寄せて、ううむと唸って考え込んだ。そして不安そうに地龍達の方を見遣って口を開いた。
「……朝色の町って、重婚とか複婚とかOKでしたっけ?」
「真顔で訊かないで下さい、朱音さん」
「いや、無いと思うから、普通……と言うか問題はそこではない気がするんですが? 見て見ぬフリですか、店長さん?」
「私の知的好奇心が疼くのはそこです」
「俺達の人間関係の相関図とか考えてくれないか!? 龍だけどさ!」
ポコスとエゲリアは朱音の従者。ポコスと朱音はエゲリアの嫁(らしい)。朱音とエゲリアはポコスの……何だろう? と三者の関係を思い浮かべた咲良は疑問符を頭に浮かべた。少なくとも朱音はポコスの想い人なのだが……となると、従者(雌)の嫁(雄)がその女主人に片思い状態、というのが一番簡潔なのかもしれないが……どこの昼ドラだ。
「んむー……ううむ……もしかすると約数百年前にこの辺りを治め――」
「「そのネタはもう良いよ、太陽」」
「うぅ、くすん……」
太陽の眼鏡の下で涙がキラリと光る。
「ああもう泣くな、太陽。めそめそするな!」
「太陽殿はいらっしゃいませんよ?」
とても間近に聞こえた声に、少女はビクリと肩を震わせた。ハッと目を見開くと、いつもは見下ろしている筈の顔が、自分と同じ目線にあった。喜怒哀楽のいずれも表わしていない白い顔に埋め込まれている、森のような深い緑の瞳は静かに少女を見ていた。
「おはようございます、咲良殿。三時のおやつは如何ですか?」
「……え、エゲリア!?」
「そんなに大きな声を出さなくても良いでしょう……ここがどこなのか、判りますか? 私の部屋ですけど」
「え……ええ? ゆ、ゆめ……?」
「夢? ……夢を、見ていらっしゃったのですか。どのようなものでしたか?」
薄く苦笑を浮かべて問いかけてきたエゲリアに、果たして正直に教えて良いものか、霞になりかけていた夢の記憶を拾い集めていながらも少し不安になって、咲良は彼女に、怒るなよ? と確認を取ってから、夢の内容を伝えた。
エゲリアは話が終わるまで、時々相槌を打つだけで、笑みを浮かべるわけでも、顔を引きつらせるわけでも、眉根を寄せるわけでもなく、咲良が目を覚めた時に見た、能面のような顔をしていた。ただ、話が進むにつれて、彼女は少しだけ、考え込むように目を細めていった。
「――で、声をかけられて目が覚めた」
「……そう、ですか」
エゲリアは少し視線を中に彷徨わせて、軽く息を吐いて肩を落として、おもむろに口を開いた。
「とりあえず、お茶にしましょうか」
そう言ってエゲリアは立ち上がろうとして、何かに滑って掌と膝を床につけた。四つん這いになって少し震えているその様子を見て、ようやく彼女が動揺している事に咲良も気が付いた。
珍しく開け放してるという窓の傍に置かれた簡易テーブルの前に座って、家主の朱音が作ったカステラをお茶請けに、二人は紅茶を飲んでいた。咲良の方は用意されていたカステラを見て元気を取り戻せたが、エゲリアは紅茶を飲みながら頭の中で精神統一精神統一と唱えていた。秋風に吹かれて顔全体を覆ってしまう豊かな髪を撫でて軽く耳にかけながら、軽く溜息を吐いているエゲリアを見て、夢の話は無かった事にするべきなのかと思ったが、やはり気になっていた咲良はカステラを一つ食べてから呟いた。
「……どうしてポコスまで嫁って呼んでたんだろう……」
「それは……地龍殿が女々しいからでしょう。下手すればマスター殿の方が男前な時もありますし」
「……あー……そういえばあまり男前なポコスって見たことない気が……」
「男前になろうとすると華麗にスルーされているみたいですからね」
……不憫だな。と咲良は思ったが……立ち位置をはっきりさせていない彼にも責任はあるだろうから、あえて何も言わないでおく事にした。目の前にポコスがいるのなら、なんかしら言っていたかもしれないが、今目の前にいるのはエゲリアだ。彼女に言っても仕方がない。
エゲリアはカステラを一つ摘まんで半分にして、片方を食べ終えてから呟いた。
「マスター殿は即答で断るでしょうけどね」
「え?」
「結婚の話です。マスター殿の出身地では、未成年が結婚する際には御両親の承諾が必要だそうですが、今この町に彼女のご両親は住んでいらっしゃいませんから……ここは彼女の郷里ではないからと言って、慣習まで全部変えさせるのは無理でしょう」
「……ああ、年齢の問題なのか」
「少なくとも、当分はその言い訳を使用し続けるでしょうね」
「へえ……じゃあ、エゲリアは?」
咲良の問いに、エゲリアはもう半分のカステラを喉に詰まらせかけたが、何とか飲み込んでから何事もなかったかのように答えた。
「そう、ですね……一目見て恋に落ちてその日の内に床を共にする気にならない限り、見合い話も断りますね。読書が忙しいので」
「……普通に嫌だ、って言えば良くないか?」
「読書よりも優先度が低い事を敢えて示そうかと」
「そうなんだ……」
「そんな事より、もっと如何ですか?」
カステラの乗った皿を咲良の方へ差し出したエゲリアは変わらず無表情だが、微妙にむっとしている感じがする。あまりそういう話は振られたくないのだろう。咲良が大人しくカステラをもう一つ手に取ったのを見て、エゲリアは紅茶の入ったカップを口に運んで、それから少し俯いて眉間にシワを一つ刻んで呟いた。
「しかし……何故また、私が地龍殿とマスター殿を娶りたいなどというような、そんな夢を……」
「いや、それは、私が一番知りたいんだけど……」
夢は願望の表れ、という言葉があるが今度ばかりは当てはまらないだろうと、咲良はカステラを頬張る幸せを噛み締めながら思っていた。どうして仲の良い知人達があんな妙な関係になることを、誰が望めるだろうか。お笑い思考を追求するにしたってあんまりすぎる。 ぐるぐる考えている咲良の手からカステラが無くなったのとほぼ同時に、もしかしてと呟いて、エゲリアは顔を上げ、咲良に問いかけた。
「咲良殿……その……先程、眠ってしまわれる前に、何か物語を読んではいませんでしたか? 夢の内容と、どこか似ている」
「え? あー、確かに。読んでいたけど……流し読み程度だったし」
「どのような内容でしたか?」
「えーっと……」
あらすじを見た限り、それは学園を舞台としたラブコメ小説だった。何故それを選んだのかは覚えていないが、多分適当に気が向いた本を取ったら、それだったのだ。その物語の主人公は、物語の序盤、遠くからヒロイン達を見ている事しかしなかった。その集団の一人は時々その視線に気付いて、入りたいなら入っても良いのにと思うけど、なかなか言い出す機会が無くて、結局仲間の人数が変わる事はなくそのまま物語は進むようなのだけれど、咲良は序盤で飽きてしまった。それを本棚に戻し、他の本を探していたのだが、一度集中が切れたことで、書庫の微妙な薄暗さと静けさが誘う眠気に負けてしまったのだった。
この部屋にある本について全て把握しているらしいエゲリアは、その短い説明で大体見当が付いたらしく、成程、と目を細めた。
「あの話ですかね……個人的に、あれはあまり好きではないのですけどね」
「……なのに、持ってるのか?」
「そういう系統の本を読みたいと思う方がいるかもしれませんから。一応、この部屋は書庫という事にされていますし」
少々お待ち下さい、とエゲリアは立ち上がって部屋の奥に行き、一冊の文庫本を手にして戻ってきた。その表紙や題名に咲良は見覚えがあった。
「それだ……!」
「やはり、これですか……」
エゲリアはぱらぱらと中をめくりながら、ふと溜息を吐いた。
「やはり、まだ好ましいと思える話ではありませんが……懐かしいですね。二年近く見ていませんでした」
「……掃除の時とかに見たりしないのか?」
「書架の清掃は、惣闇殿と分担して行いますから。この本があった辺りはずっと彼に任せていたと思いますし……」
「え、二人だけで?」
「ムンダー殿は家全体の掃除をなさってますから、更に仕事を増やすというのも気がひけますし。子供は論外ですし。先日この家に来た楓殿も……色々ありまして、頼めません。
地龍殿やマスター殿はちゃんと本の扱い方も心得ていらっしゃいまし、きっと普通に掃除して下さると思いますけど、いつ依頼や料理の注文が来て仕事に戻ってしまうか分かりませんからね」
確実に手が空いている惣闇と二人でやるのが一番良いのだと言うエゲリアの言葉を半ば聞き流して、咲良はぽん、と手を打った。
「……そうだ。その主人公とお前の行動が似てたからだ」
話の流れが無視された事よりも、その言葉の内容そのものに対して、何か思う所があったらしいエゲリアは、すうっと目を細めた。
「……どこが、どう似ていると?」
「だって、お店に来た私と太陽がポコスに絡んでいると、よくやって来るし」
「ああ、それは……面白そうだからですよ。地龍殿を程好く弄って下さりますし」
「程好く?」
「私やマスター殿だと、うっかり地雷を踏んで大喧嘩してしまうでしょうから」
そう苦笑したエゲリアの言葉に、思わず咲良は眉をひそめた。
「……あいつ、怒るのか?」
「流石に地雷を踏んだら怒りますよ……恐らく……」
「恐らく、って……」
誤魔化したいのかエゲリアは少し視線を逸らしながら軽く咳払いをした。
「それにしても……夢の中の私は、二人を娶るなど、何故そんな面倒な事を望んだのでしょうね……?」
その事が余程気になるのか、エゲリアは本を軽く撫でながら不可解だと呟いた。咲良は先程から取れない眉間のシワをもう一本増やしてしまった。彼女の言動は先程から解り難い事だったりツッコミ所のあるものばかりだ。
「面倒とかそういう問題なのか……?」
「そうですよ……二人を平等に愛するなど難しいのですからね。私にはせいぜい二人を平等に放っておく事くらいしかできません」
「……ほ、放っておくんだ……」
「本を読みながら相手をするのは難しいでしょう?」
「……でも、今、私とこうして話をしているみたいにすれば、それで良いんじゃないか……?」
「四六時中このように本読まないでいる事は私にとっては苦痛以外の何物でもありません。もっとも、貴女は私の友人で、今日はお客様ですからね。御持て成しくらいは致しますよ」
紅茶を用意し、お茶請けのカステラを作ったのは朱音で、お茶の時間になっても階下に降りてくる気配のない二人(各々本の世界と夢の世界に行っていた)の為に、それらを部屋に運んできたのはポコスなのだが、別に言わなくても問題無いだろうとエゲリアは黙っていた。
「……なかなか興味深い夢だとは思いますが……正夢には絶対なりませんね」
「むしろ、正夢になっちゃったら、色々大変だと思うんだけど……」
「ええ、ですから、心配は御無用ですと申し上げております」
きっぱり言い切るエゲリアはいつもと同じ無表情だから、咲良は少し不安になって、口を開いた。
「一応、訊いておきたいんだけど……朱音さんとポコスのこと、嫌いじゃない……んだよな?」
「……そうですね……嫌いではないと思いますが……」
エゲリアは紅茶の最後の一口を飲み込んで、ゆっくりとカップを置き、
「あのお二方を連れ合いにするのだけは、片方だけでも真っ平御免です」
それはそれは明るい笑顔を浮かべて、きっぱり言い切った。
「……偶然が重なっただけなのか……その偶然すらも何かが働いた事によって起きたものなのか……」
黄昏時。咲良を68番地まで送ったエゲリアは、帰り道の途中で、密かに持ち歩いていた四六判の黒い表紙の本を取り出した。栞が挿してあるページを開くと、そこには“願望を夢で確かめる方法”と大きめのフォントで書かれた題があった。
本文の説明にはかなり簡単な動作と呪文しか書かれていなかったので、本当に出来るのだろうかと興味半分でエゲリアはやってみたのだが、まさか自分以外の誰かの夢に影響を及ぼすとは思っていなかった。
「咲良殿の中にはなかった筈の……“私の願望”」
副作用についての補足説明の中にはそのような記述はなかった。後で書き加えた方が良いかもしれないと、彼女は眉根を寄せた。本を汚すのは本意ではないが、情報源として本を扱う以上、その情報の詳細や正誤は追究しておくに越したことはない。たとえエゲリアには素直に受け入れ難い内容の結果だったとしても、実際に彼女は見ようと思って見れる筈もなさそうな夢を見たのだ。
「私の望みは……あのお二方を傍に置きたいとか、そういう事ではないのですけどね……」
むしろあの二人には早くスッキリした二人で完結できる関係になって欲しいのだ。それは恋人でも主従でも友人でも何でも良い。どうでも良い。二人から別々に相談を受けてそれにいちいち答えるのが面倒で、はっきりしない二人の態度がじれったいのだ。エゲリアは、きちんとくっつくか壊れるか無かった事にするのか、早くどれかを選んで欲しいのだ。
「……その方が楽でしょうに」
実際、どちらかが現状を維持する事を諦めれば、かなりスッキリするのではないかとエゲリアは思っている。思っていても、二人にそれを提案しないのは――
「……無駄に意志が固いのですから、困ったものです」
――彼も、彼女も、自分だって本当は、何一つ諦めたくないからだ。
夢に表れたという願望。それが自分の深層意識の底に眠るものではないと、言い切る事は出来ない。だからこそ、巻き込んでしまった咲良には悪い事をしたと思っていても、実験をした事は口に出さなかった。口に出したらきっと――
エゲリアは自分の思考を笑い飛ばした。
「……出さなければ、それで良い話」
始まりさえしなければ、終わりもしないだから。
今日は帰ったらもう寝ることにしようと、エゲリアは本をしまって、いつの間にか止まっていた足を動かした。