やたら長い注意書き。
 111番地の店長と地龍が軽く病んでます。病んでます(大事な事なのでry)。
 そんな軽く病んだ両思い設定。両思いと言っても、気分的には×ではなく→←という感じ。
 という訳で、何かの二次創作を読んでるつもりで読んで下さい。
 IFでパラレルな並行世界です。本編にはリンクしません。

 「ぽこっちはヘタレな片思いじゃなきゃ!」という方へ、あまり萌えないかもです。インテ○かタミフ○が入ってます。
 「ほのぼの大好きー」という方へ、スライディング土下座で勘弁して下さい。
 「殺伐大好きー」という方へ、多分生温いので期待しないで下さい。

 一応スプラッタな描写はありません。トマトジュースやイチゴジャム的なのを拭く用の雑巾等は今回出番無いです。

 以上の注意書きで「止めておこうかな?」と思った方、実際辛かったらプラウザバックを押して下さい。
 「大丈夫、と思ったけど何か大丈夫じゃなさそう」という方も同様です。
 全部読んだ後で謝罪と賠償を請求されましても、地龍が脱ぐくらいしか思い付きません。誰得です。


 という訳で、本編どうぞ。






100.死 −業突く張りな二人の話−


 季節は晩秋。日ごとに底から身体を冷やすような寒さが増していく中、イソレナは体を温めるのと熟練度を稼ぐ為に、戦闘を申し込める相手を探そうかと広場に向かっていた。
 その途中、広場の近くに並んでいるのベンチの一つに、見慣れた頭があったので、イソレナはゆっくり近付いてみた。

「こんにちはー、ポコス君……と、朱音、さ……ん?」
「ああ、イソレナさん。こんにちは」

 秋風の冷たさが身に沁みる日だったが、普段通りの長袖Tシャツに長ズボンという防寒は万全とは言えない格好をしているにも拘らず、平然としているポコスはベンチに腰掛けたまま、軽く会釈をした。イソレナはそれに応えられず、ただベンチ越しに彼の女主人を見つめていた。彼の腕の中、瞼を閉じたままピクリとも動かないその人を。

「……あの……何かあったんですか?」

 彼女――朱音は、ポコスの腕で静かに横たわっていた。足元には黒いコートが布団代わりのように掛けられているので、本当に眠っているかのようだった。ただし、その蝋燭のように白い顔色や、薄青紫に近い色をした唇や爪に気付かなければ、の話だが。
 普通なら即座に聖職者の所に向かうか、復活の書を買い求めるだろうに、何故彼はここでぼんやり座っているのだろうか。そんな訝しげなイソレナの視線に、ポコスは苦笑して答えた。

「いや、ただ単に石に躓いただけなんですけどね……丁度、力尽きたらしくて」
「ああ……それはタイミングの悪い……」

 石に躓いただけなのに微動だにしない。落とし穴に落ちて返事が無い。このような運の悪い死亡例は、朝町では実はよく見られるありふれた話である。『きれいな顔してるだろ、死んでるんだぜ…それで…』というお約束なネタをやった龍もそこそこいるそうな。この状況も、綺麗な死体を見せている点では似たようなものである。

「でも……どうしてこんな所にいるんですか? と言うかどうしてこの状態のままにしているんですか?」
「え? あぁ、それは……その……」
「これから戦闘に行くんで、いざという時お願いしようと、さっき聖職者リストを見たんですけど、乾さんとかまだ元気な方いましたよ? 行かないのですか?」
「あー、それは……ですね……」

 探索中の死亡の際、戦闘やモンスターに襲われたならともかく、今回のように特に外傷もなく、見た目はただ気絶しているような状態で死亡した場合、聖職者さんに蘇生願いをする時に説明をするのが少々面倒になるのだった。面倒というよりは、龍達が妙な気まずさ・恥ずかしさに襲われるだけなのだが。もっとも、手首や頸動脈付近からの失血等の、自害したように死亡した場合程面倒ではないだろうが。

 それにしても、こうして主人を抱き締めてぼうっとしている様はただの不審者である。主人を色んな意味で大事にしているポコスなら尚更、死亡状態のまま放置しているのは不自然だとイソレナには思えたのだ。
 言葉を濁しているポコスは腕の中の朱音を一度見やって、困ったような苦笑を浮かべてイソレナに問いかけた。

「その……笑いません?」
「むしろ気になって仕方が無いのですが」
「……そんなに気になりますか?」

 イソレナが頷くと、ポコスは少しだけ辺りを見渡して、他に人影が無いのを確認して、穏やかに微笑んで呟いた。

「……覚えていたいんです。彼女の死体を」

 ポコスの答えに、イソレナは眼を瞬かせた。彼の言葉を頭の中で反芻して、それでも把握しきれなくて、相槌を打とうにも掠れて声が出ない。

「……え?」
「本当に死なれたら……きっと当分の間、俺は何も感じられなくなりそうですから」
「……。……」

 基本的にこの街の中では、自殺・衰弱死・寿命以外の死は蘇生することが可能である。それらの蘇生が不適応とされる死の場合、彼らの遺体は共同墓地に埋葬される事になっているが、実際に埋葬された者はあまりいない。ほとんどがいつの間にか消息を絶って、一定期間失踪状態が続けば、住民票が消されて、彼らが住んでいた番地には新しい住人が代わりに住むようになるのである。失踪期間が長くなると、その家はしばらく幽霊屋敷扱いになることもある。

「だから、まだ冷静でいられる内に、出来る限りの事は覚えておこうと思って」
「……それで、そうやっているんですか?」
「そうです。まあ……何おかしな事言ってんだって感じでしょうけど」

 困ったように苦笑するポコスに、イソレナはしばし思案するように口元を手で覆った後、神妙な顔で声をかけた。

「……ポコス君」
「何ですか?」
「そんな事しなくても……お二人で他の、例えば極端に時間の流れが遅い世界に行ってしまえば、二人共長い間、限りなく不死に近い状態でずっと傍に居られるのでは?」
「え……?」

 とんでもないと言えばとんでもないが、パンドラボックスなどの空間を司る錬金術師的な誰か(そう、例えばこの青バンダナがトレードマークの青年とか)に頼めば決して実現不可能ではないイソレナの提案に、ポコスは声を漏らして笑った。

「そんな空間に行ったら、きっと彼女は退屈が原因で死んでしまいますよ」
「そうですかね……?」

 ポコスがいるだけでそこそこ遊べるのではと思うイソレナだが、それを口にすると埋められるかもしれないので黙っておく事にした。いくら現役の戦闘系と言っても、空間を操るパンドラボックスであろうと不意打ちで地龍のブレス(=粒の不揃いな土砂)を食らったら砂塗れになるのは避けられないだろう。口の中がじゃりじゃりになるのはいただけない。

 実は、まぁそういう道もありかもしれないとこっそり考えているポコスだったりするのだが、下手に提案を受け入れて実現されてもそれはそれで困るし、(現時点では確実に)嫌われる可能性が高いので、敢えて受け入れる旨の言葉を言うのを避けていたりする。

「それに……一つしか選択肢が無いから選ばれるより、沢山の中から自分だけを選んでくれた方が嬉しくありませんか?」

 彼女の眼に映る極彩色の万華鏡の様な世界。その全ての中から選ばれた唯一の存在。それが自分だったらどれほど幸せな事か。
 そんな思いからの問いかけに、イソレナは思わず苦笑を浮かべた。

「ずいぶん余裕なんですねー」
「まあ……それ相応の事はしていますからね……」
「おやおや、いつの間にそういう関係に?」
「なってませんよ。なってませんけど……そう思うのは、そう期待する事はおかしいですか?」

 いや別にそうではないが、とイソレナは答えようとしたが、ふとポコスの様子に違和感を抱いて言葉を紡ぎ損ねてしまった。どこが違うのかとイソレナは内心首を傾げて、気が付いた。
 目の色が違ったのだ。いつもなら呆れなり疲れなり、それなりに判りやすい表情を映すその深い金の瞳に、息を呑む程重苦しい「何か」を映したポコスは、イソレナに問いかけた。

「年が離れていたら、互いを理解できず想い合う事も出来ませんか?
 従者が主人を想う事はあり得ても、主人が従者を想う事はあり得ないのですか?
 寿命の違う者同士で想い合う事は不可能ですか?
 龍が人を愛して、その人にも愛されたいと思うのは愚かですか?
 想えば同等の見返りが貰えるわけでは無い事くらい、解っています。けれど、それを欲しいと思う事さえ俺は許されないのですか?」

 とても静かに、有無を言わさない声音でそう告げるポコスに、どこから、どう答えれば良いものだろう。
 そんなイソレナに、ポコスは少し困ったように微笑んだ。

「……すみません、ちょっとムキになってしまいました。今言った事は忘れて下さい」
「いえ……僕こそ、黙ってしまって」
「良いんですよ。答えて欲しいわけではありませんから……」

 否定される可能性がある以上、たとえ肯定される可能性が99%だとしても、彼はその答えを求めないだろう。
 もしこの感情が「愛」ではないとされるなら、いっそ名前なんて無くて良い。たとえ世間では「狂気」と呼ばれる感情だったとしても、彼にとってそれこそが「愛」なのだから。
 彼に「それは愛ではない」と認めさせる事が出来るのは、その「愛」を捧げられた彼女だけだろう。

「……とりあえず、蘇生はしてもらうのですよね?」
「勿論ですよ。やっぱり生きている方が何だかんだ言って楽しいですし」
「それは良かった……でも、どうやって死んでから蘇生するまでの空白の時間誤魔化すんですか?」
「蘇生できる人がいなかった。復活の書も見つからなかった。それで十分です」
「……それだけで信じますかね……?」
「信じてくれますよ。彼女、結構単純ですし」

 それに、それくらいは信じてもらえる程度の信頼関係はできている筈だからと、ポコスは静かに微笑んだ。




「本当に、お世話になりましたー」
「いえいえ、これが仕事ですから」
「文字通りですが、いつも助かってますですー。あ、ついでにこのステラ交換しません?」
「あ、お願いします! それ、ちょうど欲しかった柄なんですよ」

 余談に花を咲かせながらも、蘇生を生業の一つとする教皇の乾とにこやかに別れを交わした朱音は、少し前から自分に突き刺さっている視線の主、ポコスを見上げて不思議そうに眉根を寄せた。

「何ですかー? さっきからじろじろと」
「いや、その……朱音」
「はい」
「……気を付けろ、よ?」

 朱音は不思議そうに首を傾げたが、ああ、と合点がいったように手を打った。

「もう転ぶな、ですか? 出来る限り善処するとしか言えませんよ?」
「それもだけど。それだけじゃなくて」
「? 何に気を付けろって言うんですか?」

 やはり意味が解らない様子の朱音に、思わず苦笑しそうになったポコスだが、真剣な顔を維持しようと口角に力を入れた。彼女が鈍いのは彼にとっては都合が良い事ではあるのだが、かと言ってその鈍さを他の誰かに利用されたくは無かったから、彼女にもちゃんと自覚して欲しいのだ。

「悪い狼に騙されるなよ、っていう意味だ」

 そう告げると、朱音は驚いたように目を見開いた。そして、にんまりと、朱音は愉快そうに笑ってみせた。

「本当にだまされるかどうかはともかく、悪いかどうかは私が決めます」
「……さいですか」

 とりあえず心配はかけさせるなよと言って、先に家の方へ歩き出したポコスの後姿に、朱音は呆れたように溜息を吐いた。

「……どんだけ私は馬鹿だって思われてるのでしょうかね?」



 111番地に帰るやいなや、半ば戦場になりかけていた厨房に戻った朱音は、同じく厨房で討ち死にしかけていた惣闇の者言いたげな視線には気付かなかった。一通りの料理を出し終えた頃に、彼が数枚のリストの様なものを手にして声をかけるまでは。

「あの、朱音さん」
「はい?」

 先程まで死亡していたというのに、朱音は普段と全く変わらぬ穏やかな面持ちをしていた。その様子に少し呆れながらも和んでしまい、惣闇は困ったような笑みを浮かびかけたが、報告する内容を思い出してなんとか真顔に戻した。

「その……ちょっと言い難い事なのですが……一応、知らせた方が良いと思いまして……」
「……? どんな事ですか?」
「えぇと……こちらを見ていただけますか? そうすれば、お分かりになられるかと思うのですが……」

 そう言って惣闇は、贈収履歴・行動履歴のコピーを差し出した。贈収履歴は誰が誰に何を送ったか、行動履歴は誰と誰が交戦したとかドラテンしたとか、そういう出来事が事細かに記録されている。恐らく市役所の黒子さんがこっそり見ているのだろう。もしかすると今も実は監視されているのかもしれないが、朱音は別に気味悪いとは思わない。それも彼らの仕事の一つなのだろうから、お勤めご苦労様なのですとしか彼女には言いようがない。
 ともかく、それらの書類を見ていて、朱音は何人かの聖職者の行動とその時間に、おや、と目を見開いた。

「……あぁ、成程……何が言いたいのかは解りました」
「別に、その、彼を陥れたいとか、そういうつもりではないのですが……」
「まあ……そりゃあ気にもなるでしょうよ。明らかに奇妙な事をしてるのに変わりは無いんですし」

 彼らはドラテンやステラトレード等の、死には至らない活動をしていた。その時間、既に朱音は死亡していた。しかも、時間的には死んで十分も経っていない頃だろう。
 これらの履歴は(黒子さんの努力と連携により)街全体に点在している掲示板にほぼリアルタイムで貼られているし、何枚かはコピーが配布もされているので、自分は移動していても大体の居場所は把握できるのだ(大抵どちらかの家の近くか広場で行われるから)。つまりそこへ行けば蘇生は可能だったのである。あちらに体力が無かったとしても、体力回復までの数分間待機するのを前提に蘇生を依頼する事も可能だったのだ。
 しかし朱音が蘇生したのは、死亡してから大凡一時間後である。ではその間、彼は一体何をしていたのか……?
 朱音はにっこり微笑んで、書類を惣闇に差し出した。

「ありがとうございます。でも別に私が持ってても仕方ないですから、適当に処分して置いて下さい。メモ用紙にするとか」
「え? あ、あの、朱音さん?」
「はい?」
「気にならないんですか? この空白期間に何をしたのか、これがあれば問答できるでしょう?」
「あー……まあ、確かにそうですけど」
「少なくともこちらは戦場だったのに、一体一時間近くも何をしていたんだと問い詰めたいのですけども」

 普段は温厚で言葉を濁しがちな彼がここまではっきり言うくらいなのだ。本当にハードだったのだろう。召喚石を使えば互いに連絡可能である筈なのだが、中継媒体である朱音が死亡状態だとノイズが入ったかのように少々接続が悪くなるのだ。
 ちなみにそんなに忙しいならどうして資料が手元にあるのかと言うと、まだ業務に不慣れで厨房はおろかホールもままならないような楓に使いを頼んだのである。掲示板に置いてある二種類の履歴を取って来て下さい、と。

「あぁ、それは確かに問題ですが……別に屍姦された感じでもな「女の子がそんな言葉を口にしたらダメですよ朱音さん!?」
「え……? え、でも、普通に聞いてる分には解らないですし。むしろ他に誰も聞いてませんし」
「そういう問題じゃありません。もっと、こう、恥じらいとか慎みとか、そういう心を持って下さい」
「……んー、じゃあ、もう少しオブラートに包んで言います」
「ええ、是非そうして下さい……」

 全くもう、と顔を上気させる惣闇を見て、珍しい事もあるものだと朱音は肩を竦めた。もっとも、惣闇はこの家の中でも真面目な方に部類されるから、当然と言えば当然の反応なのだが。

「という訳で言い直しますと、死んでる間に何かされたわけでもなさそうですから、別に付き詰めなくても良いかなー? って思ってるだけです」
「ええぇ……それで良いのですか……?」
「と言うよりむしろ……流石にそこまでヤバい状態じゃないだろうと信じたい、というのが大きいです……」
「う……それは、私も同じですが……」

 でもですねぇと眉をしかめる惣闇の不安を、朱音は大丈夫大丈夫と笑い飛ばした。

「そこまでヤバくなる前に、私が絶対気が付いて悪化を食い止めますって」

 普段とても鈍感な彼女のその言葉に、惣闇は耳を疑ったが、その自信たっぷりに断言した様子に、反論する気も失せてしまった。
 多分、なんとかなるだろう。そんな風に思えたのだ。



 その日の夜遅く。昼間に死んでいたせいか、妙に目が冴えていた朱音は、こっそり隣の地龍の部屋に忍び込んでいた。
 朱音は静かに寝息を立てている彼の横に腰かけて、薄暗い中で見ると怖いくらいに整っているその顔に手を添えた。掌から伝わる温度に、彼女は困ったように息を吐いた。

「……そりゃそうですよね」

 まるで人形のように見えても、嗚呼生きているんだなと、実感できる温かさ。それを感じた朱音はどこか残念そうに呟いた。

「ずるいですねぇ。私には本番しか用意されてないんですから」

 その時、貴方はどんな冷たさなのだろう。どんな表情をしているのだろう。それらは全て本番まで推測する事しか彼女にはできないのに。

「(貴方だけ、私も知らない私を沢山知っているなんて、ずるいですよ)」

 だからこそ、本番そのときが来るのが、楽しみなような、そうでないような。もやもやとする胸の内を表すような苦笑いを浮かべた。
 ふと、その苦笑を消した朱音は、口元に人差し指を添えて、こてっと首を傾げた。考え込む時の癖である。
 痛いのも苦しいのも、自分は嫌だ。だから、

「……頸動脈を止めて脳を酸欠状態にして失神させて、その後気管を圧迫すれば……」

 あまり苦しまないで済むだろうかなんて、体験したくもない事を考えて。
 そんな事をしたって無駄だろうと理性が諭して。
 それでも試してみたいと好奇心が騒ぎ始めて。
 両手を静かに彼の首元に添えて、少しずつ力を込めて絞めかけて、

「……っ……」

 息苦しさから眉根を寄せて、彼が声も無く呻いた所で、彼女は厭きた。
 死んだ姿が見てみたいと思ってみただけで、生きている彼の姿を見厭きたわけではないのだから、今この場で手にかける必要は無いのだ。
 朱音は静かに手を離そうと力を抜くと、音も無く両手首を掴まれた。

「っ!?」
「止めるのか? 残念だな」

 目を閉じたまま、眠っていた時と変わらぬ面持ちで、彼は静かに問いかけた。
 心臓が止まりそうなほどに驚いた朱音だが、あまりに静かな空気を壊すのも何となく気が引けて、彼と同じくらい静かな声で呟いた。

「……貴方……起きていたんですか?」
「起こされた、って言った方が正しいんだけどな」

 そこまで言ってから、ようやく彼は双眸を開いた。元々そんなに深く眠っていたわけでもなかったのか、その瞳に眠気の色は無い。少し笑ってさえいるようで、朱音は重い溜息と共に肩を落とした。

「貴方ねぇ……だったら少しは声出すとか抵抗するとかしたらどうですか、不気味ですよ」
「そりゃ、まあ……止めて欲しいって訳じゃなかったし……」
「……何ですか、自殺願望でもあったんですか、実は」
「そういう訳でもないけど」

 ポコスが笑っていたのには訳があった。どうせ死ぬなら、殺されるのだとしたら、彼女に殺されたかった。出来れば素手で、次点は刃物か縄。銃や弓矢は絶対嫌だった。自分の命が尽きるその時を、彼女の感覚神経に刻みつけさせたい。そう思っていたから、この状況はある意味最高のシチュエーションだったのだ。
 しかしそうでないなら話は別である。殺しに来たのではないなら、この状況は決して良いものでは無かった。

「ところで朱音、何か用でもあったのか?」
「……いいえ? 特にはありませんが」

 朱音がそう答えると、ポコスは少し不機嫌そうに眉根を寄せた。

「特に用も無いのに、男の部屋に来るもんじゃないって、何度言えば分かるんだお前は?」
「あぁ、すみません。解りました。次から気をつけます」
「……やるなよ? 気を付けながら入るなよ?」
「はいはい」
「……本気で心配して言ってるんだが」
「悪い狼に襲われるんじゃないかって?」

 貴方は本当に過保護ですねぇと呆れたように言う彼女に、ポコスはむすっとして呟いた。

「何だよお前、襲われたいのか?」
「少し違いますけど、襲われてもまぁいいかって思う場合だってあるかもしれないでしょう?」
「……は……?」

 あっけにとられているポコスを、朱音は見下ろした。何をこのヒトはさらっと自分を棚上げしているのだろうかと、少し呆れたように。

「と言いますかね、さっきまでの貴方が正にそうじゃないですか。私に殺されかけても抵抗しなかったんですし」
「……まあ、本気じゃないだろうとは思ったし」
「さっき残念って言ったのはどの口ですか」
「この口だな。別に本気じゃなくても、中途半端で止められたら、なんか寂しくないか?」
「さあ、理解できませんね」

 あっさり死ねる(そして生き返られる)場所に居る所為か、どうせなら痛みも一瞬しか感じない程手早く殺して欲しいと考える傾向が強い朱音には、怒るならともかく寂しがる気持ちは理解できなかった。
 ポコスの方は、本当に止めて欲しかったら力尽くで逃れる事が可能なのだから、それまでは本気で良かったのにとか思っているのだが、多分理解されないだろうという事は解っていたので、大人しく引き下がった。そして、とりあえず上体を起こして話しやすい体勢を取る事にした。

「……で、何。お前俺に襲われたいの?」
「違います。そう言う訳ではありません。大体私が貴方に襲われて、万が一子供が出来たらどうするんですか? 貴方は確実に、私も下手したらあの世行きですよ。遺された子供が哀れです。ついでに言えば全部龍ならまだしも人間の血が混ざるんですから、普通に誰かに育ててもらわないといけないじゃないですか。一体誰が育てるって言うんです?」
「……この家の誰かに頼んでおくとかは?」
「私が死んだ後もその龍を拘束する気は私にはありません。迷惑じゃないですか。ついでに言っておきますと、確実に貴方はその子に恨まれますよ。私の子ですし」
「……物凄く説得力があるな、お前が言うと」

 朱音が生まれてから一度も面識のない父親に対して、苛立ちにも似た憎しみを抱いている事を、付き合いの長いポコスは知っていたし、今でも時々そういう事をポロっと口にするので、かなり強い感情である事も何となく感じていた。
 曰く、事故るくらいなら乗るな。乗るなら事故の後始末が楽になるように準備してから乗れ。らしい。
 その感情が自分に向ったらと思うとゾッとしなくもないポコスだが、どうせ自分には縁遠い話だからと他人事と思っていたりするのが正直な所である。

「……それでも、だ。襲われたいわけでもないのに俺の部屋に来るのは何で?」
「ただ話をしたいというのはおかしいですか?」
「いや、首絞めておいてそれを言うか?」
「だって貴方が妙に綺麗な顔で寝てたから、何かそのまま保存しちゃおうかなーって気が起こりまして」
「保存とかお前サラッと嫌な事を……何、俺は観賞用の人形か何かか?」
「その割にはよく喋りますよね。貴方を静かにするにはどうすれば良いんでしょう?」
「君が大人しくしていればそれで良いんだけどな?」

 それは出来ない相談ですねと目を背ける朱音に、良い答えは期待していなかったポコスは苦笑した。彼女の気まぐれには冷や冷やさせられるが、それも彼女と暮らしていて退屈はしていない理由の一つでもあるから、あまり強くは言えないのである。何だかんだ言っていても、彼も愉快な事が好きな事に違いは無いのだ。
 朱音は遠くを見るように目を細めて、部屋に入った頃から抱えていたもやもやに関する結論をぽろりと呟いた。

「やっぱり……それでも死んでる姿は見たくないんですよね」
「な……。どうした、いきなり」
「いえ……死んでる姿がどんななのかは気になるのですが……死にっぱなしというのが嫌だなぁという」
「……まぁ、普通はそうだろ」
「貴方は贅沢ですよ。私は何度でも生き返りますからね、何度でも見れるでしょう?」
「いや、けどなぁ、心臓に悪い事に変わりは無いぞ。もし本当に死なれたら、なんて考えたくもないし……」
「では……私が、貴方は私より後に死んで下さい、と言ったら?」

 朱音が苦笑いを浮かべながらした問いかけに、ポコスは天敵か何かに遭遇でもしたかのような苦い顔をした。しかし、彼は全理性を総動員で作られた、面の様な無表情で問いに答えた。

「……絶対嫌だ。が、お前の命令なら従わざるを得ないな」
「でしょうね……でもそれ、本当に言っちゃいそうです。知り合いの死体処理とかもう何ですかそれって感じです。やりたくありません、うっかりしたら私そのヒトを料理にしかねませんし」
「洒落にならないな、お前が言うと」
「半分くらい本気ですからね。と言うかそもそも、貴方がいなくなったら、この世界がひどくつまらないものに見えそうですからね」
「……そう……なのか……」

 俺だってお前の死体を本当はもう見たくないとか、お前のいない世界なんて無意味だとか、もっと気の利いた事とかを口にすべきなのかもしれないとポコスは思ったが、これ以上口を開くと嬉しさが堰を切って溢れそうで、勢い余って変な事を言いそうだったので大人しく黙る事にした。

「まあ、それ言ったら貴方の方が何度も私の死体を運んでて嫌になってるのでしょうけど……」
「……そうだな。出来ればもうしたくないんだが……俺と君のどちらかが先に死んで、残った方がその後始末をする事に変わりは無いんだよな」
「まったく、世の中上手くいかないもんですねぇ。いっそ心中でもしてみます?」
「おいおい……。……けど……。ちょっと今本気で別次元にエスケープしたくなった」

 龍が契約関係無しに、交配せずとも死ねる世界。
 きっとそこへ行かなければ、余程の条件が揃わない限り、心中しようとしたって彼は死ねやしないのだろうから。
 その条件は、主にドラテンによって稼がれる経験値によって彼の身体が限界に近い状態である事。
 ドラテンをする為には朱音がポコスをドラテン要員としなければならないので、彼女が彼を喪う気を起こさならない限り、彼は生かされ続けるのだ。
 心に決めた主人であり、想い人である朱音が存在しない世界で。彼が次の主人に仕えない限り、永遠に。
 だから、彼女の性格を考慮すると無理な願いであると解っていても、ポコスは朱音に殺されたいと願ってしまうし、それ故に本来なら知り得ない彼女の死後の状態も今の内に知っておきたいのだ。
 そんな彼の心情を知ってか知らずか、朱音は彼の呟きを切り捨てた。

「あ、それは勝手に一人で行って下さい。そっちが面白かったら誘ってくれても構いませんけどね」
「……二人っきりで異次元旅行は?」
「それもちょっと遠慮したいですねー……」
「……そう言うと思った」
「悪くは無いと思いますけどね。もしそこが二人だけで完結した世界だった場合、それはそれで何かつまらないと思うので」
「そうかー……」

 やっぱり昼間イソレナに言った事は間違いではなかったのだと、少し寂しく思いながらもポコスは予想が当たって安堵した。だってこうでなければ彼女らしくないと思っているのだから、それが外れたとすればある意味従者失格であると彼は認識しているからだ。

「だって……つまり死んだも同然でしょう?」
「はい?」
「いくら呼吸しても、泣いて笑って怒っても、その世界を動かさないなら、生きてる意味は無い。存在しているという唯それだけのもの。動くだけで本質は石ころと同じじゃないですか。よって、死んだも同然。違います?」
「……それが目の前にいる誰かを動かす行動だとしても、か?」
「そうですねぇ……自分以外の唯一の存在に影響を与えた……としても、それって、鏡に映る自分に笑いかけるようなもんじゃないですか?
 私の自我が壊れるならともかく、相手の自我まで壊してしまったら、その相手が大事であればある程、とても正気ではいられないと思うんですよ」

 自分が動けばあちらも動く。笑っても走っても泣いても動きを止めても、相手はそれに見合った動作をする。そう、まるで影の様に。
 そこは自分という確固たる意識さえ無ければ、全てが混ざって一つになってしまいそうな世界ではないかと、朱音は思うのだ。
 彼女のその答えに、ポコスは静かに笑って、愉快そうに彼女を抱き締めた。朱音はその行動の意図が読み取れず、不思議そうに彼の横顔を窺った。

「どうしました?」
「……朱音」
「はい?」
「お前、まだ当分逝くなよ? まだ結構話し足りてない事に気が付いた」
「えー……私、貴方の退屈潰しの道具じゃありませんよ?」
「俺も君の退屈潰しに協力するから」
「互いに尽くせば良いって問題ですかね?」
「不満か?」
「そういう訳ではないですが」

 少し困った顔をしている朱音の頬に手を添えたポコスは、不敵に笑って見せた。

「なら、このままで良いよな?」
「……まぁ、悪くは無いですからね」
「それは良かった」

 先程頬に添えた手を滑るように持ち上げて彼女の頭を混ぜるポコスに、どうしてこのヒトはこんな嬉しそうな顔をするのかと朱音は心底不思議に思ったが、やっぱり悪い気はしないので、そのまま大人しくしていることにした。きっと彼は自分の微笑がどれだけ破壊力を持っているのかを知らないのだ、そうに違いない。朱音はそう自分に言い聞かせた。そうでもしなければ、恥ずかしさのあまりにやけそうになる頬を引き締めていられないから。

 しかしまぁ、と改めて朱音はポコスの顔を窺ってみた。夜中のテンションだからだろうか、彼はいつになく素直に感情を表に出しているようで、その所為かちょっと可愛いなぁと思った朱音は、どうしたものかと途方に暮れた。マスター馬鹿だとしても青年に対して抱くべきか判断に迷う感情を抱いている事に、とうとう自分も変になってきたなと思うと同時に、色々と、どうでも良くなってきた。
 相手に依存しているのは自分の方だと彼女は自覚してしまった以上、彼に依存される事に不都合などないのだから、彼を拒む理由も避ける理由も無くなったのである。最早どう足掻いても先に落ちるのは自分なのだろうと朱音は諦めて腹をくくったのだった。

「……なんか、移動するのが寒くて面倒なので、今日は泊まって良いですか?」
「いや、そんな数十メートルも無いだろうが……良いけどさ」
「やったー」

 そう言って朱音は抱き着いたポコスごとベッドに倒れこんだ。急に切り替わった視点と身体にかかる重みに一瞬混乱したポコスは、目を見開いたまま硬直してしまったが、もぞもぞと布団を手繰り寄せてすっかり寝る準備を整えている朱音の姿にハッとした。

「……おいこら、泊まって良いとは言ったが一緒に寝るとまでは「それじゃ、おやすみなさいですー」

 言い終わるとほぼ同時に瞼を閉じて静かな寝息を立て始めた朱音に、珍しい事もあるものだとポコスは一瞬呆気に取られてしまった。しかし、それならそれで自分が静かに移動すれば良いと起き上がろうとすると、自分の寝巻をしっかり握りしめている朱音の手が目に入って、ポコスは思わず彼女を軽く睨むように見下ろして問いかけた。

「……実は起きてるだろ、お前」

 声をかけてみても反応が無い。本当に寝てても、実は起きていても、この手は離さないとでも言いたいかのようだった。ポコスはどうしたものかと途方に暮れかけたが、彼女の方から仕掛けてきたのだ、それに悪乗りしたって文句は言われまい(寝てるし)と開き直って布団を被り直して、彼女と一緒にベッドの上で寝る事にした。

「おやすみ、朱音。また明日」

 そう囁いて彼女を再度抱きよせたポコスは、蝋燭の炎を思わせる髪色に相応しい温もりを感じて、しみじみ思った。

「(……本当、当分このままでいてくれれば良いのに、な……)」

 手放すものかと彼女を抱き締めたまま、彼は睡魔に身を委ねた。



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