その日記を発見したのは、ある雨の日のことだった。
カフェで言葉を交わした少女が読みたがっていた辞典を、もしかしたら太陽が持っているかもしれない。
自身、そこそこの読書家であるつくえは、以前兄の部屋で見かけた覚えのある本の名前がその少女の口から出た際に今度、持っていく旨を約束していた。
この雨では趣味である散歩も行う気になれず、手持ち無沙汰な状態だったつくえは、良い機会だと太陽の部屋(何故か床が抜けて地面がむき出しになっている)にある本棚を物色していた。
「…………………あった………と」
目的の『古今東西天下無敵蟲全般』を発見し、本棚から引き抜く……と、引き抜かれた本の隣に置かれていた本が本棚から転げ落ちる。
地面に落ち、バサりと音を立てて開かれた本。慌てて拾い上げたそれが、
「この、日記帳だった、でつか」
「………………。」
ルートの問いにつくえはこくりと頷いた。
「……知らない名前、いっぱいです」
「今読んでるとこ、おばーちゃん世代でつからね」
広場の椅子に腰掛けて、彼らは日記帳を広げて読書会をしていた。雛姫がこの場に居るのは、本を受け取るついでと日記に興味を示したからだ。
その雛姫の問いに、ルートは名前などでしか知らない祖母、エレの名を見やりそう応える。
こつこつと指でテーブルを叩きながら………ちょっと爪が痛い………ルートはふと疑問に思ったことを口にする。
「しかしまあ、確かに色んな人の名前が出てまつねー。柚希おじ……にいちゃん、どんだけ顔広いんでつか」
一瞬、隣に座る可愛い妹から出た尋常ではないレベルの殺気に思わず言い直すルート。
以前、母親の姉におばちゃんと言ってしまった後に執事に受けたお仕置き(拷問)がちらりと頭を過ぎったなんて事はない。
こほん、と一つ咳払いをして、ルートはパラりとページを捲る。
が、開いたページを読んだ所で目を逸らし、ホロりと涙を零す。
何を見ているのかと気になったつくえは彼が涙を流したページに目をやり、
『△月*日 火乃影ちゃんが朝から出掛けていると思ったら、リュコラさんに引き摺られて戻ってきた。
窓から火乃香ちゃんの部屋に入ろうとよじよじ上っていた所を通報されたらしい。
下着泥棒と間違われた、とリュコラさんが口にした際「火乃香ちゃんの下着!」と騒いで血を周囲に撒き散らしたので、
風呂場に放り込んでおいた』
ぽんぽん、とルートの肩を叩き、親指をぐっと立てた。
「それすっごくムカツキまつね」
「………………気のせい」
「お前は何を言っているんだ?」と小首を傾げるつくえにルートは何も言えずに黙り込む。
ヒエラルキーが如実に現れている一幕である。
「……これ、ヒナのおとさんです」
二人が漫才をしている間に雛姫は次のページを読み終えたらしく、ぴすっと自分の父親について書かれたページを指差す。
『△月×日 久しぶりにミルクさんと会った。これからは父に倣いミルくんで纏めようと思う。
んふーと酷く満足げにしていたのでどうしたのかとたずねたら、ミルくん語で返されて半分くらいしか理解できなかった
リュコラさんに翻訳してもらうと「昨日の夕日が綺麗だった」との事。何故ヴィーナスという単語が?』
「……ヴィーナス?」
「………………」
「……おとさんの話探す、です」
首を傾げる二人を尻目に、雛姫は上機嫌そうにページを捲る。
知らない名前の人物(とは限らないが)話を読むよりは、知っている名前、しかも余り知らない肉親の話は面白かったようだ。
つくえとルートも特に読みたい人物の話は無いため、ページを捲りミルクの名前を探し始める。
「………………あ」
「え、見つけたでつか?」
「………………違う。けど」
ページを捲っていた手をぴたりと止めたつくえにルートが疑問符を上げる。が、つくえはその言葉に首を振り、ピッと日記のある文章を指差した。
『○月□日 ポコスさんがお店の前で花占いをしていた。
誘う、誘わないと延々花びらを千切り、結果が出た後にやっぱりもう一度』
「うわあああああああああああ!」
音読しながらその文章をつくえが読んでいると、大きな叫び声をあげながら地龍が地面から飛び出てきた。
「な、ななななななな何でそのここここことがしれてててててて」
「………………ポコっちさん、煩い」
壊れたラジオのように言葉を繰り返すポコスに、つくえが冷ややかな目でそう告げる。
「う、うるさいやいやいや」
「お歌でつか?」
「違う!」
にやにや笑いながらそうたずねるルートの言葉を否定し、ポコスは恐らく主犯格だろうつくえを見やる。
つくえはそのポコスの表情を見やり、うん、と一つ頷いた後。
「………………ひなちゃん。お腹空いた……ね」
「……カステラ食べたいです」
「あ、いいでつねー」
にやりと笑ってそう呟くつくえ。何が食べたいと談笑し始める子供たちに、ポコスは頬を引き攣らせながら財布を開いた後、
「取り合えずうちの店、行こうか」
と力なく応えるのだった。