初夏の昼下がり、バイト帰りのついでに畑で作業をしている彼に差し入れを届けてくれないかと111番地の店長から頼まれた白髪の少女は、教えられた場所に辿り着き、いつもより少し高い位置で茶色い長髪をまとめている青年に声をかけた。
 よく肥えた土の上で、もう水の出ない如雨露を片手に案山子のように立っていた青年は、少女の声に振り返って、気だるげな面持ちだったその顔に、「どうしたんだ?」と応えながら薄く笑みを浮かべた。
 受け取った差し入れの籠の中には、水筒と濡れ手拭き、大きく三等分されたチキンサンド、そしてカステラが入っていた。小金に輝くその焼き菓子を見て一瞬目を輝かせた少女を見て、彼は苦笑しつつもそれを半分にして、気持ち大きい方の塊を彼女に差し出した。
 畑の土手に腰かけて、二人で食べながら、ヤマもオチも特には無い世間話をしていた。一つの話題が終わって、数秒沈黙が流れた後、少女はその話題を口に出した。

「なぁポコス、お前は精霊を信じてるか?」



68 神官 ――むしろ祭司っぽかった経歴を持つヒトの話――



 真剣な面持ちで問いかけた少女に、ポコスは飲んでいたお茶を一瞬の間をおいてから飲み込んで、気まずそうに苦笑した顔を向けた。

「おい咲良、そういう滅多な事はあまり言わない方が良いぞ?」
「うん、それはこの前知ったから。純粋に、お前はどう思ってるのかなーって思って」

 あの時足元で起きた地震は身体が揺れてたからではないだろうと少しだけ口元を引きつらせた咲良の様子を見て、それでも深く追求するのは避けておくことにしたポコスは「そうだなぁ」と呟いた。

「信じているっていうか……信じざるを得ないというか。そこにいるのが普通というか……」
「……もうちょっとはっきり言ってくれないか?」
「悪い。上手く言葉にできないんだが……まぁ、見た方が早いか」

 よいせと声をかけたながら立ち上がったポコスは畑の端まで歩いていき、この辺りで良いかな、としゃがんで畝に手を添えた。

「というわけで、よろしく頼めるか? ほんのちょっとで良いから」

 ポコスは畝に向かってそう話しかけた数秒後、畝の中からのそのそと土を盛り上げて、幾つかの双葉がぱっかりと芽吹き、青々としたその姿を顕わにした。少し離れた所に座っている咲良にもその光景ははっきりと観察できたので、彼女は元々大きめな目を更に丸くした。
 彼は「わざわざありがとう」と礼を言ってから畝から手を離して、土を払いながら口を開いた。

「まぁこんな風に。信じるも何も、こうして事実いるんだからわざわざその存在を疑ったり否定する方が面倒じゃないか? っていう考え」
「……いや。ポコス。今、お前……何した?」
「何って……精霊に頼んで少しだけ力を、精気とでも言うんだろうか、成長する為の刺激? とにかく、それを種に流してもらった。あまりやるとその後反動で枯れることもあるから、普段はやらないけどな」

 それでも、意図的に頼まなくても彼が手入れをする時とそれ以外では、育ち具合も実り方も違うらしい。収穫するのが2週間くらいは速まって、量も1.5倍くらいにはなるらしい。灯磨や秋桜と同時に育て始めた朝顔も、彼だけ少し早く芽を出し蕾を膨らませ、より多くの種を収穫できたそうな。

「俺はこれ以外特に使役しない……というか、彼らの力を貸りて使える技がほとんど無いから、逆にこういう時サービスしてもらえるんだよ」
「へぇ……だから姿も見えたりするのか?」
「いや、別に見えてる訳じゃないんだが……何となくこの辺に居るのかな、って感じで察知できる程度で、はっきりした何らかの形を持って見える訳じゃない。強いて言えば何か埋まってるみたいな感じがするだけ」

 ポコスと同じ家に住んでいるエゲリアも、よく風の精霊とその力を使って本を運んだり空を飛んだり灯磨を投げたりしているが、そんな彼女もはっきり見えている訳ではないらしい。曰く、その辺りだけ湯気越しに景色を見た時のように歪んで見えるそうな。
 どちらも人と契約する難易度が高くはない、どちらかと言えば物質世界に比重を置いた身体だから、どんなに接し慣れていてもその程度にしか知覚できないのではないかと勝手にポコスは考えていたりする。

「ふーん……でも、なんかズルい」

 むぅ、と口を尖らせる咲良を見て、ポコスは困ったように微笑した。彼より難易度が高く、能力もポコスより遥かに優っている咲良に精霊が見えていないのは、そもそも彼女はそういう存在が見えるものだと思っていなかったから、仮に見えても気の所為だと無視して、結果として見えない身体になってしまったのではないか。そんな風に彼は思っている。

「慣れもあるからな。小さい頃からここで言う地龍祭みたいなのを、地元では月に一回はやってたし。まぁ、それが仕事だったからな。ある意味豊穣神みたいな扱いだったかもな。そういう時以外は割と普通に遊んで暮らしてたけど」
「へぇ……。……お前の小さい頃とか、ちょっと想像できないんだけど」
「そうか? 今の俺がこのままサイズが小さくなって、少し生意気になったのを想像してくれればそれが正解だぞ」

 咲良の頭の中に、頭も顔も運動神経も良く、年下の面倒見も良くノリも良いが、少々生意気なポコス似の美少年を思い浮かべてみた。……ちょっとイラッとしたのは気のせいだろうか。

「……なんか、年の近い年長者から色々反感喰らいそうだな」
「当たり。お陰で喧嘩は強くなった所もあるから感謝しているけどな」

 たまに現れるこの妙なポジティブ具合が彼の長所であり――ヘタレなままでいる要因の一つではないかと咲良は考えた。現状で満足してしまったら、それを打破する力なんて果たして生まれるだろうか、と。
 加えてそれ以前に、あまり彼と戦わない所為か(彼がドラゴン・テンペストをしている姿自体あまり見られないのもあるが)、ポコスが喧嘩に強かったなんて意識した事も無かった。もしかするとルールがあるとそれを守る方に気を取られて攻めに回れないタイプなのかもしれない。つくづく妙な所が不器用な奴だ。

「ついでだから聞くけど、小さい頃からもそんな風に髪長かったのか?」
「え、あー、まぁ、今ほどではなかったけど。大体背中の半分くらいまでだったかな。色々と便利だったから」
「……長髪が便利になるって、どんな場面だ?」
「そうだなぁ……」

 腰と顎に手を当てて、軽く思案するように目を泳がせながら、ポコスは口を開いた。

「祭り事で必要なのは、まあ色々あるが、祭り事の要素である以上、その一つ一つに非日常を醸し出す事が必要だ。紅白や白黒の垂れ幕や、純白の敷物。金箔の塗られた道具。種種くさぐさの宝玉。色付きガラスを使った絵や天窓。模様とかもそうだな。
 ついでに、参加するのも実生活であまりお目にかかれない長髪の男とか、逆に剃髪した女とか、動き難い豪奢な着物を着た者だったり逆に申し訳程度の表面積の布を纏った者だったり。
 所詮そういうのは飾りにすぎないから限りなくはったりなんだけど、何か違うと思わせたらもうその時点でこっちのものだ。後はそのまま雰囲気をそれらしく感じられるように保って、その空気の中で事を進めれば良いからな」

 普段あまりくどくど喋る事が無いポコスの独白を、咲良は珍しいものを見た時の様な神妙な顔で聞いていた。時々彼が使う単語の意味が解らないものもあったが、気になる話の本題はそこではないので口を挿まずに黙って耳を傾けていた。

「そういうわけで、俺の長髪ははったりの道具の一つだった。あと……」
「あと?」

 まだあるのかと言いたげな口調の咲良に対してか、それとはまた別の理由があるのか、ポコスはにぃっと口元を釣り上げて言葉を続けた。

「片割れと入れ替わって周りの連中をからかうのが面白かったから」

 あいつ今どうしてんだろうな、と独り言つポコスの言葉に、咲良は目を丸くした。

「ポコスお前、きょうだい、いたのか。全然知らなった」
「あー、まぁ。敢えて言う必要もなかったから言ってなかった。もう何年も会ってないし」

 具体的な年数もぱっと思い出せないほど昔の事だったらしく、目を泳がせながら指折り数えたりしているポコスを見て、咲良はちょっと心配になった。

「そんなに会ってなくて平気なのか?」
「あー……多分? とりあえず俺は平気だな。あっちは色々仕切らなきゃいけないだろうから大変かもしれないなぁとか思うけど」
「そう、なのか……」

 他人事の様な口調であっけらかんと言ってのけるポコスを見て、なかなか里帰りしない片割れに、きっとあっちはやきもきしているのだろうと咲良は内心同情した。きっとこいつ色々面倒になってこの街まで旅をしていたんだろうな、とも思った。

「なぁ、その龍は、お前に似てる?」
「見た目はな。双子だし。中身は向こうの方が真面目で、俺よりずっと可愛げがあると思うけど」

 だったらますますその龍は胃を痛めていそうだ。全くこいつは折角きょうだいが居るのにひどいことを。
 一人っ子の咲良は彼を羨ましく思いつつも贅沢な奴だと思った。

「一回くらい里帰りしたらどうなんだ? 羽堂だって私のいつ終わるとも分からない旅を許可してくれたんだ。朱音さんなら尚更、家を数ヶ月空けるくらい普通に許してくれそうな気もするんだけど」
「あー……。いや、まぁ、確かに許してくれそうだけど……あまり帰りたくないというか……」
「そのまま帰らず仕舞いで二度とそのきょうだいに会えなくなったらどうするんだよ」
「……その時はその時で、としか言いようが無いな。別に帰る気が全くない訳ではないんだけどさ……」
「じゃあ、一体どのタイミングになれば帰ろうって思えるんだ?」

 半ば睨むようにして粘る咲良に、ポコスは目を泳がせて呟いた。

「……朱音を連れて帰れそうになったら……かな……」
「え? 朱音さんも? どうして?」
「いや、だから、あいつを……その、俺の連れ合いとして紹介できるなら……っていう意味で……」
「……どんだけ帰りたくないんだよ!」

 今にも消えそうな彼の呟きに、咲良は思わず大声でつっこんだ。

「そりゃあなぁ……ってちょっと待て、今の文脈だとまるで一生叶わないみたいじゃないか!」
「だってお前全然じゃないか! ヘタレじゃないか!」
「最近少しは頑張っているんだぞ! お前らの見ている方が恥ずかしいいちゃつきっぷりを見習いながら!」
「ちょっ、お前は毎度毎度恥ずかしいって、あれくらい普通じゃないのか!?」
「お前らの初々しさは普通じゃな――」

 ぐらぐらっと足元が揺れて、バランスを崩した二人は思わず尻餅をついた。あまりに揺れた時間が短く、周りに生えている樹木も全く枝が揺れていないところから見て、どうやら二人の足元だけで地震が起きたらしい。

「……ま、また……」
「これは……怒鳴り合いの喧嘩は植物に悪影響を与えるから止めろ、って事かな」
「そ、そう言ってるか?」
「さぁな。俺は精霊の言葉は聞こえないから何とも言えんが」

 すっくと立ち上がったポコスは、まだへたり込んでいる咲良に手を差し出して、にぃっと口元を釣り上げた。

「この話はここまでにした方が良さそうだ」

 そう言われて、ちょっと口を尖らせながら、咲良は大人しく彼の手を取った。地の精霊の意思はどうであれ、結果として彼にとって有利な状況にされたことで、やっぱりなんかズルい、と思ったりして。



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